Act64-罠
「まだなのか……?」
「さぁね」
待てども待てども屋敷に変化はない。
さっきから玄関に堂々と立っているのに、追い出されることもなければ、迎え入れられることもない。
ひょっとして家主は寝ているんじゃないか、などと緊張感のないことを考えていると、アスカから唐突な一言が放たれた。
「あなた、ヒナタさんに嫌われてるんじゃない?」
心の奥でグサッ、という生々しい音が聞こえた気がした。
わざわざ俺の心を抉らなくてもいいじゃないか。
「そ、そんなことねぇよ」
「どうかしらね。まぁ、彼女が何のアクションも起こさないなら、こっちとしても待つしかないものね」
「……一度元の世界に戻るという選択肢はないのか?」
高月さんが何らかの動きを見せるまで、この世界ーー”幻想世界”としておこうーーではなく、「パラレルコネクト・オンライン」で待つという手はないのか。
しかし、言ってから何となく嫌な予感がした。
こういうファンタジー系の異世界って、大概ボスを倒さないと元の世界に戻れないというお約束的なものがある。
例えば、ここに来るときに使ったワープゲートは既に消えていたり、とか。
アスカの返答は、まさにそのお約束を肯定するかのようなものだった。
「ないわね。さっきのワープゲートは一方通行だし」
「……ですよね。ちなみに戻り方は?」
「知らないわよ」
「ですよ……はぁ!?」
ーーえ、何? 俺ずっとこの玄関前で詰みゲーしなきゃいけないわけ?
ゲームだから年も取らない。そして死ぬことも許されない。俺はここで永遠に生き続けなければいけないのか。いや、最悪アスカに殺してもらおう、うん。
「自分で作っといて何だけど、こうなった以上、帰り方なんて知らないわ」
「……どんどん人を追い込んでくな」
「人を恐怖に陥れるのは得意よ」
「やめてください」
そんなやり取りの中で、ふと気づく。
メイや高月さんをここに連れてこれたということは、一度はこの幻想世界と「パラレルコネクト・オンライン」を行き来しているということだ。
それと同じ手を使えば、あるいは……。
「アスカさんは二つの世界を行き来したんじゃないのか?」
「もうアスカでいいわ。私が行き来できたのは、当時の屋敷の権限が私にあったからよ。屋敷にワープゲートを作って元の世界に繋げれば帰れるわ」
よし、希望が見えた。
「じゃあ早く繋げようぜ」
「だからその権限がヒナタさんにあるのよ。もしもあなたが彼女に嫌われたりでもしてたら、一生帰してくれないでしょうね」
もうこの人と心中してやる。
「……」
「あら、嫌われてないって言ってなかった?」
「もう何も言いません」
せめて、面と向かって会話さえできれば説得できるんだけどなぁ、なんて言い訳がましく考えていた俺の頭上で、パラパラ……という異音が響いた。
アスカは「あら? 老朽化かしら」なんてとぼけながら言っているが、これは間違いなく……。
「降ってくるだろ、これ」
屋根だけでも十分圧死できるのに、シャンデリアなどの装飾品まで降ってこられたらひとたまりもない。
「まぁ外に出れば問題ないんだけどな」
「扉閉まってるわよ」
「はぁ!? いつから!?」
「私たちが入った時からよ。間違いなく嫌われてるわね、あなた」
「そんなこと言ってる場合じゃーー来た!」
ガリガリと耳障りな音を立てながら屋根が落下してくるのを、俺はただ見ていることしかできなかった。
ーーこんな時、ユズハなら何か飛び抜けた発想で切り抜けるんだろうなぁ。
この場にいない妖術師の少女を思い浮かべながら、ただただ自分の不幸を呪った。
「終わった……」
ーー詰みゲーから解放されると同時に、現実世界からもログアウトするのか。
そして俺は、直撃と同時に気を失った。




