Act3-ログイン
謎の女子高生を誘導して目的地に着いた時には、既に多くの参加者がドーム内に集まりつつあった。
外側が何だかサーカス団のテントを連想させるような、黄色や赤色で構成された派手な趣だったので不安はあったものの、中はしっかりドームの構造をしていた。
さすがに東京ドーム程の広さは無いが、研究施設としての機材やら何やらを差し引いても、一万人くらいなら軽々収容できそうなキャパシティだ。
受付で少女と共に招待状を見せ、奥のドーム部分に入った瞬間、人口密度による熱気と喧騒に包まれる。
「うわぁ……」
感嘆の声とともに、瞳をキラキラさせながら人混みを観察している少女の姿は、初めて動物園に来た子供のようだった。
「気をつけろよ、あんまりはしゃぐと――」
「あぅっ……」
ガシャーン!
言ったそばからドーム端に張り巡らされている配線に足を引っかけ、機材を落下させて白衣を着たスタッフに捕獲されていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
社内で上司と対面した部下のごとく、インターバル無しで頭を上げ下げする光景は、何とも新鮮味があるものだった。
お叱り(?)は一分弱で終わり、ダッシュで駆け寄ってきた彼女に追撃をかける。
「……言わんこっちゃない」
ドームとはいえ一応研究施設なんだから、高価な機材だって決して少なくないんだぞと付け加えたが、彼女がどこまで聞いていたかは定かではない。
俺の話が終わったと見るや、すかさず走り出す。……何故か機材のある方にばかり向かおうとする彼女は、わざとなのか、それとも生粋のトラブルメーカーなのかの二択だろう。――あ、またやらかしてる。
もう他人のふりをしようかなと考えながら、改めて辺りを見回す。
「……にしても、結構人多いんだなぁ」
目測だけでも三千人はいると思われる。
十代から二十代がメインの層と見受けられるが、少なからずそれ以上の年齢の人もいるだろう。
”人体に直接干渉する人体実験”。簡潔な一言だが、三ヶ月前、白衣の男が俺にくれた封筒の中身に書かれていた情報がこれだ。前例があるかもわからないのに、今回これだけの人を集めることができた魅力とはなんなのだろうか。
――強さが欲しい。
俺がここに来た理由は、それだけだ。
そこで一つの可能性にたどり着き、機材の周りを走り回る少女に視線を移す。
「もしかして、あいつも何か......」
掴みどころがない性格、相手の怒りを鎮める才能、そして何故かトラブルに巻き込まれる立ち回り。
どれを取っても、周りを振り回す特徴であることに変わりはないが、逆に人気者になれる素質なのかもしれない。
常に他人に気を配ってトラブルを避けてきた俺とは全くもって対照的だ。
もしも、これから彼女が「HM計画」の中で何かを得られるのだとしたら、俺はそれが何なのかを見てみたい。ただの興味に過ぎないが、自分と違う他人を知りたいということは、人が生まれ持った本能だろう。
ガシャーン!
「うわぁ、ごめんなさいごめんなさいぃ!」
――前言撤回、あいつはもう知らん......。
◇◆◇◆◇◆
俺たちが入場して十分くらいが経過した頃、ドーム内に変化が訪れた。
突然、ブレーカーが落ちたように照明と空調設備の音が停止し、対照的に周りのコンピューターか何かの機材が明滅を始める。
まるでクラブか何かのように様変わりしたドーム内を見ながら、隣に立つ少女に小声で囁く。
「……おい、また何かやらかしたんじゃないだろうな」
「えぇ、私じゃないよ!? ……多分」
てっきり、また機材を落として誤作動させたのかと疑うが、さすがに冤罪だったようだ。
参加者たちの喧騒が一層大きくなる中、よく映画や舞台の終始に鳴り響くようなブザーがそれをかき消す。
しばらく鳴り続けたブザーが停止し、しんと静まったのを見計らって、ドーム中央のステージに黒装束がゆらりと浮かび上がった。
ざわざわと参加者がどよめく中、黒装束が声を放つ。
『ようこそ、みなさん。本日はお集まりいただき、誠に感謝いたします。まずは皆さんに、これから生活していただく”世界”をお見せいたしましょう』
妙に間延びした声での挨拶。ボイスチェンジャーでも使っているのか、エイリアンを彷彿とさせる語調だった。
『プログラム、起動!』
そのかけ声に呼応するように、身体が青白い光に包まれ、わずかばかりだが視界が奪われる。
ガクンと両足に負担がかかり、同時に浮遊感。視界が覚醒し、まるで高速のエレベーターにでも乗っているような錯覚に襲われる。
少女は何故だか、両手をバタバタさせながらもがいている。浮遊感に抗いたいその気持ちはわからないでもないが、わざわざ実行する勇気は俺には無い。
煩わしく横目で見ながら流れに身を任せていると、今度は頭の中に直接響いてくる機械音声。
『思考回路接続完了、五体感度接続完了、五感接続完了。位置情報オンライン、パラレルコネクト完了、被験者認証コード確認、着地座標設定――
無機質な口調で淡々とログイン準備が進められていることに驚きを覚えつつ、一度、周りを思考から追い出そうと目を閉じかけた。
直後、再び喧騒が訪れる。
「きゃあぁぁ!!」
悲鳴と共に、少女が俺の後ろに隠れるかのような仕草を取る。
「お、おい。どうした」
「頭の中で誰かしゃべってるのー!!」
おそらく、俺が今聞いているのと同じ機械音声が、彼女の脳内でも再生されているのだろう。
確かに、語調に感情が無いという意味では嫌悪感を抱く人もいるかもしれない。
「あー大丈夫。特に害はない。多分」
「嘘だー!」
――嘘......ではないと思うんだがなぁ。
少女を安心させるために放った言葉が逆効果だったことに落胆しつつ、今度こそ周りの喧騒を意識から切り離す。
それをトリガーにしたかのようなタイミングで、最後にウィーン、パチッ、パチッ。と何かが弾けるような機械音。
一二月三一日、午前九時。これより、「パラレルコネクト・オンライン」及び「HM計画」を開始します』