Act39-着ぐるみ事件(後)
『よし、ここでいい。座れ』
公園近くの高層ビルにある、地下駐車場へと連れられてきた俺たちは、脅されるがままにその場に正座した。
着ぐるみは端末でストレージを操作し、三つの麻縄を取り出す。
――この世界にもこんなアイテムがあるんだな……。人を縛る以外に使い道無さそうなのに。
のんきに麻縄の存在意義を否定する俺をよそに、着ぐるみは『変な真似すんじゃねぇぞ』と前置きしてから、ミユ、俺、ホノカの順に両手両足を縛っていく。
途中で俺は、少しでも情報を引き出すべく皮肉混じりの質問を投げかける。
「目的は何だ。まさかPKできれば誰でもよかった、なんて言わないよな?」
『黙れ。俺たちの目的は金と装備だけだ』
挑発に対して答えた着ぐるみの言葉に、俺は不自然な引っかかりを感じた。
――くそッ……仲間がいるのか。
地下駐車場とはいえ車は一台も存在しないため、隠れることができる場所は限られる。この場に仲間が潜んでいるとすれば、例えば柱の影などの死角だろう。
俺たちを縛り終えた着ぐるみはゆっくりと立ち上がり、ハンドガンを指でくるくる回しながらこちらを見下ろす。
『さて、と。てめぇらを料理するのは簡単だ。気分はどうだ? 命乞いでもしてみろよぉ?』
ミユは既に状況を理解し、着ぐるみに刺激を与えないように黙りこくっている。俺もこんなうさぎに屈するつもりはない。ホノカは――
「ねぇうさぎさん。これからなにがはじまるの?」
『あァ?』
――まずい。余計な刺激を与えるな。
相手の姿、レベル、職業がわからない以上、迂闊に手出しするわけにもいかない。下手をすればこのまま全滅だ。
そんな状況で、ホノカが着ぐるみに質問するのは予想外だった。
『何もしねぇよ。てめぇらがおとなしく、ソルと装備を置いてけばの話だけどな』
「そる? そうび?」
『ハァ……もうお前黙ってろ』
ホノカに”ソル”と”装備”の単語を使っても、彼女は理解できない。そのことを悟った着ぐるみは、諦め半分でため息をついた。
『じゃあ本題だ。とりあえずお前と、お前。携帯よこせ』
俺とミユを指さしながら、携帯端末を要求する。ストレージやソルの移動は全て「パラレルコネクト・オンライン」のアプリケーションを利用するため、着ぐるみの手に渡れば、俺とミユが所持するアイテム、ソル、装備を失うことになるだろう。
――ここがラストチャンスか。
俺は後ろ手で端末を一瞬だけ操作し、おとなしさを装って着ぐるみに手渡す。ミユはわずかに驚きを見せたが、諦めたのか端末を渡す。
『意外と素直じゃねぇか。あ、おい。ロック外せや』
「片手で出来るわけないだろ」
現実世界と同じく――いや、現実世界以上に、この世界においての携帯端末が担う役割は大きい。そのため、ほぼ全てのプレイヤーが端末にロックをかけているはずだ。
ロックをかけていない端末を持ち歩くということは、言い換えれば、現金を財布に入れずに持ち歩いているようなものだ。盗まれたとしても、「お金のやり取り=双方同意の正式なトレード」と処理されるため、クライムチェッカーは機能しない。GMに連絡しても「ロックをかけないのが悪い」と一蹴されるのが関の山だ。
俺は臆病な性格ゆえに、自分の端末をかなり複雑なパスワードで保護している。当然、両手を縛られた状態で解除できるものではない。
『ほぉ……。てめぇだけはここで死にたいようだな』
ハンドガンを俺の額に突きつけながら威嚇する。着ぐるみのレベル次第では、HS補正も入って致命的な一発になる可能性もありえる。
『片手でもいいからやれ。三秒待ってやる。三……二……』
「ソウちゃん!」
地獄のカウントダウンとともに、ミユが悲痛な叫びを上げる。おそらく、自分のせいでこんな事態に巻き込まれたことを悔いているのだろう。
『……一』
俺が目を閉じた瞬間、その音は響いた。
バンッ。
コンクリート製の地下駐車場に、銃声が反響する。
だが、それは着ぐるみのハンドガンから発せられたものではあれど、その銃口はあさっての方向を向いていた。
そのまま俺の額からハンドガンが離れ、着ぐるみとともに地面に転がった。
「ナイスタイミング。フィリア」
助かったことに対する安堵と、半ば予想していたことに対する余裕が混ざったような声で、乱入者を労う。
しかし、当の本人はご立腹らしい。
「せっかくユズハとお茶してたのに。ソウタのバカ」
「ま、まぁ。そんな固いこと言うなよ。急に連絡して悪かったって」
俺は着ぐるみに端末を渡す直前、端末の「スピードダイヤル機能」を使い、いつでも連絡できるように登録していたフィリアに電話をかけていたのだ。
ユズハに連絡する手もあったが、あいつだと状況が飲み込めず、予想外の行動に出る可能性が高い。
「電話かかってきたと思ったら知らない男の人の声するし。来てみたら可愛らしい着ぐるみだし。もう訳がわからない」
「けど、いい判断だったよ」
フィリアの”対プレイヤー攻撃恐怖症”は健在だ。相手が着ぐるみだろうと、その中身がプレイヤーである以上は例外ではない。
そのため、フィリアならプレイヤーの武器を真っ先に処理してくれると信じたのも、彼女を救世主に選んだ要因だ。
俺とフィリアがそんな会話をしていると、撃たれた衝撃で倒れた着ぐるみがむくりと起き上がった。もちろん、武器がダメージを受けただけなので、着ぐるみ自身のHPは減っていない。
『ってぇな……』
その次に続いた言葉は、今まで聞いてきた声より、さらに冷徹なものだった。
『――おい、やっちまえ』
地下駐車場を支える柱の影から新たに二人のプレイヤーが姿を現す。
予想通りだ。むしろ思っていたより少ない。
とはいえ、まだ俺たちは麻縄に縛られた状態だ。今この場で戦えるのはフィリアしかいないが、彼女のプレイヤースキルなら三人くらい大丈夫だろう。
「フィリア、あと頼ん――」
しかし、彼女の表情から戦意は消えていた。
「あ、あぁ……嘘……」
そこから言葉を失ったフィリアを嘲るように、着ぐるみのプレイヤーが一歩、二歩と前に出てから、頭部の被り物を外す。
「よぉ、久しぶりだなぁ? 金髪で目立つからすぐわかったぜ」
「嫌……来ないでッ……!」
そんなフィリアの反応を楽しむような素振りを見せた後、ハンドガンを頭上に掲げながら言い放った。
「――また狩ってやるよ」




