Act69-残された絶望
『よし、それでいい』
「……了解」
ーー私は、一体何をしているのだろうか。
◇◆◇◆◇◆
『ここから解放されたければ、指示に従え』
目覚めた私が最初に聞いた言葉。
そのまま脳内に響く年老いた声に従い、自らの白い携帯端末に表示されたミニマップの配置を変えていく。すると、屋敷は音もなく形を変え、私の思うがままの姿になる。
部屋の隅に置いてあるスピーカーからは、少年と女性の言い争う声が時折聞こえてくる。
その会話は口調こそ喧嘩腰になっているが、よく聞けば仲がいいようにも取れるものだった。
そんな二人の未来は今、私の手中にある。
彼らを生かすも殺すも、私とこの端末次第。でも……。
ーー私は二人を殺すつもりはない。
そう、全て”あの声”に言われるがままの操作をしているだけで、今のところ私の意思は全く介入していない。
本当は二人を逃がしてあげたいし、私だってこんなところに軟禁されるのはごめんだ。
しかし、部屋と廊下を繋ぐ扉が閉ざされていることと、”あの声”が言う『解放されたければ、指示に従え』の言葉の二つの要因が、私をこの部屋に無理やり繋ぎとめていた。
何度か、「私をここから出す気はないの?」的な質問をしたが、『目的が済んだら解放してやる』の一点張りで、まるで何かのシステムと会話しているかのような不信感さえ覚える。
頼りの端末も、ずっと屋敷のミニマップのみを表示しているだけで、どこのボタンを押しても閉じることができない。
そのため、武器を取り出して扉を破壊することはおろか、電話で外部に連絡を取ることすら叶わない。
だからこそ……。
「次の指示は?」
ーー私は指示を求めるようになった。
少しでも早く、ここから出るために。そして、ショウヤに会うために。
『まぁ待て、そう焦るんじゃない』
急かす私をなだめるように、年老いた男の声が響く。
「じゃあこれ、適当にいじってもいい?」
『それもダメだ』
ミニマップを勝手に変えることは、どうにも許してくれない。だから正確には、二人の命は”あの声”が握っていると言うべきだろうか。
手持ち無沙汰になっても、この部屋には何もない。
二人の声が聞こえるスピーカーと、自らの端末。他には装飾品が散りばめられた家具しか存在せず、暇を潰せるアイテムは何一つない。
かといって外に出ることもできない。
「はぁ……」
それから数十分が経過した頃、私が最も待ち望んでいた言葉が聞こえた。
『よし、次の指示だ』
ーー来た。
どうせまた『ここの配置を変えろ』だの『天井を降らせるふりをしろ』だの、すぐに終わってしまう指示だろうが、それがこの状況から脱出する過程に含まれているなら、私はやらなければならない。
さすがにもう五度目の指示ともなれば、大体の内容は予想がつくものなんだなぁ、なんて考えながら、私は頭の中に届く言葉を待った。
『屋敷を、お前の好きなように動かせ』
「どういうこと?」
今までそのままの意味で指示をこなしてきた私も、これには聞き返さざるを得なかった。
『さっき言っていただろう。端末を適当にいじってもいいかと』
ーーいや聞いたけども。
これでは指示というより、実質二人を解放してもいいと言っているようなものではないか。
まぁ、相手の気が変わる前に済ませてしまおう。
「……わかった」
私は心中の喜びを隠し、努めて冷静に答えた。
『ただ、もちろんそれだけではない』
「……?」
いきなり端末で玄関のドアを開け放とうとした私を、声が遮る。
今までより一層低い声で、指示の”続き”を告げた。
『来訪者を殺せ。ーーそれが最後の指示だ』




