Act5-模擬戦
一月一日、午後三時。東京エリア某所。
「うわぁぁぁ!? へるぷみぃぃぃ!!」
本日何度目かとも知れない悲鳴。それは、もう二度と関わらないと決めていたはずのおてんば少女から発せられていた。
運営からの粋な計らいで特別に実施された、仮想現実世界内のチュートリアルを兼ねた模擬戦闘訓練。
大きな施設の中に区切られた部屋が用意され、その中で敵モンスターと戦って仮想現実適正評価をもらう。評価はA〜Dの中から選ばれ、もちろんAに近い成績を取ればクリアとなる。
これから命がけの戦いをしていく中で、まず自分の立ち位置を知るのは必要なことだと思う。プレイヤーの中には、ちょっと運動神経がアレな人もいるだろうから、そういった人がダンジョンで即死しないようにサバイバル形式でモンスターに身体を慣れさせておこうという、運営の考えには同意できるのだが。
「はぁ……はぁ……もう、無理」
その一体目が狙ったようなイモムシ型というのは、如何せん女性プレイヤーには辛いところがあるのだろうか。
「ほらほら、逃げたら意味ないぞー。がんばれー」
俺が応援を送る先には、約五〇メートル四方の立方体の部屋、そして対峙する少女とイモムシ。
先ほどから息切れするほどの全力疾走――もとい、全力逃走を繰り返しているせいで、表面上のHPは満タンでも、精神状態を指すHPは既にゼロを振り切っているようだ。
入り口に設置されたプレートの光字は「Player:Yuzuha」と点灯しており、ユズハと言う名の少女が模擬戦を行っていることを示している。
俺も最初のうちは、もっと覇気のある応援をしていたつもりだった。しかし、俺を含む他のプレイヤーがことごとくクリアしていく中、彼女だけがずっと同じ部屋を占領していることに何故か罪悪感と背徳感を覚えた結果、だんだん細々とした応援に落ち着いてしまった。
対して、モンスターに追い回されるユズハはまるで頭から火が出そうなほどの興奮状態。部屋の中と外の温度差は明確なものだった。
「でもぉー、この緑色の虫嫌い!」
「わかったわかった。でも倒さないと終わらないぞ」
ユズハを追い回す緑色のイモムシの固有名称は『Road -caterpillar《ロード・キャタピラー》』。カーソルに表示されるレベルは3。ゲームが開始されたのは昨日だが、運営からの細かい説明やら、色々な手続きを踏み終わった頃には時計は二三時を指していた。
そこから何かをする気にもなれずに一斉に眠ってしまったため、戦闘を経験するのは今日が初めてだ。当然プレイヤーたちのレベルは1。このモンスターは、わずかではあるが格上の相手だ。
とはいえ、模擬戦用の弱体補正はかかっているはずなので、そこらのレベル3モンスターよりは断然弱い。
「……はずなんだけどなぁ」
箱型の部屋で戯れるユズハとイモムシを見ながら、ため息混じりに呟く。
ユズハの戦闘開始からかれこれ三〇分。周りを見る限り平均一〇分前後で討伐されているはずの『ロード・キャタピラー』のHPは未だに健在だ。
それもそのはず、この三〇分間で彼女が行った攻撃回数はゼロ。対してユズハ自身のHPも減っていない。
要は、彼女はこの部屋で三〇分耐久鬼ごっこをしていたわけだ。
ちなみに、普通のMMORPGの如く職業システムが実装されている「パラレルコネクト・オンライン」の中での、彼女の職業は魔術師。その名の通り、杖による魔法攻撃が可能なのだから、モンスターと距離を取って攻撃を撃ち込み続ければ楽に勝てるはずなのだ。だが、それを行っていないところから見るに、どうやら武器の使い方を理解していないらしい。
魔術師の場合、杖で物理攻撃でもしない限り攻撃の全てが魔法――、アーツとして扱われる。この職業が難儀だと明記されていたのはそれが理由らしい。
ーーアーツの発動には、プレイヤー自身の強いイメージ能力が必要になります。
これは昨日の職業選択時の、説明文の一部を抜粋したものだ。
つまり、イメージ能力に乏しい人間が魔術師を選択した時点で、既にかなりのハンディキャップを背負うことになってしまうということだ。
「いいか、自分が”魔法を使える”と思って戦ってみるんだ」
口で説明しても無駄だとわかりつつも、『ロード・キャタピラー』がわずかに停止した瞬間を見計らい、ユズハにアドバイスを送る。
あの精神状態で聞こえているかは定かでないが、何か閃きを得たのか一度大きく頷き、次の瞬間、彼女は思いがけない行動に出た。
モンスターとは真逆の方向に全力疾走。からの急停止。モンスターを視界に入れないように目を瞑りながら体ごと振り返り、気合いの一声。
「あったれぇぇぇ!!」
叫びながら、半回転の遠心力を使って杖をぶん投げた。
イメージ力に重点を置くアーツを見えない相手に当てるのは、例えるなら目をつぶってゴミをゴミ箱に投げ入れるようなものである。それこそ、山に長年篭った仙人とかじゃないと不可能な芸当だ。
「だからって、物理かよ……」
どちらにせよ見えない相手への命中を期待できる戦法ではない。
だが、持ち主から手放された杖は予想に反して空中で綺麗な放物線を描き、イモムシの背中付近に着弾。わずかながらHPバーを左に動かした。
投げた本人もビックリ、当たったイモムシも心なしか疑惑の表情を浮かべているように見える。
「あ、あたっ……当たった!」
「あぁ、おめでとう」
歓喜と称賛が部屋の内外を隔てて交わされる中、俺の背後からはクスクスという笑い声が聞こえる。
無理もない、一体どこの世界の魔術師が、唯一与えられた自衛手段を手放すだろうか。
しかし、今の攻撃は偶然が生んだものじゃないということを、俺を含む数人のギャラリーは理解している。
もし、何も考えずに先ほどと同じく杖を投擲したら、見当違いの方向に飛ぶことだろう。
では何故、彼女は当てることができたのか。
そう――、先のユズハは意図せずに、投擲のアーツを発動させていたのだ。
おそらく彼女自身は気づいていないが、「当たれ」というごく単純なイメージを強く描いた結果、システムは投擲と判断してアーツを付与した。
このアーツはごく基本的なものとして「パラレルコネクト・オンライン」のアプリケーション――ログイン時に、黒装束が参加者の携帯端末に強制インストールさせたものだ――でも紹介されていて、物を投げる動作に、その物体の軌道、当てる対象のイメージを重ねるだけでいかなる状態、状況でも発動できるものだ。もちろん、攻撃力にも多少の補正は乗る。
とはいえ、魔術師が杖を毎度のように投擲するわけにはいかないので実用的ではないが、今回はユズハの成長の一歩として見守ることとしよう。
「よし、そのまま攻撃を――」
「あぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇ!」
――どうやら見守っている場合ではないようだ。
こうなるだろうと予想はついたが、唯一の得物を失った今のユズハにできることは何もない。
一応、杖が無くても簡単なアーツを発動することはできる。あくまで杖はイメージを増幅させる補助的なものでしかないのだから。
ただ、杖があってもなおアーツを発動するに至らなかった彼女がそれを知ったところで、また混乱するのが目に見えている。
対して、予想外の攻撃によって被弾したイモムシは、背中に刺さった異物を振り払うかのように身を捩るが、中々深くまで突き刺さったようで抜ける気配がない。
怒り心頭といった形相を浮かべ、ユズハを睨みつける。
次の瞬間、イモムシは先ほどのエンドレス鬼ごっこの時の倍ほどの速度で、ユズハに向かって走り出した。
当の彼女はよそ見をしていたせいか、わずかに反応が遅れている。
「……あっ」
あれでは回避が間に合わない。
「あのバカッ……!」
毒づきながら、今まさに戦闘が行われている部屋に繋がるドアのガラスを蹴破って突入する。
背後でけたたましく鳴り響く制止のブザーを無理やり意識から追い出し、走りながら片手で端末を操作。昨日配布された猟兵の初期装備「N・ハンドガン」を腰のホルスターに実体化させる。
視界の端に100/100という弾数表示が出たのを確認し、早撃ちの如く得物を抜き放つ。
この近距離で照準をつける必要もない。
バン、バンと立て続けに一、二発撃ち込むが、アーツと違ってMPを使用しない通常攻撃故か、全く手応えが感じられない。
――やっぱこいつじゃダメか。
低性能の初期装備に苛立ちを覚えたその時、俺の脳内に昨日読んだマニュアルの最後の一文が、希望の光のように浮かんできた。
「アーツはあなたのイメージ次第で、様々な形となって顕現することでしょう。固定概念にとらわれず、自由な発想が大切です」
――イメージ次第、様々な形。
「一か八かだけど……やってやる!」