Act76‐見えない意思
「あなたね、ヒナタさんを操っていたのは」
「え……?」
どこにいるかもわからない”黒幕”なる人物に向かって、アスカが声を上げる。高月さんは自分が操られていたことすら知らなかったらしい。
『だとしたら何だ。今さら知ったところでもう遅い』
妙に落ち着きのある声が部屋中に響く。居場所が知られていないが故の余裕だろうか。それとも低い声がそう錯覚させているのだろうか。俺にはわからない。
「姿を見せなさい」
『それは無理だ。そもそも、俺は実体を持たない』
じゃあ、どこから……?
二人のやり取りから、俺は一つの可能性に行き着いた。
「まさか……」
重低音なのに、やたらと聞き取りやすい声。かつ実体を持たない。そして何より、内部の配置を何の能力も持たない高月さんに委ねることができる存在。
「何かわかったの? ソウタ」
「あぁ、黒幕の正体はーー」
こちらの世界で一緒に戦ってくれたアスカ。一時は敵になったけど、何とか自我を取り戻してくれた高月さん。そして、そんな彼女をようやく見つけたショウヤ。
三人の視線を一身に受けながら、俺は自らの考えを口にする。
「ーーこの”屋敷”だったんだ」
その一言に、真っ先に驚いたのはアスカだった。
「え……でもこの屋敷、私が想像したはずじゃ……」
そう。この屋敷をイメージによって生み出したのは、他でもないアスカだ。何故こんな得体の知れないものが住み着いてしまったのか。それを一番知りたいのは彼女だろう。
「それは俺もわからない。でも、他に考えられない」
「……」
そのまま押し黙ってしまうアスカ。この結論に行き着くための情報が欠落しているショウヤと高月さんの二人は、既に蚊帳の外状態だ。
「なぁ、そうなんだろ?」
黒幕の意識がどこにあるのかわからないーー別にどこでもいいような気もするがーーので、俺は天井近くに向かって問いかける。
『否定はしない、とだけ言っておこう』
「……それ正解って言うんじゃ」
とりあえず、自分の推論が間違いではなかったことに安堵する。
しかし、まだ問題はある。
黒幕改め屋敷は、さっき『このまま出られると思うなよ』的なことを言っていたはずだ。
何かの条件付きならまだしも、もしも『は? お前らなんて絶対出さねぇよ』みたいに理不尽な意味を持つ発言だったとしたら、俺たちに為すすべはない。
何せ相手はこの屋敷だ。
玄関や窓など、出口に繋がるものの管理も例外無く行えるはずなのだから。
「おい、屋敷。どうすればここから出してくれる」
口調は強気でも、心臓が飛び出そうな心境だった。下手に刺激してしまったら即アウト。他の三人も巻き込むことになる。
『そうだなぁ、別にお前らに恨みがあるわけではないからなぁ……』
「さっき私に”殺せ”って指示したのは?」
『お前を助けに来たとはいえ、仮にも侵入者だからな。もしも悪意のある人間だったら、と思ったが、どうやら思い過ごしだったようだ』
ーーなんだそりゃ。
俺は武器を一本失ってまで戦ったというのに。
暫し唸る声が聞こえた後、よし、と前置きがあってから、屋敷による提案がなされた。
『ならこうしよう。お前以外、この部屋から出ろ。一対一で会話して、俺が満足したら全員出してやる』
「痛ってぇ……」
”お前”と言った瞬間に近くの花瓶が俺に向かってすっ飛んで来たのは、指を差す代わりのつもりだろうか。なんとも暴力的だ。
「大丈夫か? ソウタ。二つの意味で」
「ショウヤ、お前バカにしてるだろ」
笑いを堪えながら心配されても、むしろ煽られているようにしか見えない。でも、何だか昔に戻れたような気分だ。
俺は三人を心配させないように精一杯の笑顔を作ってから、残る二人に向き直る。
「大丈夫だよ、アスカとたかーーいや、ヒナタも外で待っててくれ」
「……?」
ずっと心中で”高月さん”と呼んでいたせいか、危うく彼女の本名をアスカの前で言ってしまうところだった。
身内しかいない場なら構わないだろうが、ゲーム内でリアルネームを呼ばれるのは、あまりいい気はしないだろうし。
しかし、その訂正がさらにアスカの不信感を煽ったようで、何度か「本当に大丈夫なの?」と呟くように言いながら廊下へと出ていった。
二人も後に続く。
そうして部屋には、俺と屋敷の意思のみが残った。
『じゃあ、始めるか』
「あぁ、どこからでもかかってこい」




