Act21-秘策
同時刻。
ユズハもまた、今日のアップデートで実装された「闘技場」に足を運んでいた。
何故なら、彼女にはここに訪れる目的が二つあったからだ。
まず第一に、友人が参加するらしいので、それの応援。
この世界――と、僅かに現実世界――で一番最初に出会ったソウタという少年と別れた後、右も左もわからなくなったユズハに初めて声をかけてくれた、フィリアという少女。
彼女は他人との関わり合いが苦手らしく、ユズハが現実世界とこの世界を通しての、初めての友人らしい。
そんなフィリアが大勢の観衆の目がある「闘技場」に興味を持ち、また参加するとなれば、応援しないわけにはいかなかった。
第二の目的は、見慣れない対人戦への興味。
今までフィリアとパーティを組んでモンスターと戦ったことはあるが、プレイヤー同士の戦闘を見るのはこれが初めてだ。
また、勝敗によってランキングが付くこともあって、高い序列者同士の戦闘から得られる技術も大きいだろう。
この二つの目的の下、ユズハはこうして大勢のプレイヤーが集まる闘技場へ来ている。
「さて、どこに座ろうかな」
円形のアリーナ状になっているたくさんの席は、どこも観客、もしくは置き忘れたアイテムやらで埋め尽くされている。
――思ったより人多いなぁ……。
しばらく歩き続けると、相席ではあるが、一つの空席があることに気づく。
一瞬の逡巡を経て、ユズハは黄色いエプロンドレスを身につけた少女に声をかけた。
「あのぉー……」
「はい?」
振り返った少女の職業は錬金術師だろうか。ぱっと見、装備を何も付けていない。しかし、友人の例もあるので、警戒は解かずに問いかける。
「お隣、いいですか?」
少女は少し迷った後、すぐに笑顔になって返答した。
「えぇ、どうぞ」
「ありがとうございます! 私、ユズハっていいます」
「私はミユです。よろしく」
軽く挨拶を交わし、互いにアリーナ中央へと目を向ける。
そこで、ユズハは隣には聞こえないほどの僅かな声を漏らした。
理由は、二人の見つめる先にあった。
九連勝の記録を継続している「Philia」。
それを止めようとする「Sota」。
ユズハにとって、どちらとも知り得る人物が目の前で対峙していることは全くの想定外だった。
◇◆◇◆◇◆
目の前の威圧感に恐怖を覚えながらも、俺は全く別のことを考えていた。
やっと順番が回ってきた……と。
もちろん、観客席からも見えるステージ上の人垣から、順番待ちになるだろうとは容易に想像できた。しかし、あの武器破壊を見せられて以来、対戦相手が慎重になりすぎて一戦にかかる時間が途方もないものに変わっていたのだ。
トリックがわからない以上、自分の大切な武器が破壊されるのを恐れる気持ちはわからないでもないが、結局、これまで戦った九人全員が武器破壊によって得物を失っている。
他にも二〇人余りの順番待ちがいたが、皆一様に参加者から見物客へと役割を変え、急遽、俺の順番まで繰り上がったわけだ。
やつが何の意図で武器を破壊しているのかは不明だが、それも一戦交えればおのずと見えてくるだろう。
思考が回る間にも、視界の端に映る電光掲示板の三〇カウントが減っていく。
二九……二八……二七……。
俺の職業は銃剣士。通常ではお目にかかれない戦闘スタイルを操る規格外職業であることを活かして、試合開始の合図が鳴るまで手の内は明かさない。
大勢の前で職業を晒すことに抵抗が無くなったわけではないが、ミユが手がけた「シルバリックシリーズ」を迂闊に使えない今、せめて戦い方だけは全力で行かないと、この相手には勝てない。
一〇……九……八……。
俺の目に映る小柄な対戦相手の顔が、心なしかわずかに揺れた気がした。
――開始時間が迫っているのに武器を見せないからか? それとも、何か別の意味が……。
六……五……四……。
――考えてる暇は無いか。チャンスは一回きりなんだ。
相手に手の内がバレていないからこそ実行できる、俺の秘策。
しかしそれは同時に、少しでもタイミングを誤れば全てが狂ってしまうことを意味する。
三……。
――まだ早い。
二……。
――まだ……。
一……。
――ここだッ!!
完璧なタイミング。試合の開始が告げられる直前。
俺は左半身を引き、見せるように前に出した右手には鉄剣、相対的に後ろに引いた左手には、隠すように銃を実体化させる。おそらく相手の位置からでは、背中の銃は見えない。
そして迷わずダッシュ。【Start!!】の合図と重なる。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
気合いの咆哮とともに、剣を突き出しての突進。アーツによるアシストは発動していないため、俺のプレイヤーとしての敏捷性に依存した速度になる。
対して相手は、俺が開幕ギリギリに剣を実体化させたことにのみ驚きを示したが、それ以上の反応を窺い知ることはできなかった。
次第に距離が詰まり、小柄な相手の表情が僅かながら露わになる。
そこで、初めて気づく。
――お、女の子!?
この距離まで肉薄しないとわからなかったが、間違いなく顔のパーツが少女のそれだった。
しかし突進の勢いを殺す等の策を講じる前に、剣先が少女の身体に届きかける。
瞬間、半ば予想していた現象が起きた。
まるで少女の周りに障壁でもあるかのように、身体まで届く前に跡形もなく刀身が崩れ去る。
そして以前の九人と同じなら、突進のスピードそのままに丸腰で相手の目の前に隙を晒し、おそらく武器破壊に用いられたものと同じ力で、HPを敗北規定値まで持って行かれる。
だが――。
俺にはもう一つの武器がある。
「……頼むぞ」
無骨なグリップに触れる左手の感触を再確認し、一度思考をクリアな状態にする。
ほぼ空白になった自分の意識に、今度はイメージによる重力制御を描き出す。
まだ空中にある自身の身体が向かう方向を、少女の右側面に切り返せ――と。
途端、浮いたままの身体に過度な負荷がかかる。アーツと同じ様な、イメージによって引き起こされるアシスト現象だ。
一瞬の後、俺の身体は思い描いた通りの軌道で少女の周囲を時計回りに反転。瞬時に敵の背中を取る。
そのまま左手に持つ銃を向け、照準する間もなく――発砲。
小柄な背中に赤いライトエフェクトが瞬き、ノックバックとともに対戦相手のHPが一割ほど減少する。
着地するのももどかしく、互いに後方へのジャンプで一度距離を取る。
「ふぅ……」
ギリギリの戦いに、思わず安堵のため息が漏れる。
撃ち合いの一部始終を見ていた観客から、今日聞いた中で一番大きな「おぉー!」という歓声が上がる。
中には、「何であいつ、二種類も武器を使えるんだ?」とか、「チートか?」というような声も混じったが、誰も職業による可能性を口にしていなかったため、規格外職業がバレる心配は無さそうだった。
――よし、行けるッ!!
興奮冷めやらぬ闘技場の熱気を浴びながら、俺は再び駆け出した。




