Act66-選ばれし者
今日は一日ゲームをして過ごす予定だったが、朝の一幕ですっかりやる気を削がれた俺は、特に理由も無く公園をふらついていた。
“引きこもり”と一口に言っても、種類は多い。
完全に部屋から出たがらない人もいれば、俺のように基本引きこもるが、暇さえあれば外をウロウロする人間もいる。……いや、それは引きこもりとは言わないかな? まぁいい。
そんなことを考えながらベンチに座って日差しを浴び、流れゆく人の波に目をやる。
犬の散歩をするおばさんや、スーツを着た若々しい男性、ボールを追いかけ回す無邪気な子供たち。実に様々な人がいるものだ。
「俺って、何なんだろうか……」
ふいに口をついて言葉が出た時だった。
「君、学校には行かないのかい?」
唐突に真後ろから声をかけられ、思わずベンチから飛び退いて反転、臨戦態勢を取る。
白衣の中にスーツを着込んだ、かなり若い男性だった。
ーー不審者か? それとも非行少年を咎める私服警官か?
様々な思考が脳裏をよぎる中、対面する男は小さく笑いながら、
「中々の反射神経だね。君なら“エンシェント・ドラゴン”とも互角に戦えるかもしれないな、うん」
場が凍った。
ーーただのイタい人なのか?
そんな俺の思考を知ってか知らずか、すぐに話題転換。
「まぁ冗談は置いといて、時間があるなら少し話さないかい?」
これには警戒せざるを得ない。
不審者の多いこのご時世、話している最中に横から包丁で一刺し、なんて可能性もある。
しかし、すぐに払拭した。
白衣の男=研究者、研究者=戦闘能力が低い。
ゲームにありがちな方程式が、既に俺の脳内で確立していたからだ。
いざとなれば素手でも戦えると予想し、あくまで強気な姿勢を保ったまま、返答。
「話ですか。まぁ、いいですけど」
それでも多少の距離を置いて男と同じベンチに座り、僅かな沈黙が流れる。
先に口を開いたのは白衣の男だった。
「君は、この世界をどう思う?」
「……は?」
何だこの男は。出会ったばかりの少年に「この世界をどう思うか」って? 俺の行きつけでよければいい病院を紹介しますよ。ちなみに精神科ね。
さすがに白衣の男への煽り文句は心中だけに留め、代わりに疑念を宿した瞳で相手を凝視する。
「いや、言葉のままの意味なんだけどなぁ」
男は俺をからかって質問しているわけではないらしく、どうやら本気の答えを求めているようだ。
馬鹿らしいとは思いながらも、刹那の黙考の後、返答。
「一言で言うと、つまらないですよね」
「……そうか」
俺の解答が簡素に聞こえてしまったのか、返ってきた言葉もまた簡素なものだった。
「じゃあ、質問を変えよう。“仮想世界”って知ってるかい?」
「えぇ。そりゃまぁ」
“仮想世界”。またの名をバーチャルワールド。
現代の技術では成し得ないとされてきた、人工的に作られた世界。もしも実装されれば、危険な実験やシミュレーションだって無害で行うことができる夢の次元。
「もし君がそこに行けるとしたら……どうだい? 喧騒が絶えない現実世界から離れて、自分のしたいことを好きな時に出来る、そんな世界があったら、君はどうする?」
よくよく考えたら、俺は初対面の人となんて話をしているんだろうか。
しかし、もう乗り掛かった船だと諦めて答える。
「素敵な世界ですね、けど……」
「けど?」
「俺は、まだこの世界でやり残したことがたくさんあります。仮にそんな世界が存在するとして、俺のようなダメ人間が生き残れるとは思いませんから」
よく噛まずにこんな台詞言えたなぁ、と、ちょっとした達成感を覚えていたが、質問した本人は何とも微妙な表情に変わっていた。
男は一度立ち上がり、「ちょっと待っててね」とだけ告げ、近くの自動販売機へと走っていった。
「なんなんだ、あの人……」
突然声をかけてきたかと思えば、世界がどうのこうのって。
もしかして不登校学生を救う新手のカウンセラーか。はたまた怪しい宗教団体か。
ぐるぐると疑念が渦巻く中、俺の両目は男が焦りながら携帯電話を取り出す姿を捉えていた。
◇◆◇◆◇◆
「ハル、助けて」
先ほどまでの強気な質問攻めから一転、男の口からは、必死に助けを求める情けない声が漏れ出ていた。
通話相手の名は「四宮遥」。
二人は同じプロジェクトチームのメンバーであり、また、戦友でもある。
『頑張ってください、アイトさん』
生まれに三年の差がありながら、互いを「ハル」、「アイト」と呼び合っていることから、仲の良さが伺える。
むしろ話し方からして、男の方が年下に見られてもおかしくはないが。
「あの子意外に強敵なんだけど」
『彼を選んだのはアイトさんです。頑張ってください』
「選んだっつったって適当に引いただけなんだけどなぁ」
多数の候補者の中からプロジェクトの被験者を選出する際、二人が交互にカードを引いていき、”如月蒼汰”の名を引き当てたのが、この男なのだ。
『とにかく、何としても彼をプロジェクトに参加させること、いいですね?』
「……へいへい」
『よろしい。一応情報課としての支援はしますから安心してください』
「りょーかい。じゃあまた後で」
『はい、アイトさん』
プツッ。
ーーさて、どうしたもんか……。
こういった交渉が得意でない男は、もはや仲間の支援を当てにすることしかできなかった。




