Act23-エクストラ
二人の試合が始まる少し前のこと。
ミユは観客席から、ソウタと挑戦者の「Philia」――フィリアと読むのだろう――の戦力を冷静に分析していた。
まず、ソウタはこの世界では珍しい規格外職業の持ち主。今回の戦闘ではNPC製の武器を使うため多少のハンデはあるものの、銃剣攻撃自体は行えるため、さしたる変化は無いように思える。
対してフィリアという挑戦者。名前や雰囲気からして女性である可能性が高い。……という点はさておき。
問題はあの武器破壊。ソウタは「アームデストラクション」と呼んでいたが、ミユはその破壊の仕組みについて、少し気になる点があった。
あの武器の先から持ち手にかけて崩れていくようなエフェクトを見る限り、普通は「何か」――障壁のようなもの――にぶつかって、そのせいで耐久値を全損、破壊という見解を下すだろう。
しかし、錬金術師としての彼女の見解はこうだ。
今までの九人へ与えられた武器破壊のエフェクトは、皆一様に同じ。そもそもこの現象からして違和感がある。
武器に設定されているウィークポイントは武器種ごとに異なり、またその中でも僅かな差異があるのを、ミユは知っている。
例えば、剣と斧。剣は主に刀身の中心部が弱点なのに対して、斧は持ち手部分が弱いという性質がある。
そして、ミユがソウタに作成した「シルバリック・ブレイド」と、展示用の「ペンライト」。どちらも武器種は同じ「剣」だが、前者は柄と刀身の間が弱点、後者はガラス製なので柄以外は全て弱点と言える。
ここから導き出される仮定は二つ。
・武器破壊に伴うエフェクトは、どこを起点に破壊されても、全く同じ物になる。
・フィリアのプレイヤー技術をもってして、あえてウィークポイントでない武器の先端を集中攻撃することで、全く同じ武器破壊エフェクトを見せ、あたかも何らかの「障壁」があるように錯覚させている。
もしも前者なら、この問題は早々に解決する。攻撃方法はともかく、フィリアが何の考えも無しにウィークポイントを狙っているだけなら、まだ対処の仕様がある。
だが後者の場合、フィリアが重要な何か――攻撃手段かもしれないし、武器破壊に関するシステム的な抜け道かもしれない――を隠匿していることを意味する。
前者ではつまらないので、仮に後者だとしよう。
ここでようやく、彼女の攻撃方法へと思考を移すことができる。
「障壁」の線が消えた今、後者の仮定を無理やり結論づけるとなると、動かずに――そう、例えばイメージだけで撃てる遠距離武装とかを使用しない限り、あんな芸当は不可能だ。
杖、銃、その他投擲物。遠距離という単語で浮かんだ攻撃手段を次々に列挙していくが、どれも目立ちすぎるライトエフェクトを発するので、「武器が何らかの影響によって突然壊れた」を再現するのは難しい。
「あれ、手詰まりかー……」
隣に初対面のユズハという少女がいることも忘れ、大きなため息をつく。
両腕を伸ばし、思考をリフレッシュするために空を仰いだ。
――あ……。
そこでミユは、今までの謎と言う名のパズルを全て埋めることができる、最後のピースを見つけた。
「そういうことねぇ……なるほどー」
唐突な独り言を繰り返すミユと、それを横目で見つめるユズハ。
初対面の二人が織り成す何とも言えない光景が観客席で展開されている頃、ステージ上のソウタとフィリアは最初の撃ち合いを終えて、再びソウタが駆け出したところだった。
◇◆◇◆◇◆
一回目の秘策は、半分成功した。
九人の武器破壊が全て相手の周り付近で発生したということを逆手に取って、目前で急旋回、銃で闇討ち攻撃。
これが当初の作戦だったのだが、相手が少女だということに気がついた瞬間、僅かながら剣を引いて旋回へ移るタイミングが遅れ、結果的に銃による攻撃まで完走したものの、片手の武器を失ってしまった。
どちらにせよ同じ作戦は使えないので、別に剣があったところで何かが変わるわけでもないのだが。
何よりも、俺の秘策はもう一つある。
こちらは一つ目の作戦より成功する確率が低いが、やってみる価値はあるだろう。
微かな希望を胸に、再びの突進。左手の銃による牽制射撃も交えているが、やはり障壁か何かがあるのか、全て撃ち落とされている。
それを繰り返しているうちに、先ほど急旋回を行った距離ほどまで再接近する。
無論、今度は同じ手は使わない。第二の作戦は、ある意味では正攻法とも言えるものだったからだ。
しかし、銃剣を知らない相手からしてみれば「意味不明」の一言だろう。
こちらの手にある武器は銃のみ。確かに接射によるダメージ上昇等のメリットはあるものの、リスクを犯してまで実行するものではない。
彼女が少しでも頭の回転が早いプレイヤーならば、こう考えるだろう。――また直前で旋回発砲し、離脱。これを繰り返して少しずつHPを削ってくるのだろう、と。
そして交錯する直前――、俺の読み勝ちを意味する行動を、少女は取った。
――バックステップ。
いくら旋回されようが、その行き場を塞いでしまえばどうということはない。しかも、俺の銃が仮に発砲された時のダメージ上昇圏内からも離脱できる、一石二鳥の策。
しかし、彼女が気づくはずもない。
その行動が、むしろ俺の作戦を遂行する上での最善のパターンだということに。
――勝ったッ!!
バックステップで距離を開けられたのにも関わらず、銃を持つ左手を一旦腰まで引き絞る。
慣れた要領でイメージを確立させ、コンマ一秒にも満たない時間の後、槍を突き出すように思いっきり前に伸ばす。
同時に、イメージによる半透明な刀身が銃口から伸び、俺の規格外職業の本領である銃剣となって、少女に肉薄する。
「届……けぇぇぇぇぇ!!」
まだ着地が完了していない相手に回避手段はない。届きさえすれば、HPを削り取れる自信はある。――が、この攻撃は一種の賭けとも言える。
剣先は実体を持たないため、おそらく武器破壊の対象外だが、その半透明の刀身を顕現させているのは、あくまでも実体を持つ銃口。
剣先が相手に届くのが先か、それとも実体を持つ銃口の部分が武器破壊の障壁に引っかかるのが先か。
だが、無抵抗で終わってくれる相手ではなかった。
「貫け――《ラピッド・ショット》!!」
その時、今まで無言を通していた少女の声がステージ上に響きわたり、同時に右手――マントで隠れてはいるが、おそらく右手の位置――が閃いた。
彼我の距離はもう五メートルもない。剣の射程も合わせればほぼ密着。防御もままならないこの状態からでも、逆転の一手があるのだろうか。
次の瞬間、これまでの推測を丸ごとひっくり返す現象が起きた。
少女の声に呼応するように上空で何かが光り、そこから一筋の光条が舞い降りる。
美しいとさえ思える光線は狙い違わず、俺の手に握られる銃剣――正確には、銃口と刀身の繋ぎ目に突き刺さった。
直後、銃剣は光線が通った部分を基点に、音を立てずに崩れ去った。
この瞬間、事実上の敗北が決定する。
一拍置いてから、銃剣を刺そうとしていた体勢のままだった身体を立て直す。
武器を失って丸腰になった俺は、以前の九人と同じようにやむを得ず降参せざるを得なかった。
ピーーーッ!
試合終了の合図。俺の頭上には【Lose】、相手の頭上には【一〇Wins】の文字が灯っていることだろう。
観客から送られる惜しみない拍手を聞きながら、改めて激戦を共にした小柄な少女を見据える。
全力を出した試合。負けたが不思議と悔しくはなかった。
「ありがとう、楽しかったよ」
最後の攻防が行われた彼我の距離を維持したまま、無意識にそんな言葉が口をついて漏れ、健闘を讃えるための右手を差し出していた。
数秒の間が空き、もしかしたら無視されるのではないか……という不安が生まれたころ、近距離でないと聞こえないほどのぽそぽそした声と、右手――の指だけ――が返ってきた。
「こ、こちら、こそ。ありが……とう、ございます」
下を向いているため籠った雰囲気はあるが、キーの高い声でのたどたどしい返答。
しかも俺が差し出した右手に、少女が数本の指を重ねるだけという新種の握手(?)を交わす。
すぐに少女は手を引っ込めて勢い良く反転、人垣の中に消えていった。
――不思議な子……だな。
この時の俺は、まさか数時間後に再び少女と出会うことになるなんて、予想できるはずもなかった。




