Act58-希望の帰還
ーーおい、しっかりしろ!
虚ろな意識に届く、聞き覚えのある声。
昔から嫌と言うほど聞いてきた、少年の声。
でも次第に声変わりしていき、今ではほとんど男らしい声になった。
あの頃は好きだった。
でも今の彼は、もう昔の彼じゃない。
”オンラインゲーム”という私の知らない世界に旅立ってしまったんだ。
もう、彼には私たちのことは見えていない。
私は、無邪気にショウヤと争う、あの姿が好きだったのに。
ーーメイ!
「はっ……!」
勢いよく目を開けると、今までの思考が真っさらに消え、代わりに視覚情報が一気に流れ込む。硬い石畳に体重を預けているせいか、背中に鈍い痛みが断続的に走る。
刹那の頭痛に顔をしかめていると、さっきと同じ声が頭の上から、今度は確かに聞こえた。
「良かった……本当に良かった」
「……蒼ちゃん」
わざわざ確認しなくてもわかる。この世界に来てから全然聞いていないが、そんなブランクを感じさせないほどに現実で聞き慣れている。ーーだが。
私は、もう彼と言葉を交わすつもりは無かった。
目線を動かし、代わりに遠くで何かを探すもう一人の少年に声をかける。
「ショウヤ……」
私の声に数秒遅れて気づき、返答と問いを投げてくる。
「なぁメイ。ヒナタは……?」
「ヒナ……タ?」
私はそこで、今まで自分の身に起こった出来事を思い出した。
ダンジョンで、黒い影に連れ去られたこと。
約二ヶ月の間、牢獄に閉じ込められたこと。
覚悟を決め、何とか脱出できたこと。
そこまではどうにか思い出すことができたが、何か記憶にストッパーがかかったかのように思い出せないことがある。
「一緒に脱出したんじゃないのか?」
畳み掛けるように問いかけてくるが、どうにも記憶の書庫から引き出すことができない。
ーーひなた、ヒナタ。あれ……?
「ごめん……」
「いや。まだ目覚めたばっかなのに、いきなり聞いて悪かったな」
訳もなく謝るしかなかった私を咎めることもせず、ショウヤは「ちょっとその辺探してくるわ」とだけ告げて、走り去ってしまった。
話したくない相手と二人きりで取り残され、気まずい雰囲気が流れる。
当然と言えば当然だが、先に沈黙を破ったのは彼の方だった。
「にしても、何でこんなとこに倒れてたんだ?」
「……知らない」
私に会話する意思が無いのを早くも汲み取ったのか、次の言葉はまるで独り言のようだった。
「ショウヤがフレンド機能で追跡した時、二人はずっと同じ場所から動かなかったんだよ。けど突然、メイの光点だけがこの座標に飛んできたんだ」
さらに続ける。
「高月さんの座標はずっと同じ場所で固まってる。おそらく、携帯を隠されてるんだろうな」
ひとしきり話した後、「これだけは言わせてくれ」と付け足した後、再び私に向けて言葉を発する。
「ショウヤは今、必死に高月さんを探してる。けど俺だって、まだ探してる人がいるんだ。だからーー」
「いいよ。私、一人で歩けるから」
「いや、せめてホテルまでは送ってくよ」
彼の右手が、私に向かって伸ばされる。
その時、ドクンと心臓が跳ねた。
前に、全く同じ光景を見たことがある。
度重なるドッキリイベントに腰を抜かしていた私を心配してくれた。そして何度も右手を伸ばしてくれた。
私が罠にはまりそうだと咎めてくれた。
あの優しくも強い、小さな右手はーー。
ダメだ。これ以上思い出せない。
私は彼の手を取らずに立ち上がり、ふらつく足取りで近くのホテルへと歩いていった。




