Act16-救世主
以来、俺はずっと蒼汰を倒すことを目標に戦ってきた。
俺の目の前で狂気をさらけ出した翌日、それまで皆勤賞を維持していた蒼汰は、初めて学校を休んだ。
当初は小学生だったこともあり、特に深くは考えなかった。
しかし次の日、さらに次の日。待てど暮らせど、あいつが二度と学校に顔を出すことは無かった。
その代わりに、ゲーム内の方で動きが見えた。
「MMOニュース」という、ゲーム内の様々な事件を報道する人気番組を何気なく見ていた俺は、一瞬、自分の目を疑った。
内容を要約すると、『「失われた破壊者」のギルドマスターが、何者かに決闘を申し込まれ、負けた代償としてギルドの解散を強要された』とのことだった。
当然ギルドマスターは「アホらしい」と一蹴して断ったらしいが、元々決闘開始前の取り決めとして指定していたため、犯人はGMコールで不正を報告。ほどなくして、ゲーム内から一つのギルドの名が消失した。
その失意からか、ギルドマスターは以来一切のログインをしておらず、巷では引退説も囁かれていた。
――これが、お前のしたかったことかよ……。
何度も、かつての親友に問うた言葉。
しかし、未だに答えは返って来ない――。
◇◆◇◆◇◆
「――ヤ! ショウヤっ!」
「はっ……」
メイの呼びかけで、意識が現実へと帰還を果たす。
状況は何も変わっていない。
ダメだ、今はこっちに集中しないと。
「ヒナタ、牽制攻撃はしなくていい。全ての攻撃をよけながら立ち回れるか?」
「なかなか、難しいこと言うね」
無理な作戦だということは百も承知だ。
「でも、ショウヤの頼みとあらば、頑張る」
「ありがとう、頼んだ。メイはそのまま支援頼む!」
後半部分は、後衛のメイに伝える。
「おっけー!」
その作戦を最後まで聞き届けたかのように、巨体が再び移動を始めた。
ヒナタが射程圏内に入ったのを確認し、腕を大きく振りかぶる。
再び剣と斧の連続攻撃か――、いや、違う!
今まで微動だにしなかった、槍を持つ腕と盾を持つ腕までもが振りかぶられている。
剣と斧は射程的に考えて、ヒナタにしか届かない。
だが、槍は最悪メイまで届く。
彼女はまだ気づいていない。
「メイ、危ないッ!」
「えっ……?」
ガキィン――!
最悪の展開を予想した俺とメイの目の前で、激しい火花が弾けた。
『ダンジョン・ルーラー』の持つ鈍色の槍と、乱入者の白銀の剣が交錯した。
互いにノックバックが発生し、ほぼ同時に飛び退く。
「一体どこから……」
咄嗟に辺りを見回す。ボスモンスターの全長を超える高さの攻撃を繰り出せる可能性があるのは、大広間の隅にある高台のみ。
おそらく、乱入者はあの高台から突撃してきたのだろう。
弾かれた乱入者は片膝立ちで着地を決め、ゆっくり身体を起こしながらこちらを振り返る。
静かで、かつ聞き覚えのある声が響く。
「大丈夫か? 芽衣。いや、この世界じゃ”メイ”なのか」
「蒼……ちゃんなの?」
――蒼汰……、お前なのか?
メイの声と、俺の心の声が重なる。
こちらには軽く一瞥をくれただけで、すぐに『ダンジョン・ルーラー』に向き直った。
「待ってて、メイ。すぐに倒すから」
白銀のアーマーに赤いラインが入った上下装備。左手に剣を持ち、右手には銃。どんな職業か想像もつかないが、どちらも服と同じ白銀の武器色で、アーツのイメージを通す時に発光する仕様らしい。それだけでも、十分レベルの高さが伺える上位装備だった。
そこで、囮として大広間の反対側を走り回っていたヒナタが戻ってくる。彼女も蒼汰とは同じクラスになったことがあるため、知り合い程度には意識していただろう。
俺たち三人は射程外に逃れ、『ダンジョン・ルーラー』と『ダンジョン・ルーラー・クロニーズ』の範囲内に、一人の少年のみが残る。
当然、三一体の攻撃目標はそこに定まる。
直後――。
四本腕の連続攻撃と、三〇本の矢が一箇所に集中。
そこで俺は、再び自分の目を疑った。
――剣、斧、槍、盾の攻撃を、一本の剣のみでいなし。
――全ての矢を余すことなく銃によって撃ち落とした。
ダンスのように華麗なその舞いは、今まで戦う側だった俺たちをも魅了するほどだった。
「もう終わりか?」
MMORPGプレイヤーの性として、素晴らしい動きを見せられたら、無意識に称賛を送りたくなるものだ。
しかし、こいつの戦い方は言葉では言い表せない。
「そうか……なら今度はこっちから行くぜ」
そこからは、まさに地獄絵図だった。
暗闇に潜む狙撃手を直感だけで撃ち抜き、目前の巨体に剣戟を叩き込んでいく……。
その光景が一〇分も続けば、大広間の喧騒は嘘のように消え去っていた。
「ふぅ……」
データの残滓とともに剣と銃を端末のストレージに戻し、乱入者は一仕事終えたとばかりにため息をついた。
聞きたいことはたくさんある。だが、まずは確認しなければならない。
「蒼汰……なのか?」
「ん、あぁ。ショウヤか」
こちらは、まるで眼中に無いかのようだった。
すぐにメイの方を向いて問いかける。
「メイ、怪我はないか?」
「う、うん」
「何でこんなに高難易度のダンジョンに入ったんだ、危ないじゃないか」
「それは……」
「俺の判断だ」
言葉に詰まったメイの代わりに、俺が後を引き継いだ。
白銀の装備に身を包んだ少年が、こちらを煩わしそうに振り向く。
「ここは都心からは少し遠いダンジョンだが、郊外というわけでもない。今回は運が悪かっただけだ」
「運? 全然違うね」
明らかに、メイと話している時とは雰囲気が違う。
「ここのレベル帯は20から40。三人のレベルがどうなのかは知らないけど、少なくとも安全マージンを取っているとは思えない。明らかにお前の判断ミスだよ」
「なん……だと」
「昔からそうだ。お前はいつも情報を過信しているせいで、周りを危険に晒しているのがわからないのか?」
あいつの言っていることは正論だ。
それだけに、つい頭に血が上った。
「じゃあ、運営の情報を信じないで、何を信じればいいんだよ?」
出したままだった剣の先を、かつての親友に向けながら問う。
すると、蒼汰はまるで当たり前のような口調で言い放った。
「もちろん、”自分”だよ」
半ば想定していた解答だけに、反論が浮かばない。
畳み掛けるように続ける。
「いいか、この「パラレルコネクト・オンライン」は未だに得体の知れない実験だ。そんなのを運営しているところが発信している情報に、全く信憑性なんてないんだよ」
「でも、一切の情報を信じなかったら、未知の異世界でどうやって生きていくんだよ!」
激昴しかけた俺を、静かになだめるように反駁する。
「そうじゃない。情報を鵜呑みにするなと言ったんだ。
例えば、あのアプリの説明にあった”都心”と”郊外”の定義、お前はわかるのか?」
「パラレルコネクト・オンライン」のアプリケーションにある、ダンジョンについて説明している項。そこには、”都心”と”郊外”の単語を使って、ダンジョンのおおよその難易度を示しているページがあった。
「それは……」
「そう、運営しか知らない。明確な境界線があるわけでもないんだし、プレイヤーが知ることはおそらくないだろう。つまりそういうことだ」
「定義の無い情報は信じるな、ってことか?」
一度の首肯。
「もしお前がこれからメイ達と行動をともにするなら、これだけは言っておく。
彼女達に何かあったら、俺はお前を許さない」
最後に一際冷ややかな光を宿した瞳で、そう告げた。
しかし、そのまま背を向けて出口へと歩きだそうとしたかつての友人を、何者かが止めた。
「あの……待って、下さい」
ヒナタだ。
静かに歩み寄り、一回り小さな体で少年と相対する。
「君は、確か高月さん……だったよね?」
「ヒナタで、いいです」
簡単な挨拶を終え、本題に入る。
「あなたは、ショウヤの敵?」
「……!?」
あいつの表情に、明らかな動揺が見えた。
「先ほどの言葉は、私たちの身を案じての忠告だということはわかります。そこには感謝しています。
けど、あなたがショウヤと敵対するなら、私が許しません」
静かだが、確かな意志を持った言葉だった。
だが、それに答えを残すことなく少年は身を翻し、暗闇の中へと消えていった。




