Act77‐対話
『まず……、本当のお前と話をさせろ』
「はい?」
俺の素っ頓狂な声によって、この場の真剣な空気に亀裂が走る。まさかいきなり現在の人格を否定されるとは思わなかった。
何故そんな言葉を……と疑問を抱きつつも、俺には思い当たる節がある。
ーー”裏の自分”。
昔オンラインゲームを始めた頃から、俺の中に生まれたもう一人の人格。攻撃的な面を持ちながらも、俺がうまく言えない言葉をはっきりと相手に伝えてくれる。
同時に不登校になる要因でもあったため、もちろん嫌悪感は残るが、今では自分の一部としてどうにか受け入れている。
しかし、だ。
この幻想世界に来てから、俺はまだ一度も”裏”を出してーー正確には”勝手に出てくる”だがーーいない。
なのに何故、この屋敷は俺の事を知っている?
『どうした? 早くしろ』
「いや……その……」
これは躊躇せざるを得ない。
皆がここから出られるかどうかが決まる重要な対話に、果たしてあんなやつを出していいものか。
『なんか随分下に見られてるね、僕』
ーー別に下に見てるんじゃない。下手なことをしないかが心配なんだ。
『同じだって。まぁ見てなよ』
◇◆◇◆◇◆
「本当に大丈夫なのか……」
大丈夫だろうとはわかっていても、ふと、そんな呟きが漏れ出る。
あいつは何だかんだ言って、今まで身の回りの問題を解決してきた。ーーまぁ、裏人格については未解決かもしれないけど。
そんな姿をずっと見てきたからこそ、心の奥では安心して帰りを待っている。
「私、あの人を信じてみる」
「ヒナタ……」
その言葉に、やはり引っかかりを覚える。
ヒナタが自分の意思をはっきりと口にしたことも、以前の彼女から考えれば珍しいことと言える。しかしそれ以上にーー。
「お前、本当にソウタを忘れたのか?」
「……」
正直、現実世界でのヒナタとソウタの関わりは薄い。というか、最後にリアルで話しているのを見たのは小学生の時じゃないだろうか。
単純に忘れているか、もしくは天然なだけならまだいい。でも見たところ、ヒナタはソウタと初めて会ったかのような反応を示している。
俺の言葉に俯いていたヒナタが、少しだけ顔を上げた。
「……わからないの」
「わからない?」
「彼は私のことを知っていた。なのに私は彼のことを知らない。最初は全然気にしなかった。ーーでも、やっぱり私がおかしいの……?」
ーーやっぱり、本当にソウタを忘れている。
普段は見せない真剣な眼差しで、こちらをじっと見据えてくる。
「……いや、ヒナタはおかしくない」
「ほんとに?」
「あぁ、大丈夫だ」
昔から、ヒナタにこういう顔をされると弱い。どうしても肯定してしまいたくなってしまう。
ーーこれから、少しずつ思い出していけばいい。
心の中で無理やり後付けし、後ろに佇むもう一人の女性に声をかける。
「あなたは、二人の戦いをずっと見ていたんですよね?」
「えぇ、まぁ」
眉一つ動かさずに、それだけ答える。
「誰なんですか、あなたは。格好も怪しいし」
「何を怪しんでるのかは知らないけど、そもそもあなたをここに呼んだのは私よ。感謝されることはあっても、恨まれる筋合いはないと思うけど」
「え……」
ーーあれは、偶然じゃなかった……?
突然現れた壁の亀裂。それが、俺をヒナタのもとへと導いてくれた。
それは、彼女のおかげだったのか。
「まぁ、あのワープゲートを作ったのは私だけど、入ったのはあなたの判断だからね。もしスルーされてたら、逆に私たちの方が危なかった」
「じゃあ、お互い恨みっこ無し……ってことか?」
「そういうことになるわね」
言いながら、右手を差し出してくる。
「私はアスカ、よろしく」
「ショウヤだ。こいつはヒナタ……って、知ってるんだっけか」
握手を返しながら、会話を続ける。
「えぇ。彼女をさらったのは私だしね」
「……やっぱお前恨むわ」
さり気なく前科を隠滅しようとしたアスカという女性に一言投げてから、もう一度出てきた扉に視線を合わせる。
ーー信じてるぞ。ソウタ。




