Act37-不名誉な疑惑
現実世界とリンクしている「パラレルコネクト・オンライン」では、建物はもちろん、細かい木々のの配置に至るまで、現実と全く同じ座標に位置している。ただ車両は存在しないため、信号や標識の類は消されているが。
そのため”どこかへ遊びに行きたい”と思ったら、現実世界の経験を活かせばいい……はずだった。
――どうしよう。
引きこもり生活を始める以前から都心に外出することが無かった俺が、この周辺の地理を知っているはずがない。
「どっち行くの? ソウちゃん」
ホテルの入り口付近で考え込む俺に、ミユが急かすように声をかけてくる。
正直、このあたりで知っているのはいくつかのダンジョンと、ミユの店、闘技場、あと昨日行った公園くらいだ。
それらは全てホテルを出て”右方向”なので、俺は新たな可能性を信じて、”左方向”を指差す。
「よし、左だ!」
「左ってなんかあるの?」
「あるんじゃないかな、多分」
「えぇ……ソウちゃんしっかり……」
どうやらミユも左方向には疎いらしい。
「はやくいこー」
顔を見合わせる俺とミユの気まずさなどつゆ知らず、”お出かけ”というイベント自体を楽しんでいるのであろうホノカが先陣を切る。
「まぁ、どうにかなるさ」
「……だといいけどね」
◇◆◇◆◇◆
いつも行き慣れたホテルの右側は、主に商業の要素が強く表れている地域だ。ミユもそのことを理解して店を構えたと言っていたし、闘技場だっておそらくそうだろう。
だが、現実世界がそうだったわけでもなければ、誰かが「こっちは商業地域ね」と決めたわけでもない。
何せ、現実世界と同じなのは”外見”だけなのだ。こちらの世界で建物を購入したプレイヤーが、皆揃って現実と同じ内装にするはずがない。元は中華料理の店でも、こちらの世界ではパン屋さんになってたりするわけだ。
では、どうしてこの右側の地域は商業色が強くなったのか。
要は皆が、”周りの人間に合わせていった結果”というわけだ。
誰から始まったのかは定かでないが、おそらく「このあたりは人の行き交いが多いから、商品が売れやすい」というセオリーのようなものが自然と出来上がったのだろう。
「でも、こっち側も結構いいもんだな」
対してこの左側の世界は、一言で表すなら”娯楽要素”が強い。
現実世界にはこちら側に大きな遊園地があるらしく、それはしっかりと「パラレルコネクト・オンライン」にもフィードバックされている。遠くから見ても営業していることがわかるため、おそらくプレイヤーの誰かがあれを購入したのだろう。よほどの金持ちか、ギルド単位でお金を出し合ったかのどちらかだとしても、かなりのソルを必要とする買い物だ。
その要素が影響しているのかもしれないが、こちらのプレイヤーのほとんどは、何とも遊び心のある店ばかりを展開している。
「商品をいくら分購入したらくじ引き一回」のような現実でもよく見るものもあれば、ゲーム世界であることを活かして、「ハンドガン装備可能職業限定の的当て」なんていうのもある。
何気なくそんな景色を眺めていると、隣を歩くミユがはしゃぎながら遠くのゲームを指差した。
「見て見てソウちゃん! ”ドラゴンパニック”だって!」
どこかで聞いたような名前のゲームだ。だが俺が知ってるのはワニをひたすら叩くやつであり、決してドラゴンを叩くものではない。
言われるまま視線を向ける。そこにあったものは、想像していたワニのゲームとはスケールが全然違う代物だった。
簡潔に表現すると、小型――全長五〇センチメートル程度――のドラゴンが羽虫の如く無数に飛んでいる広い部屋に、たった一人の参加者が入っている。参加者は自らの武器を使ってドラゴンを落としていき、その数をポイントとして競い合っているらしい。
ちなみに部屋は全面ガラス張りになっており、外から内部の様子を見ることができる構造だ。
「楽しそう……とは言えないな。うん」
巨大なドラゴンに立ち向かうならまだしも、あれではただの虐殺だ。
ゲームのデータと言ってしまえばそれまでだが、今この場にはホノカがいる。見たもの全てを吸収してしまう純粋無垢な子どもに対しては、教育に悪いことこの上ない。
「というわけだから、他のとこ行こ――」
「あれなーに?」
――遅かったか……。
もっと早く気づくべきだったと後悔しながらも、できるだけ話題を遠ざけるために、ミユに頼みのアイコンタクト。
「(ミユ、あと頼んだ)」
「(ソウちゃんが私に何やらウインクを……よし!)」
何やら覚悟を決めたような表情になったミユ。さらに不安な気持ちになる俺を置いて、ホノカとともに歩き出した。――”ドラゴンパニック”の方へと。
「ちょ、ちょい待て! 戻ってこいミユ!」
「なに?」
訝しげな顔で戻ってきたミユに、一応とばかりにアイコンタクトの答え合わせをする。
「俺のアイコンタクト、何だと思った?」
それに対する第一声が、「あれウインクだと思った……」だった時は訳もなく悲しくなったが、問題はその後だ。
「えっとね、”お前が視察に行ってこい”でしょ?」
「よし、百歩譲ってそれだとしよう。なぜホノカを連れていった?」
「え……若いうちに色んな世界を見せてあげようかと……」
「見せすぎだ! まだホノカには早い!」
大勢の人がいる中、つい大声を出してしまった俺に対し、ミユがとどめの一言。
「なんか、お父さんみたいだよ」
「えっ」
すれ違う人から、クスクスと笑う声が聞こえる。しまいには小声で、「あいつロリコンじゃね?」とか言われる始末。全部聞こえてますよ。
「ミユ、逃げるぞ」
「えーまだドラゴンパニックやってない」
「もうあれはいいから早く! 俺が社会的に死ぬ前に!」
「はいはい。もうアウトだと思うけど」
ミユの皮肉を聞き終わる前に、大勢の視線から逃げ出す。そこで俺たちと同じ速度では走れないホノカを背負ったのも災いしてか、「ロリコン」やら「クライムチェッカー常習犯」といった不名誉な称号とともに、その場にいたほぼ全員に顔を覚えられたのは、もはや言うまでもない。




