Act67-本当の強さ
「お待たせー」
短い電話を終え、男が缶コーヒーを二本抱えて戻ってくるのが見えた。
「買った後で悪いけど、コーヒー飲める?」
「飲めますよ。ていうか、ここで飲めませんって答えたらそのコーヒーどうするんですか」
「僕が飲むしかないねぇ」
「お腹壊しますよ」
そんな会話をしながらも、男は先ほどよりも少し詰めた距離に腰を下ろしながら、またしても思わぬ言葉を口走った。
「さて……と。これまた唐突なんだが、何か得意なスポーツはあるかい?」
「え?」
次々と予想を越えた質問をしてくる研究者然とした男に軽い憤りを覚えながらも、自分が唯一得意と言えるスポーツの名を口にする。
「剣道くらいですね、昔少しやってたんで」
だが、昔というのは少々語弊がある。実際は小学生の頃から一昨年まで約九年間続けていて、何度か小さな大会で優勝したりもした。ここ最近ゲームにハマるまでは、俺の唯一の特技だとも自負していたほどだ。
どうせろくに運動もしていなかったであろう、白衣の研究者の驚く表情を拝んでやろうとしたが、俺の両目が捉えた男の表情は満面の笑みだった。
「これは奇遇だね。僕も実は剣道やったことがあるんだ。ぜひお手合わせ願いたい」
何故か棒読み感があるのが気になるところだが、人間、こう何度も驚かせられると耐性ができてしまうもんなんだなぁと思いつつ、
「いいですよ。やりましょう」
簡潔にそれだけ答える。
おそらくこの男は、拳ならぬ、「剣で語り合おう」的なことがしたいのだろう。受けて立とうじゃないか。
俺のやる気を感じ取るなり、白衣の男は立ち上がった。
「じゃ、行こうか。あ、コーヒー飲んでからね」
◇◆◇◆◇◆
早速俺たちは、近所にある道場を訪れた。
普段は門下生しか使うことを許されない由緒ある場所だが、白衣の男は道場主に一言二言告げただけで、何故か使用許可を得ることができた。何をしたのだろうか?
「お待たせ、はいこれ」
言いながら、借りてきた竹刀と防具一式を差し出してくる。だが、彼の手にある防具は一セットだけだ。
「あの……あなたは?」
「ん? 僕はこのままでいいよ。あぁ、さすがに白衣は脱ぐけどね」
そう言いながら、本当に白衣だけを壁際の床に置き、黒いスーツ姿になった。
右手で竹刀を何度か握り、感触を確認している。
「……」
随分とナメられたものだ。俺だって引きこもっていたとはいえ、まだ自分の感覚は残っている。
白衣改めスーツの男は準備を済ませたのか、左肩の位置から右足下へと一度切り払い、その反動で竹刀の先をこちらに真っ直ぐ向けてくる。
「さ、どこからでもかかっておいで」
明らかな挑発だった。
竹刀を両手で持っているこちらに対して、男は右手一本だけで支えている。
言動と行動。二重の挑発。
そうだとわかっていても、両眼が彼の構えから隙を見い出せない。
暫し考え込んで唯一出た結論は、少し考えれば子供でも思いつくような簡素なものだった。
──鍔迫り合いに持ち込めれば、両手に体重を乗せられるこちらが有利のはず……。
高校生と大人という、筋力に埋められないハンディキャップがあったからこそ、なおさら男の片手持ちは俺にとって有利に働く。
直立で持っていた竹刀を右半身で斜めに下げ、一度深呼吸。
よしーー、
「ここだッ!!」
竹刀を床すれすれに走らせる、俺のオリジナルフォーム。大会で使用して審判に咎められたのは記憶に新しい。
直立させたり正対の形で持つと、俺の場合、どうしてもダッシュのスピードが落ちてしまう。そこで考えついたのが、まず自分が走り出し、後から竹刀が追い縋って来るかのようなこのフォーム。
相手からしてみれば、俺の体に隠れて竹刀が見えにくくなるため、不意打ちや技の変更を悟られずに行うことができるのも利点の一つだろう。
俺は男が体の前に竹刀を出して防御体制を取ると予想し、ダッシュで一気に距離を詰め、右斜め下から竹刀を振り上げ、あえて真上から切りかかる。
ほぼ予想通り、彼は竹刀を身体に対して横に倒して防御に使った。
互いの得物が交錯し、望んでいた鍔迫り合いが発生。
まさかここまでうまく事が運ぶとは思っていなかった俺は、微笑と共に口を開いた。
「この勝負、俺の勝ちですね」
すると、あろうことか相手も同じように笑い、まるでマンガか何かのやり取りのような返しを口にした。
「どうかな?」
次の瞬間、スーツの男が互いの剣を受け流すように体をくるりと半回転。
俺は全体重をかけていたこともあり、竹刀を振った姿勢のまま前によろめき、男はさらなる半回転とともに俺の背中を一閃。勝敗は決した。
負けた……。
倒れ込んだ姿勢のまま、ぼーっと自分の戦い方を悔やんでいた。
昔の俺なら、あそこで剣を流されることくらい予想できたのではないか、と。
──すっかり弱くなっちゃったな……。
ずっと起き上がってこない俺を見て、男はさすがに焦ったのか、「ごめんごめん、ちょっとやりすぎたよ」なんて言っている。
あたふたしている様子は新鮮だったが、今はそれどころじゃない。
「いえ、俺が弱かったんです」
数秒の間を置いて、真摯な声が聞こえてきた。
「……君は一昨年まで剣道をやってたんだろう? その強さを取り戻したいとは思わないか?」
「一昨年までやってたこと、知ってたんですか……」
俺は昔とは言ったが、一昨年までやっていたとは一度も言っていない。
「ちょっと小耳に挟んだだけだよ。それより、どうなんだい?」
「すみません、質問を返すようですが、一ついいですか?」
男は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに見慣れた表情に戻った。
「何だい?」
「あなたのその強さは、どこで手に入れたんですか?」
右手一本でも勝てるという余裕。あの状況での反撃。気持ちの弱い、しかもただの研究者にそんな芸当はできない。
心技体の全てを兼ね備えた人間こそが持つ判断力。
「すまんな、それは言えない。企業秘密なんだ」
自嘲するように答えた。
「ははっ。何ですかそれ」
それにつられて、俺からも自嘲するような笑いがこぼれる。
全身を使って一度深呼吸をし、先ほどの問いに答える。
「俺は、強くなりたい。高望みはしません。せめて、身近な人だけでも守れる力が欲しい……それだけです」
「できるよ、君になら」
男は白衣を取りに行き、内ポケットから赤色の封筒を取り出し、こちらに手渡してきた。
勧誘まがいっぽいが、今の俺には何故か、この男は信用できるという自信があった。
封筒を受け取り、中から四つ折りのA四紙を取り出す。
丁寧に開くと、そこにはこう書かれてあった。
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如月蒼汰様
貴殿は此度の「HM(Human Monitoring)計画──『パラレルコネクト・オンライン(ver.1.0)』」の被験者No.347として選ばれましたことをご報告と致します。
詳しくは追って通達しますので、ご協力願います。
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「じゃあ、三ヶ月後。また会おう」
「あ、ちょっと……」
俺の言葉には耳もくれず、身を翻すと道場を出ていってしまった。
A四紙の文末には、直筆で「一条藍斗」と添えられていた。あの人の名前だろうか。
彼には裏表がない。それは戦い方を見ればわかる。
ただ、俺には”パラレルコネクト・オンライン”といういかにもMMORPG風のゲーム名よりも、”HM計画”という聞きなれない単語の方が頭に引っかかっていた。




