Act36-姉妹
次の日。
レム睡眠状態だった俺の意識が、ホテルの廊下を走る複数の足音を捉えた。
――なんだ……?
数秒後。
「朝だよー! 起きてー!」
自室のドアを叩くドンドンという音とともに、迷惑極まりない大声が俺の部屋中――いや、多分”廊下中”に響いた。
声量のせいで、寝ぼけていた俺には声の判別がつかなかったが、こんなことをするのはミユくらいしかいない。
「うるさいぞ……ミユ……」
消え入りそうな声で返答した瞬間、再び響く声。
「ちょっとソウちゃん!? 今の私じゃないんだけど!」
――なんだって?
考えろ、考えるんだ俺。
じゃあさっきの大声は誰なんだ。
ドアの外に数人、少なくとも二人以上いることはわかる。多分ギルドメンバーで間違いない。
となると、消去法で真っ先に除外するのはフィリアだ。この間の戦闘で彼女も大声を出せることは確認済みではあるが、まぁ……なんだ、フィリアも選択肢に入れると推理が一気に難しくなる。
半ば私情を交えて”大声の主”の推理を続けていく。
だがミユの言葉が本当ならば、残るのはユズハだけだ。
「じゃあ、ユズハか?」
「ぶっぶー。ユズハはここにはいませーん」
「……フィリア?」
「フィリアもいないー」
――他にいたっけか……? それとも、ミユが「実は私でしたー」っていうオチなのか?
なんで朝からこんな面倒なことを……と思いながらも、ベッドから出た俺は答え合わせとばかりにドアを開ける。
「あーあ、開けちゃった。ソウちゃんの負けー」
「まけー」
昨日出会ったホノカちゃんでした。
「はい、俺の負けです。――って、こんなのわかるかぁ!!」
つい大声で返してしまう。そろそろ周りの部屋から怒号が飛んでくるかもしれない。
「これで私が二勝一敗ね」
「お前まさか、最初にユズハとフィリアを呼んだ日のやり取りもカウントしてないか?」
「何のことでしょー」
「でしょー」
「あのな……はぁ、まぁいいや」
ミユの言葉の端々を真似るホノカの姿を見ていると、どうも怒りを削がれる。まるでユズハと最初に出会った時のようだ。
そんなことを考えていると、腰に手を当てたミユが珍しく真面目な表情になって一言。
「というか、ちゃんと覚えてあげないとダメだよ? これから一緒に会議にも出るんだから」
「え、ギルドの?」
「他に何の会議があるの」
――えぇぇ……。
別に問題があるわけではない。むしろ、俺がミユに「お前が面倒見ろよ」と言ってしまった手前、ミユの家で留守番させるのは筋違いだと思う。
だが、こんな小さな子が”モンスター”やら”ドロップ”などと言った単語が飛び交う席にいて飽きないのだろうか、という不安が、どうしても拭いきれない。
「けど……なぁ……」
なおも迷い続ける俺に、ミユがさらなる追い討ちをかける。
「じゃあ、ホノカちゃんもギルドに入れようよ」
「はぁぁぁぁぁ!?」
『うるせぇ! 何時だと思ってんだ!』
「すみません」
ついに二つ隣の部屋の住人が痺れを切らしたらしい。部屋から顔だけ出してこちらを睨んでいる。
さすがに廊下と自室を挟んで大声を出せば怒られるだろう。まだ七時ちょい過ぎだし。近所迷惑もいいところだ。
――こりゃ俺の謝罪じゃ許してくれそうもないな。どうしたもんか……。
「あの……ごめんなしゃい」
気まずい雰囲気を断ち切ったのは、ホノカの子どもらしく、たどたどしい謝罪の言葉だった。
『ん? あぁ、わかりゃいいんだよ。次は無いからな』
それを見た隣人の態度は一変し、何故か自分が悪者になってしまったような顔をしながら引っ込んでいった。
――この子……使いどころをわかってる……!
無意識ではあるだろうが、この場で自分だけが他人の怒りを鎮められる存在であることを理解している。
少なくとも、怒りを鎮めるだけでなく慰謝料を請求しようとする、どこかの誰かさんとは大違いだ。
「よくやったよー! ホノカちゃん!」
「えへへー」
俺が考察している間に、ミユとホノカはまるで姉妹のようなやり取りを交わしている。
「いやー私もこんな妹欲しかったんだー」
ホノカの黒髪をくしゃくしゃしながら、何の気なしにミユが呟く。
「一人っ子なのか?」
「いや、二つ上の兄と三つ下の弟がいるよ。男ばっかりだからさぁ、ホノカちゃんみたいな妹が欲しかったなぁ」
「あぁ……そういうことか」
”隣の芝生は青い”ということわざにもあるように、やはり自分の兄弟より他人の兄弟の方が羨ましい、と感じるのはよくあることだ。
一応言っておくと、俺は香澄と誠也に対する不満は無い。強いて言えば、”得意なゲームのジャンル”が異なることだろうか。
俺が昔からMMORPGゲームに没頭する傍ら、香澄はパズルゲーム、誠也は格闘ゲームと、全くかすりもしない別ジャンルのゲームを遊び続けてきた。
三人で一緒に遊んだゲームといえば、”人生ゲーム”くらいのものだ。
「そういやさ、ソウちゃんは兄弟いるの?」
一段落した会話を持ち直したミユの言葉が、俺を回想から引き戻した。
「あぁ、弟と妹がいるよ」
「へぇー会ってみたいな。仲良くなれそう」
「まぁお前の性格なら、誰とでも仲良くなれそうなもんだけどな……」
「え、私こう見えて人見知りなんだけど」
ミユは、とても親しみやすい性格をしている。確かに初対面の時は緊張していたようだが、少し慣れると一気に砕けて距離を縮めてくる。そんな人間だ。
「ふーん、人見知りねぇ……」
「な、なによ」
「いや、何でもないよ。それより今日は何しに来たんだ?」
まさか、俺にドッキリを仕掛けるためだけに来たわけではあるまい。何か用事があって来たのだろう。
「…………」
途端に俯くミユ。
「……マジかよ」
「……まぁ家から近いしね」
どうやらこの子は家から近いという理由だけで、俺にドッキリを仕掛けにきたらしい。
すぐに開き直ると、両手をパチンと打ち合わせながら新たな提案をする。
「でもせっかくだし、ソウちゃんとホノカちゃんの距離を縮めるという名目でどっか行く?」
「名目とか言うなよ……。んじゃ、二日連続だけど今日はダンジョン攻略休みにするか」
ユズハとフィリアにその旨のメッセージを飛ばしながら、同時に行き先を脳内で考える。
「お出かけだー!」
「だー!」
――これじゃまるで姉妹だよ……全く。




