Act20-武器破壊
――午前一〇時。
「はぁ……はぁ……」
「あらー、ソウちゃん体力無いねー」
闘技場の客席付近で立ち止まり、肩で息をする俺に向かって、同じ距離を走っていたはずなのに全く疲れを見せないミユが余計な一言で止めを刺す。
無論、言われっぱなしの俺ではない。
「誰のせいだと思ってるんだ……?」
「え、えーと……」
すかさず過度な疲労を負うことになった元凶である彼女を問い詰める。
そう、迷ったのだ。
本来、アプリの地図通りに進んで行けば、二〇分程度で到着するはずだった闘技場。しかし、「機械なんかに頼ってるとろくなことがないよ!」というもっともらしい格言を残し、「だから私についておいでっ!」とノリノリのナビゲーターを信じた結果、一時間も似たような道を右往左往する羽目になった、というわけだ。
本人は特に悪びれる様子もなく、片手だけで謝罪のポーズをしている。
「ごめんごめん、飲み物買ってきてあげるから許して」
「二度とナビゲーターするんじゃないぞ」
「……はい」
数秒前のお気楽さが嘘のような、しゅんとした声に変わってしまう。俺の剣幕がそこまでひどかったのだろうか。
さすがにいじめすぎたかなと思い直し、彼女の一回り小さな肩に手を置き、可能な限りの穏やかな声で諭す。
「冗談だ。俺が買ってくるから、何飲む?」
「オレンジジュースデオネガイシマス」
「なんでカタコトなんだ……」
即答したミユにその場で待っているように伝え、自動販売機らしきものの位置を指し示す看板を見つけた俺は、矢印の方向に向けて歩き出す。
中央のステージを隔てて、ちょうどここから反対側に自動販売機はあるらしく、外周を半分ほど回る間に改めて闘技場を見回す。
「ゲーム世界の闘技場」という時点で半ば想像はついていたが、試合をする中央のステージを、土やら石やらで造られた円形のアリーナ状の客席が取り囲んでいるという、まるで古代ローマにありそうな「ザ・闘技場」とも言うべき様相だ。
解禁初日ということもあってか、観客席にいるギャラリーよりも、中央で試合の順番を待つ参加者の方が多い光景は、ある意味新鮮とも思えた。
ここで戦闘をする上での明確なルールといえば、わずかに三つ。
・勝ち抜き方式。
・システム保護により、戦闘によるHP全損は無し。
・アイテムは使用禁止。
それ以外の制約は特に無く、思う存分プレイヤー同士の戦闘を楽しんでもらおうという意思が表れている。
ちなみに観客席には、俗に「売り子」と呼ばれるNPCが徘徊していて、ドーム球場よろしく観客にビールやらビールやらおつまみやらを振る舞ってくれる。未成年への配慮は無いようだ。
「俺も参加してみりゃ良かったかな……」
どうせ死ぬことはないんだし……と、そんな娯楽意識が脳裏をよぎるが、それを上回る対立意識が遮る。
――いや、ダメだ。こんな大勢の前で戦うのは……。
知っての通り、このゲームには職業というものが存在する。全ては六種類の一次職から始まり、プレイヤーレベルが30になった時点で、そこから派生する一四種類もの二次職への転職意思を問われる。
当然、例外無く俺も30レベルになった時に転職候補を提示された。
・弓兵
・観測者
・銃剣士
これが、一次職で猟兵を選んだ俺の候補だった。
最初は何の違和感も抱かなかった。一次職からの派生は、どの職業も大体二〜三種類だと聞いていたので、むしろこんな感じなのだと思っていた。
しかし、だ。
それなりに人気のある猟兵を選択するプレイヤーは多く、近頃は転職レベルに到達した人が多いのか、あちこちでの会話が耳に入ってくる。
例えば――。
『パーティ組んでると、観測者はめっちゃ役に立つぜ』
『いや俺後衛だから弓兵一択だけど。観測者って罠使ったりする時に前出んだろ? ただでさえHP少ないのに危険っしょ』
『そんなことないぜ。それに俺DEF上げてるからすぐ死なないし笑笑』
『お前みたいな壁と一緒にするなよ。もういっそのことでっかい盾持って前衛で罠張ってろよ』
『……それ観測者の意味なくね?』
『結論は弓兵一択。いいな?』
『納得いかねぇ』
といった具合のものだ。
似たような会話を何度か聞いたが、それらにはある共通点があった。
一度も銃剣士の単語が出てこない。
俺は初めてモンスターと戦闘をした時、ユズハを守るために咄嗟にアーツとして銃剣を生成して、危機を退けた。以来、現実世界で慣れているからという理由だけで、毎回銃剣らしきものを生成して戦闘を重ねてきた。
さらにミユと会ってからは、イメージ生成を必要としない銃剣を作成してもらい、それらを両手に装備するという、実質二刀流のようなスタイルに確立されつつあった。
MMORPGに精通していた俺は、そこですぐに一つの可能性にたどり着いた。
経験を一定回数重ねることによってのみ出現する、特殊な派生職業。
俺とミユはこれを、規格外職業と呼称することにした。
通常のオンラインゲームでは、こんな情報ならすぐネット上に出回る。だが、コミュニティが薄いこの世界は例外だ。噂でも流さない限り、貴重な情報は独占できる。
ただでさえ、他の二種類の派生よりステータス補正が強いと予測できる銃剣士だ。それを悪用する輩がいてもおかしくはない。
別に周りの人間がどうなろうと知ったことではないが、飛んだ火の粉が俺まで戻ってくると面倒だ。
よって俺は、時が来るまでこの情報を独占することにしたわけだが――。
そんなことを考えていた俺は、突如として客席から発せられた大歓声によって意識を現実へと引き戻された。
「うっ……。一体なんだ?」
咄嗟に耳を塞いでしまうほどの歓声、これはただごとでは無いと思い、缶のオレンジジュースとコーヒーを購入し、すぐさまミユの待つ自席に戻る。
「なぁ、ミユ。今の何だったんだ?」
「あ、お帰り。早かったね」
何の気なしにそう呟く彼女の端末から発せられるのは、ゲーム特有のピコピコ音。
――こいつ、飽きている。試合を見ていない。
この「野球観戦に連れていったのに、途中で飽きてゲームをやっている息子を、何とも言えない気分で横目で見ている父親」的な気分は何だろう。
……まぁいいか、今回無理に誘ったのは俺なんだし。
オレンジジュースをミユに渡して席に座りながら、先ほど何かが起こったのであろう戦場へと目を向ける。
そこには、武器を置いて悔しそうに項垂れるプレイヤーと、それを見下ろすもう一人のプレイヤー。その周りを取り囲むギャラリーの構図が出来上がっていた。
「うわっ、あの赤髪の狂戦士、五連勝中なのか。Tetsuya……テツヤ……かな。次の挑戦者は……」
どうやら、先ほどの歓声はこの連勝が伸びたことに対する賞賛によるものらしい。同時に、新たな挑戦者を迎え入れるという意図もあるように思える。
現在五連勝中のテツヤという人物は、全身を赤系のアーマーで統一し、巨大な斧を携えた大男だ。現実世界で会ったら思わず萎縮してしまうであろう風貌を持ち、心なしか歴戦の兵士を連想させる。
そんな恐ろしい巨体に対峙した挑戦者は、魔女のような尖った黒い帽子を目深に被り、丈の合ってない同色のマントを引きずりながら現れた小柄な人物。ここからでは顔どころか帽子のせいで頭髪すらも判別できないため、男か女かすらもわからない。
表示されるプレイヤーネームは「Philia」。
――……うんダメだ、読めない。
同様の感想を抱いた周りの観客の間に困惑が流れる中、相対する二人は決闘の準備に入る。闘技場の電光掲示板に灯った三〇のカウントが刻一刻と減っていく中、二人がそれぞれの臨戦態勢を取る。
テツヤはもはや隠す気も無いらしく、淡い光を帯びた巨大な戦斧を上段に掲げている。どうやら開始と同時にアーツで仕掛けるつもりらしい。
対する小柄な挑戦者は、一切の動作を見せていない。装備やリーチから見るに近接型プレイヤーで無いことは確かなので、おそらく猟兵や魔術師、治癒師、もしくはそれらの二次職であることは容易に想像がつく。
しかし、逆に言えばそれ以上の推測を許さない立ち回りとも言えるだろう。
そのまま時が止まったように睨み合いが続き、いよいよ開戦のカウントが迫る。
三……二……一……。
【Start!!】
一際大きなサイレンが鳴り響き、同時にテツヤがチャージをかける。
「うおぉぉぉりゃぁぁぁ!!」
気迫のこもった大声に周りの歓声が重なって闘技場を包み込む中、対峙する二人の距離がどんどん詰まっていく。
とはいえ、テツヤが一方的に動いているだけで、挑戦者はスタート位置を微動だにしない。それどころか、むしろ「かかってこい」とでも言いたげな自信に満ち溢れてるようにも見える。
彼我の距離をあっという間に詰め、テツヤは自分の斧の間合いに入るやいなや、事前に準備をしていたアーツを始動させる。
モーションは単純な縦一閃斬り。俗に唐竹割りとも言う技だが、術者のイメージの質が高いせいか、振り下ろされる速度が尋常じゃない。
あんな攻撃をまともにもらえば、武器の質、レベルの差などほぼ関係なく一撃でHPが消し飛ぶであろう大技だ。
だが――。
この場の誰もが想像したシーンが、ステージ上で再現されることはなかった。
亜音速の斧は挑戦者に届くどころか、逆にその刃を中心点にして、まるで砂の城が崩れるようにあっさりと砕けたのだ。
「武器……破壊……?」
短時間だが、今までに見たどの試合よりも予想外の結末に転じた瞬間を目の当たりにした俺は、思わずそう呟いていた。
武器破壊。
名が示す通り、相手の武器を故意に破壊する技。正確には技というより、プレイヤー本人の技能に直結するところが大きいため、狙って扱える者はごく僅かだ。
処理としては、相手の武器に直接的な攻撃を与え、耐久値を全損させることによって引き起こされる事象であるが、戦闘中によく起こり得る鍔迫り合い等で損耗する耐久値は微々たるものだ。
しかし、どの武器にも設定されている「ウィークポイント」と呼ばれる一点に集中して攻撃を当て続けることで、普段の戦闘では減り得ないほどのダメージを与えることができる。
――とまぁ、これは俺が以前プレイしていたMMORPGの説明文の一部を抜粋したものだが、この世界のシステムも大体そんなところだろうと思う。
「それよりも問題なのは……」
「どんな攻撃を、どこに当てたかでしょ?」
俺の独り言に、携帯ゲームをしていたはずのミユによる唐突な横槍が入れられる。
「お、おう。見てたんだな」
「まぁね、私も音ゲーやるためにわざわざ闘技場まで来たわけじゃないし」
あれ音ゲーだったのね……。ってそんなことはどうでもいい。
「じゃあ、錬金術師の目から見た今の現象はどうなんだ?」
普段は気さくな彼女だが、これでもこの世界における数少ない錬金術師のプレイヤーであることに変わりはない。いつも武器と関わっているだけあって、貴重な意見を持っているかもしれない。
ミユは右手を顎に当て、わずかな間を取る。
「そうだねぇ。まず疑うのは、どこかの誰かさんのように武器のメンテを怠っていて、今の五連戦の間に耐久を消耗、そしてこの六戦目で自滅した可能性だね」
「…………」
黙りこくった誰かさんを一瞥し、冗談だよと一笑に付しながら続ける。
「でも、あの人の武器を見た限りでは、耐久の減少はほとんど見受けられなかった。やっぱり、あの挑戦者が故意に破壊したとしか……」
やはりそうだ。でも――。
「あいつは斧が壊れていく瞬間まで……いや、今も一ミリたりとも動いていない。攻撃方法まではわからないか?」
再び考える素振りを見せたあと、ミユは両手を上げて降参のポーズを取った。
「ごめん、さすがにそこまでは」
「そうか……」
会話はそこで途切れたかに見えたが、俺の意志は既に決まっていた。
「なら実際に確かめるしかなさそうだな」
「えっ……まさか!?」
「大丈夫、武器破壊のトリックがわかるまで、君が作ってくれた装備は使わないよ」
「いやいや問題はそこじゃ……あ……」
なおも呼び止めようとするミユを置きざりにして、俺は単身、激闘の爪痕が残る中央のステージへと降りていった。




