Act38-着ぐるみ事件(前)
――どれだけ走っただろうか。
自分の社会的立場の危うさから、二人を連れて一心不乱に走り続けてきた結果、結局ホテル近くの公園まで戻ってきてしまっていた。
「ここまでくれば大丈夫だろう……」
「いや逃げすぎだよ。ていうか、こっち側っていつも行く方向じゃん」
ホテルの左側の世界を探検するつもりでいた俺たちだが、どうやらホテルを越えて右側に出てしまったようだ。
昨日ホノカと出会ったこの公園は人通りが少なく、時々通るプレイヤーは抜け道のために利用しているようで、公園自体に用があるプレイヤーは皆無と言っていいほどだった。
無理もない。公園の名に恥じず、やはり滑り台や砂場などといった遊具が大部分を占めているため、ホノカくらいの年代でもなければ、目的を持って訪れることはないだろう。
そのため、不自然に動く物体があれば意図せずとも目に入ってくるものだ。
「ねぇ、あれなーに?」
俺と同じタイミングで、その”動く物体”に気づいたホノカが首を傾げる。
「ん、うさぎだな」
俺たちの視線の先――昨日見た噴水の周りを、カラフルな風船を持ったうさぎの着ぐるみが、一定のリズムのスキップで回っている。
見た目は現実世界のショッピングモールや、イベント会場なんかでよく見かける出で立ちだが、あんなに自己主張が強いやつを見るのは初めてだ。
「わぁ……私ちょっと風船もらってくる!」
「え?」
俺が止める間もなく、瞳をキラキラさせながらミユは着ぐるみへと駆け寄って行く。
ホノカでさえ不信感を抱いているというのに、ミユの精神年齢はどうなっているんだ。
顔を見合わせ、ホノカと同時にため息をつく。
直後――。
『ヒャハハハハハッ!!』
甲高い笑い声が公園中に響き渡る。声の主がうさぎの着ぐるみだということはすぐにわかった。
「ちょっと、離してっ!」
身体を後ろから押さえ込むような体勢で、ミユの自由を奪っている。風船をダミーにした、新手の誘拐だろうか。
どうであれ、状況が最悪であることは確かだ。
「おい、離せッ!」
俺が飛び出しかけたところで、着ぐるみの右腰が光に包まれ、一瞬で無骨なハンドガンのホルスターが実体化する。
『一歩でも動いてみろよぉ……こいつのHPが消し飛ぶぜぇ……?』
――誘拐なんかじゃない、これはPKだ!
『おとなしく両手を上げろ。そしてこっちに来い』
内心で舌打ちする。休日だからといって、装備を実体化させていなかったのを今になって後悔する。
手を使えなければ携帯端末のストレージは開けない。
仕方なく、着ぐるみから言われた通りに両手を上げる。
『よぉし……そのままついて来い』
ちらりと横目でホノカを見る。彼女の表情に恐怖の色は無い。おそらく、イベントか何かだと勘違いしているのだろう。
――また面倒なことになったな……。ホノカもいるし、下手な真似はできないか。




