Act42-トッププレイヤー
四月一日。午前七時。
枕元に置いてあった端末が静かに駆動する。まだ眠気まなこだった俺は、特に何も考えることなくアプリケーションを起動し、”新着通知があります”というリンクをタップ。
出てきたページには、見出しにデカデカと「三月の闘技場ランキングが確定しました!」の文字。その下には、寝起きには辛いほどの細かい文字で1位から100位までのプレイヤー名が列挙されていた。
「こういう人たちって、毎日闘技場に通い詰めてるんだろうか」
親切に装備や職業、イベントへの参加のために、ギルドに所属したプレイヤーはギルド名の記載まであり、これから闘技場に参加するプレイヤーにとっては非常に便――ん?
「いやちょっと待てぇ!?」
ある一つの可能性にたどり着き、ベッドから飛び起きながら素っ頓狂な声を上げる。
我がギルドメンバーであるフィリア。確か彼女は、初めて俺が武器破壊をされた日以降も、時間を見つけては闘技場を利用しているという話をユズハから聞いたことがある。
しかもあの実力だ。ランキングに載っていてもおかしくない。その場合、規格外職業やTLLDのことが公になってしまう懸念がある。
――まずいまずいまずいまずい。
一心不乱にスクロールしていく。目当ての名前はすぐに見つかった。
『62位 PhiliaーLv.40 仮設立ギルド』
だが、その後に続いていた「装備:???」「職業:???」の文字列を見て安堵する。運営もそのあたりのプライバシーは保護するのだろうか。
しかし、他のプレイヤーが堂々と職業を晒していることを考えると、わずかだが不公平さを禁じ得ない。
「でも、よかった……」
落ち着いたところで、再びベッドに身体を投げ出す。
虚ろな目で天井を眺めていると、思わず呟きが漏れる。
「こんなに朝早くから焦るなんて久しぶりだな」
少なくとも、俺が不登校になる以前はいつもこうだったはずだけど、と心の中で付け加えながら。
今になって思えば、学校が嫌いになったのは翔弥と喧嘩してからだったはずだ――。
◇◆◇◆◇◆
あの日、翔弥は俺のことを確かに心配してくれていた。
何故なら、ギルド「失われた破壊者」のメンバーは全員、オンラインゲームという名の”コンテンツ内”ではあるが、小学生の俺たちよりも先輩だったからだ。
どの世界でも、先輩に楯突くことは褒められたことではない。ましてや相手が複数人なら尚更だ。
次の日、翔弥は何度も「みんなに謝ろう」と言ってくれた。これからあのゲームを続けていく上で、いざこざは無い方がいいから、と。
その時、俺の中で”魔物”が生まれた。
それを自分で望んだわけではない。
何の前触れもなく俺の身体の制御を乗っ取り、好き勝手を行う”裏”の人格。しかし今となっては、裏の人格が現れる時には条件があったようにも思える。
――オンラインゲーム。
顔も名前も知らない人間と、偽りのプレイヤーネームだけを頼りに関わっていく。時に協力することもあれば、敵対、果ては殺し合い――あくまでゲーム内でだが――まで発展することもある。
よく「ネット上では人間の素が出る」というが、それはオンラインゲームの醍醐味の一つだろう。上辺だけの生身の人間よりも、飾り気のない人の心と接したい、という人にとっては、オンラインゲームは素晴らしいコンテンツだと思う。
裏の人格が出てくる時は決まってオンラインゲームをやっている、またはやっていたというあまりに出来すぎたタイミングだったため、一時期は本当に考えたことがあった。
この裏の人格が、俺の”素”なのではないかと。
裏の口調が子どもっぽいのは、この人格が生まれた時期が翔弥と喧嘩をした小学六年生の頃だったから、と勝手に解釈しているが、その言動は闇そのものだ。
おまけに向こうは俺の思考を読めるらしいが、俺は裏の思考を全く知らない。
あの事件以来、中学、高校とオンラインゲームに没頭してきたせいもあるのか、時々記憶が曖昧になることがあった。おそらく、裏の人格が途切れ途切れではあるが俺の身体を乗っ取っていたのだろう。
クラスメイトや教師、その他の人間に対して、裏の俺はどんな接し方、どんな言動をしたのだろう。
そんな見えない恐怖と戦っていれば、いつかは限界が来る。俺の場合、それが高校二年の時だっただけだ。
◇◆◇◆◇◆
「あれ……」
いつの間にか寝ていたのか、それとも起きたまま思考の中に沈んでいたのか。何とも言えない不思議な感覚だ。
このままの体勢だと、さっきと同じことになってしまうと思い、眠気を振り払って身体を起こす。
右手に握られたままだった端末の画面を見ると、闘技場ランキング60〜69位のプレイヤーが表示されたままだ。
「そういや、1位のプレイヤーってどんな人なんだろ……」
ゲームに限らずどんなジャンルでも、トップを飾れるものには必ず要因がある。例えば音楽なら魅力や歌声、スポーツやゲームなら技能、といった具合だ。
この闘技場の場合、ゲームの中ではあるが実際に身体を動かして戦う仕様上、どちらかといえば格闘技に近いスポーツに分類されるだろう。
そのため、1位になれるプレイヤーは技術やレベルだけでなく、読み合い等のプレイヤースキルも高いはずだ。
――は……?
しかし、そのトップの名前を見た瞬間に思考がまるごと消え去り、世界が凍りついたかのような衝撃を受けた。
ありえない……嘘だ。
闘技場ランキングの一番上で”Syouya”の文字列を認識した俺の感情は、そんな否定的なものに支配されていた。
「あいつが……そんなはずない!」
思わず端末をベッドに勢い良く投げつけながら叫んでいた。
――二ヶ月前、芽衣と高月さんの命を高難易度ダンジョンで危険に晒していたプレイヤーが、トップだと?
きっと何か裏がある。確かめないと。
気がつくと俺の両足は、真実を確かめるべく闘技場の方角へと向いていた。




