Act35-保護
――そして現在に至る。
三人は今、都心のショッピングモールで服だのアイテムだのを選んでいる最中だ。参考までに付け足すと、アイテムといっても戦闘に使うもの(ポーション等)ではないらしい。多分アクセサリーとかだろう。
俺はというと、そのショッピングモールを擁する建物から少し離れた公園のベンチに腰掛けて休んでいる最中だ。
「あー暇だー」
手足をだらっとして日差しを浴びるのは結構気持ちいいものだが、四〇分もこうしていると溶けそうになってくる。もし俺がガチの引きこもりだったらHPごと消えていたかもしれない。
手持ち無沙汰に一人で武器屋に立ち寄ってみたりもしたが、都心だけあって安価で万能系の武器しか売っていなかった。やはり地方でないとマニアックなものは売られていないのだろう。
「ん……?」
目線の先――噴水を隔てた反対側のベンチの近くで、何やら黒髪の小さな女の子が、ボールを追いかけて遊んでいた。
昔遊んだような跳ねるボールと戯れる姿は、まぁ、この暇な時間を潰すにはちょうどいい。
俺は、しばらくそれを見ていることにした。
五分。
一〇分。
三〇分。
もはや「眺める」ということ自体が惰性的になりかけてきたころ、ふと、一つの疑問にぶつかった。
──あの子もプレイヤーなのだろうか?
この世界の生物は三種類。被験者と称される「プレイヤー」と、人間の形をしているが固定された行動、言動しか実行しない「NPC」、そしてダンジョンなど決まった場所に現れ、俺たちに敵対する「モンスター」だ。
今、この疑問を考える上で最後の「モンスター」の選択肢は関係ないため、除外する。
「プレイヤー」か、もしくは「NPC」かの二択。
一番簡単な見分け方は、”HPがあるかどうか”。
システム上、値まで知ることはできないが、赤の他人でもHPバーの有無だけは確認することができる。
しばらく少女の頭の上を注視すると……。
「あ、あった……」
間違いない。この子はプレイヤーだ。
ギルド内で一番身長の低いミユよりもさらに身長が低いこの子は、下手すると幼稚園に通ってる年齢といってもおかしくない。
そんな子が、どうしてこんな世界に迷い込んだのか。
考えを巡らせている間にも、少女は何度か躓いて転んだりしている。プレイヤー自身が痛みを伴う行動には全てHPの減少判定が存在するため、少し心配だ。
「ソウタ君ー?」
何で俺の名前を知って──ってユズハか。
現実世界と同じく、茶髪のショートヘアを赤色のピンで留めた少女が手を振りながら駆けてくる。
「もう終わったのか?」
「うん。だから他のとこ行こうって」
大きな荷物を抱えたまま問いかけに答える。後方には、同じような大きさの袋を持った二人の姿。
そこで、俺はある疑問を感じた。
「また随分買い込んだな、ストレージにしまわないのか?」
ストレージにしまっておけば両手は自由になるし、動きやすくもなるはずだ。
しかし、返ってきた答えは想像の斜め上をいくものだった。
「もう、わかってないなぁ。これがいいんだよ」
──わからん。俺にはさっぱりだ。
「そ、そういうものなのか。じゃあせめて半分持つよ」
「ありがとね、ソウタ君」
ユズハは気を使ってか、軽そうな荷物を差し出してくる。
「ソウちゃん、私のもお願い」
ユズハの後ろからミユが顔を出す。ユズハとは対照的に、彼女が差し出してきた荷物は重そうなものばかりだった。
無論、男としては断われるわけもない。
「お、おう。任せとけ! 何ならフィリアの分も持つぞ」
「……ありがとう。お願いします」
俺の顔は、既に引き攣った笑顔に染まっていた。
「それはそうと、ソウちゃん。あの子は誰なの? もしかして知り合い?」
ユズハの後ろから顔を出すミユの、怪訝そうな表情と声音で、俺は今まで見ていたものを思い出す。
「あぁ……いや、知らない子だけど。この世界にいるならプレイヤーなのかなーと思ってさ」
「なるほど、確かに気になるね。私はてっきりソウちゃんがそっち系の人なのかと」
──どっち系だよ。
ツッコミは心中に秘めるだけにして、結論を先に話す。
「んで、この子はプレイヤーだった」
「え、こんなに小さいのに!?」
ユズハの大げさな驚き方に首肯で返し、よいしょと荷物を持ち直しながら続ける。
「それで、気になったんだ。この子が今までどうやって生きてきたのか。この世界では何も食べなくても、死ぬことはないけどさ」
フィリアが「なるほど」と、相槌をつく。
「なら、話しかけてみようよ?」
「俺がぁ!?」
ユズハの提案にすっ頓狂な声を出し、かぶりを振る。
「いやいやいや、俺まだお縄にかかりたくない……」
「ソウちゃん、がんば」
「……ふぁいと」
「……はい」
“仮想現実”とはいえ、この世界に警察の類は存在していない。
まぁ、それでは治安も何もあったものではないので、代わりに“クライムチェッカー”というシステムが存在するわけだ。
これは名前のまま、犯罪を感知した時点でプレイヤーを一定期間の間、異空間に飛ばして更生させるというシステムらしい。
身の回りで実際に引っかかったプレイヤーは見たことがないが、噂だけならうっすらと聞いたことがある。
確か……小さな女の子に手を出した、だとか。
むしろ“殺人”が正当化されているこの世界で、犯罪といったらそれくらいしか無いような気がしないでもない。窃盗はシステム的に不可能だし。
──異空間ってどんなところだろうか。更生させるくらいだし、きっと恐ろしいとこなんだろうなぁ。
覚悟を決め、大量の荷物をベンチに置いて歩き出す。
すかさず、ミユからの冷やかしが。
「手は出さないでくださいね」
「出すかぁ!!」
振り返りながら大声のツッコミで返す。これだけでも十分怪しい。
少女に近づくと、一定の距離を保ったままおもむろに声をかける。
「こ、こんにちはぁー……」
ーーこりゃ完ッッ全に不審者だわ。
だが少女は遊びに夢中らしく、声は聞こえてなかったらしい。相変わらずきゃいきゃいとボールを追いかけている。
――そういえばこの子、さっきからずっとだ……。よく飽きないもんだなぁ。
「ね、ねぇ君、楽しい?」
傍からどう見えるんだろう。ボールで遊ぶ少女に声をかける一七歳の少年というのは。
今度は気づいたらしく、跳ねるボールを追わずにこちらを振り向いた。
「うん、たのしいよ!」
笑顔がとても眩しい。一応“話しかける”というミッションは完了だ。
「そうか。じゃあね」
──本ッッ当に何がしたかったんだ俺はぁぁぁ!!
声をかけて数秒で「じゃあね」って。
もう不審者を通り越して変人だよこれじゃ……。
とはいえ、任務は果たした。これでミユたちに顔向けができる。俺は頑張ったんだ。
自分に言い聞かせながら、三人の待つベンチに戻る。
「ただいまー」
「おかえり。どう、成果は?」
不敵な笑みを浮かべたミユが聞いてくる。
「ええっと……。あの子がボール遊びを楽しんでいることはわかったよ、うん」
「それは見ればわかるよ。他には?」
「報告は以上です」
ビシッという擬音語が鳴りそうな速さで敬礼する。
しかしそんな誤魔化し方が通用するわけもなかった。
「ソウちゃん」
「なんでございましょうか」
「もう一回」
「……ですよねー」
──どうか、誰も見てませんようにッ!
それから何度か会話を重ね、一〇分弱のやり取りで色々な情報を得た。
・まず、少女のプレイヤーネームは「ホノカ」。当然と言えば当然だが、レベルは1。
・彼女は特別なタイプの被験者で、両親とともにこの世界に巻き込まれたそうだ。
・しかし、ある日を境に両親が戻って来なくなり、ずっとここで帰りを待っているらしい。ハチ公もびっくりだ。
「ソウちゃん、ご苦労様」
「……おう」
スパイの如く駆り出された俺に残ったのは、周りから突き刺さる視線から来る精神的疲労だけだった。
だが、ここである疑問が生じた。
「んで、どうすんだよ。ここまで調べさせといて」
そう──俺の社会的地位を危うくさせておいて、何もしないとか言ったら怒るぞ俺は。
すると、ミユは右手を顎に当てる”考えポーズ”をした後、思わぬ一言を口にした。
「保護しようか」
「はぁぁぁぁぁ!?」
……想像の斜め上を行っていた。
「冗談じゃないよ? 私は本気だし。あくまでご両親が見つかるまでだし、ダメかな?」
「い、いや。ダメってわけじゃ」
──んなこと言われたって……。ほぼ選択肢ないようなもんだよなぁ。
確かに、この子をずっと公園に放置しておくのは危険だ。クライムチェッカーに引っかかった猛者がいる以上、この世界の治安も”安全”と言いきれるものではなくなっている。
そこまで考えてから、渋々答える。
「わかった。けど、保護している間はミユが面倒見るんだぞ」
「もちろん!」
ペットをせがむ娘と父親の如き会話を交わしながら、改めて少女の方を見据える。
数メートル先で自分が保護される方向で会話が進んでいるなど知るよしもなく、少女はボール遊びに再び没頭していた。
「よしっ、捕獲してくる」
「捕獲ってお前な……」
今度はミユが声をかけに言った。最初からそうすればいいのに。
「ねぇ、ホノカちゃん。お姉さん達のお家に来ない?」
「いやっ」
子供らしい、簡潔な拒絶だった。
「な、手強いだろ?」
「ほんとだねー」
ミユと少女のやり取りを傍観していた俺とユズハが物憂げに呟く。フィリアは興味すら示さないようで、近くの草花をつついて遊んでいる。
俺は噴水近くの二人から視線を外し、大きな欠伸をする。
「これだから子供はなぁ……」
不明瞭な声で毒づきながら、再びミユたちへと視線を──。
あれ?
俺が目にしたのは、ミユと少女が手を繋いでこちらへ駆けて来る姿だった。
「なぁユズハ、今何があったんだ?」
「いや、ごめん。私も見てなかった」
さっきの拒絶から五秒も経ってないのに、どうやって手なずけたんだあいつ。
「ただいま、ソウちゃん、ユズハ」
「ただいまぁー」
「お、おかえり。何があったかは聞かないでおく」
「ん?」
その後も数軒連れ回され、俺の両手が荷物の重量に耐えきれず限界に達しかけたあたりで、ようやく三人が計画していた買い物の終了が告げられた。
少女――ホノカは最後までミユの後ろをとてとてとついて行き、すっかり打ち解けた様子だった。
「ありゃ本気だな」
「そうだねー」
不安が残る俺とユズハをよそに、二人は楽しそうにミユの自宅へと戻っていった。
「じゃ、俺たちも戻るか」
「うん」
この言葉を最後に、俺はいつものホテルへ、ユズハ&フィリアも別のホテルへと戻る。
とある春の、何気ない一日だった。




