Act53-館の主
「広いなぁ……」
長い廊下を駆け抜け、大きな踊り場に出た時にメイがふと呟いた。
まるで宮殿のような趣の煌びやかな内装は、今まで薄暗い牢獄に収容されていた私たちにとって、目が痛くなる代物だった。
「どうしようか?」
踊り場を起点として、今走って来た廊下を含めて四本の廊下が四方に伸びている。しかもここから視認できるだけでも三〇ほどの扉があり、おそらくどれもが様々な部屋に繋がっていることだろう。
「一つずつ入ってみる?」
「そうだね」
玄関を探した方がいいのではないかと考えたが、まずは私たちの携帯端末を取り戻さなければいけない。あれが無いと武器を使うことはおろか、生活に必要なアイテムすら取り出せなくなるからだ。
「よし、じゃあここから!」
メイが一番手近な木の扉に手をかけ、一気に開け放つ。
「あれ?」
しかしすぐに怪訝な表情に変わり、何事かと私もその部屋を覗き込む。
そこには、まるで新築の空き家のように家具どころか塵一つ落ちていない、真っ白な立方体の部屋が広がっているだけだった。
不審に思った私は、隣の部屋、その隣の部屋……と、次々に扉を開けていく。
どの部屋も、同じ景色。
ーー廊下には装飾が施されているのに、どうして部屋だけ……これでは”張りぼて”のようじゃないか。
「ま、まだ引越し屋が来てないんだよ、きっと!」
メイの冗談も、今だけは笑えない。
再び目的に至る手段を失ってしまった私たちを、またしても予想外の事態が襲った。
「きゃっ!」
突然、メイが女の子らしい声を上げる。
「どうしたの?」
「なんか、冷たいものが首に……うわっ!?」
おそるおそる振り返ったメイが、今度は腰を抜かしてその場にへたり込む。
同じ方向を向いた私が見たのは、黒い影。
チュートリアルの時、説明をしていた黒装束に近いその人物は、知らないはずの私たちの名を呼んだ。
『メイ、ヒナタ。私のお嬢様』
声は明らかに女性だ。凛とした中にも、わずかに少女の幼さを残した声。もちろん面識はーーといっても顔が見えないので何とも言えないがーーない。
メイと顔を見合わせるが、彼女も何のことやら……といった表情だ。
「あなた、誰?」
『そんなことはどうでもいいのよ。ねぇ、あなたたち、ここで暮らさない?』
唐突な同居の申し入れに戸惑うが、相手は畳み掛けるように攻めてくる。
『ここなら何一つ不自由はないわ。身の回りのことは全部執事がやってくれるし、いざという時は戦える兵士もいる。悪い話ではないわよ』
確かにいい話かもしれない。
だが、私たちは半ば強制的に連れてこられ、しかも長い間牢獄に閉じ込められた身だ。おそらくその主犯たるこの人物を、そう簡単に信じるわけにはいかない。
それにーー。
『そんな不思議そうな顔で見つめないで。恥ずかしいじゃない』
妙に身体の輪郭がぼやけている。私が”黒い影”と称したのは比喩でも何でもなく、見たままの感想だった。
彼女について知りたいことはたくさんあるが、まずは目的を達成することが優先だ。
「まず携帯を返して。話はそれから」
『ここで暮らすなら返してあげるわ』
話が進まない。
端末を失い、また脱出する術もない私たちの不利な状況を楽しむように、一つの提案を出した。
『じゃあこうしましょう。私がこの屋敷のどこかに、あなたたちの端末を隠す。それを見つけられたら返してあげる。簡単でしょ?』
「え、でも……」
メイが初めて会話に参加する。
「どこの部屋も真っ白で何もないのに、隠すなんてできるんですか?」
『そうねぇ……』
お茶をにごすようにそう言いながら、影の女性は懐から一振りの杖を取り出した。輝きを見るからに、NPC製ではないだろう。
それでトン、トン、と床を軽く叩いただけで、すぐにまた懐へと戻す。
『はい、それじゃあゲームスタートよ。頑張ってね』
影がゆらめいたかと思うと、次の瞬間には私とメイのみがこの場に残されていた。
「今、何か起こった?」
「いや……わからない」
終始杖の動きを目で追っていたメイの問いかけに対し、黒い影だけを見ていた私が答える。
「でも、隠されたなら探さないと」
無意識に近くの扉に手をかけて、そのまま開く。
「え……?」
思わずそんな声が、私の口をついて出る。
私の目に映ったのは、中央に巨大なベッドがあり、周りにはドレッサーやタンスなどの家具が並べられている、寝室らしき部屋だった。
壁や天井には廊下と同じような装飾が施されており、とても統一感がある。ーーというのはさておき。
問題なのは、さっきまで無機質な白い部屋だったのが、突然こんな部屋に姿を変えたことだ。
その場で固まる私の後ろから、部屋の様子を覗き込んだメイも同様に言葉を出せずにいる。
ーーまだまだ、色んな仕掛けがありそう。
昔読んだおとぎ話のストーリーを思い出しながら、私はそんなことを考えていた。




