Act45-ロールプレイヤー
裏口からステージへ続く階段を上がる途中、ひときわ大きな歓声とともに試合終了のブザーが鳴り響く。
「終わったのか……」
どちらが勝ったのかはわからない。だがあの様子だと、おそらくショウヤが連勝を伸ばしたのだろう。
そんなことを考えていると、暗闇の向こう――もう一〇メートルもない距離に、長方形に切り取られた光が差し込んでくるのが見えた。
すぅ……はぁ……と浅い呼吸を繰り返し、一気に駆け上がる。
視界が開けると同時に、見慣れた顔がすぐそこに現れた。
観客が次のチャレンジャーの登場にざわめくが、俺たち二人の間には、そんな声すら届かない。
「久しぶりだな、ショウヤ」
「……今さら何しに来た」
一瞬驚いたような表情を見せるが、返ってくるのは冷ややかな声のみ。
この世界で初めて対峙した時は逆の立場だったなぁと思いながら、純粋な疑問をぶつける。
「お前がランキング1位なんて、正直びっくりしたよ。一体何があったんだ?」
「何もねぇよ。それより戦うのか、戦わないのか、どっちだ」
目線を俺から逸らし、これ以上会話を重ねる気は無さそうな様子。”取り付く島もない”とはこのことだろう。
「まぁいいや。戦うためにここに来たわけだしな。闘技場No.1に胸を借りるつもりでやらせてもらうよ」
戦えば、何かわかるかもしれない。
俺の言葉を聞くなり、右半身の構えを取った後、黒剣の切っ先をこちらに向ける。
――構えに隙がない。
マニュアル人間だった過去のショウヤ相手なら、必ずどこかに攻略の糸口が見えたものだ。だが、今の時点では確実と言える勝機が見えない。
強くなった親友と小学校以来の戦いをできることに喜びを覚えつつ、こちらも右手に剣形態の得物を握る。
剣を地面すれすれに走らせる構え。それが俺のフォームだ。
これは、昔剣道をやっていた時に編み出したものだ。直立させたり正対の形で持つと、俺の場合、どうしてもダッシュのスピードが落ちてしまう。独学の末に考えついたのが、まず自分が走り出し、後から剣が追い縋って来るかのようなこのフォーム。公式戦だと審判に注意されるけど。
余談だが、俺とショウヤが小学生時代に行ってきた戦いの中には、もちろん剣道も存在する。そのため、このフォームを見れば「懐かしい」くらいの感情は持ってくれるだろう。
向かい合う二人の頭上に光る、電光掲示板のカウントは刻一刻と減っていく。ふと、俺はそれを見上げる。
『Syouya 剣修士』ーLv.40
『Sota 銃剣士』ーLv.50
「あ……」
――やっちまったぁぁぁ!!
あれだけフィリアの心配をしておいて、まさか自ら規格外職業を晒してしまうとは。
アプリケーション上のランキングシステムは、不特定多数のプレイヤーの目に留まる。だから機密情報は伏せられていたのだろうが、わざわざ足を運ぶ必要がある闘技場はその限りではない。
二ヶ月前に一度、ショウヤたちには披露したため、彼は既に俺が”特異”な職業であることだけは知っていだだろう。しかし、観客からは当然のように疑念の声が上がる。
『ガンスリンガー……?』
『おいあいつチーターじゃねぇの?』
『まじかよ。やっちまえーショウヤ!』
『そうだそうだ! いけショウヤッ!』
だんだん俺が悪者に……いや、集中しないと。
「ふぅ……よしッ!」
三……二……一……。
【Start!!】の文字が瞬くと同時に、直線距離一〇メートルほどを一気に詰めるべく走り出す。小学生時代に幾度となくやった決闘と同じ戦法だ。
あの頃のショウヤは、AGIガン振りの俺を止めることができず、そのまま一方的に負けることがほとんどだった。
だが――今は違う。
先ほどの暗殺者ほどではないが、それでも高い銃剣士のAGI補正が乗ったダッシュからの振り下ろし攻撃を、黒剣を倒して難なく受け止める。
「……変わってねぇな」
「え……!?」
一瞬の鍔迫り合いが起こる中、密着している俺にしか聞こえないほどの微かな声で、聞き慣れたショウヤの嫌味が届く。いつものショウヤだ。
ここで一つ疑問が生まれた。
今のショウヤが素の状態ならば、さっきまでの冷たい人格は何なのだろうか?
俺の”裏の人格”とは少し異なるようだが、例えるなら、自分の感情の全てを黒剣に吸い取られてしまったかのような、薄暗い雰囲気に染まっていた。
俺の裏人格を”狂気”と表すなら、ショウヤのもう一つの人格は”虚無”。
――ったく。お前はいつも何かに左右されてるな。
情報の呪縛から抜け出したと思いきや、今度は人格に支配されるとは。相変わらずと言うか、学習しないと言うか。
「お前も変わってねぇ……なッ!」
嫌味に対して皮肉を返しながら、剣同士を弾いて距離を取る。
互いに構えだけは外さない睨み合いが数秒続いた後、俺が自身の中から湧いて出た本音を口にする。
「けど、なんか安心した」
「……何がだ」
ショウヤが再び冷ややかな声に戻る。人格ってこんなにコロコロ変わるものなんだろうか。
不審に思いながらも続ける。
「正直、二ヶ月のお前にメイや高月さんを任せるのは不安だったんだ」
瞬間、ショウヤの表情が暗くなった気がした。それに心なしか俯いているようにも見える。
「これでメイや高月さんを安心して任せら――」
「黙れッ!!」
続けた俺の言葉を、激昴したショウヤの声が遮る。
「え……?」
ステージ上での会話は、距離があるせいでほとんど客席には届かない。そのため、観客からしてみれば突然ショウヤが叫んだだけのように見えるだろう。
怒りに打ち震えながら、ショウヤが続ける。
「お前に何がわかるんだよ……!」
「ショウヤ、何かあったのか?」
できる限り刺激しないように問いかけるが、ショウヤは俯いたまま答えない。
数秒かかり、わずかながら落ち着きを取り戻したショウヤから発せられた言葉を、俺はすぐに理解することができなかった。
「メイとヒナタはな……連れ去られたんだよ」




