Act15-過去
「えむえむおーあーるぴーじー?」
「あぁ、今度はこれで勝負しようぜ」
「なんかむずかしそうだなぁ……」
少年はわずかに考える素振りを見せる。しかし、逃げるという行為が即ち”負け”を意味することは、既に二人の間で暗黙の了解になっていた。
すぐに意を決したのか、ノリ気な答えが返ってくる。
「まぁ、それは翔弥もおんなじか。いいよ、やろう」
「よし来た。まずはアカウントを作って――」
『このタイミングで攻撃。んで、あいつが尻尾を振ったら突進が来るから回避』
『ふむふむ』
互いにPCを使用したゲームは初体験で、チャットでの会話に悪戦苦闘しながらも、どうにか基礎的な動きは理解することができた。
『かわして――、今だっ!』
カキィン!
独特なSEとともに、可愛いゾウ型のモンスターが点滅、消失する。
『すごいすごい、いきなり戦えるじゃん』
『楽しいね、これ』
『だろ?』
この時の俺は、単に自分が勧めたゲームに興味を持ってくれただけで嬉しかった。
しかし、”センス”の差はすぐに現れた。
『やった! また勝った』
『これで三〇連敗かよ……』
直接的に”勝負”ができるという理由で、俺たちは「闘技場」という施設に毎週のように訪れていた。
理由はもちろん、育てたプレイヤー同士を戦わせるため。
それぞれのスキル配分やステータス振りなども、大きく結果を左右する要因だ。
俺は、俗に言う「公式サイト」で推奨されている万能型構成のキャラを。
蒼汰は何の情報も利用しておらず、格好いいからという理由だけで、完全近距離特化型の構成のキャラを。
これだけなら、今までのように互角な戦績になるだろうという安易な予測を俺に立てさせても不思議ではない。
だが――。
一対一の戦闘には、簡単なセオリーがある。
近距離型、万能型、遠距離型でそれぞれ得意な間合いがあるため、自分の間合いを維持しつつ、相手にはそれを許さない。これが一番重要な要素だ。
俺はこれを実践することに関しては、人一倍自信がある――とはいえ、万能型はどこの距離でも平均的に立ち回れるため、主に相手の間合いを崩すことが基本となるわけだが――はずだった。
しかし、あいつだけはどうしても止められなかった。
何せ開幕の五メートル程の間合いを、毎回決まってコンマ数秒で詰め寄ってくるのだ。まだ子どもだった俺が対応できないのも無理はない。
一度だけ、蒼汰のステ振り状況を見せてもらったことがある。
そこで、俺は今まで培ってきた”常識”を覆されるような衝撃を受けた。
「素早さ+35、攻撃力+15。このステータス振りおかしいかな?」
俺たちのレベルは全く同じ。その時点で手に入る50ポイントを割り振った結果だ。
「おかしいどころじゃないよ。普通、近距離型だったら防御力と攻撃力を均等に上げて、少しずつ間合いに詰め寄っていくものなのに……」
「だってショウヤは万能型なんだよ? そんなゆっくり戦ってたら近づけないよ」
「――!?」
俺が言っていることは、全て攻略サイトで推奨されているもの。要は、作戦の応用が利かないのだ。
対して、蒼汰の考えに”周りの常識”というものは存在しない。それだけに、セオリー外れの突拍子もない行動を可能にする。
そして、このやり取りを皮切りに、俺たちは度々、喧嘩混じりの口論をするようになった。
「いくら万能型だって、素早さは必要じゃない?」
「近づかないからいいんだよ」
「でも近づかれたら逃げられないじゃん」
「銃って格好いいな、使ってみたいな」
「お前、近距離構成だし無理だろ……」
「接射できれば強いと思うけど」
ほとんどが、俺が論破されて終わるものばかりだった。
今まで正しいと思っていたものが、目の前で音を立てて崩れていく。
――何を信じればいいのか。
そんな状況が続いたある日、ついに二人の隔絶を決定づける出来事が起きた。
喧嘩ばかりで、いつ離れてもおかしくはなかった俺たちを唯一つなぎ止めていたのは、二人が所属していた”ギルド”の存在だったのだ。
無所属だった時に、たまたま見知らぬ人に誘われたそのギルドは「失われた破壊者」という名で、それなりに知名度もあった。
自分で言うのも何だが、俺は協調性に関しては定評がある。事実、周りが知らない人だらけのギルドに放り込まれた当時でも、皆と打ち解けられるほどの社交性を発揮できていたと思う。
だが、蒼汰は違った。
協調性が無いわけではない。まだMMORPG特有の”顔が見えない相手と交流する”ことに慣れていなかっただけだろうと、俺はそう思っていた。
二人が当時やっていたそのゲームには、「ギルド対抗戦」なるイベントがあった。名が示す通り、ギルド単位での大規模戦闘を行い、勝てば報酬や名誉の取得。負ければペナルティ有りというものだ。
大人数が一度に動くわけだから、連携や作戦が必要となる。当然、まだ初心者の域を出ていない俺たちは、ギルドマスターに従う以外の選択肢は無かった。
はずなのに――。
俺との決闘で身についた戦い方が無意識に出たのか、もしくは意図して行ったのか。今になっては定かではないが、あいつは開幕と同時に敵陣へと切り込みをかけた。
結果として、相手の低レベルプレイヤーを三人倒すという奮戦を見せたものの、リーダーの指示に背いたことでメンバーの反感を買い、ほどなくしてギルドから追放を言い渡された。
その日、喧嘩をしていることも忘れ、俺は素直に蒼汰の身を心配した。しかし、その瞳にあるはずの光は失われていた。
「な、なぁ。おい……」
「何? ショウヤ」
冷ややかな声に負けそうになるが、何とか問いかける。
「どうしてあんなことしたんだ? お前、そんなにあのギルドが嫌いだったのか?」
はぁ……というため息をはさんで、あいつは予想外の反論を口にした。
「――やっぱり君は、僕とは違うんだね」
「……どういう意味だ?」
「考え方だよ。僕はね、あんなクズの集まりに染まっていくのは耐えられない。追放されてむしろ良かったよ」
文字通り絶句した。俺は、あんなことを言うあいつを今まで見たことがない。
さらに続ける。
「今までは、言葉通りの”初心者”だった。でもね、やってて気づいたんだ。MMORPGっていうのは、色んな楽しみ方があっていいはずなんだ、ってね。だから僕は、いくら団体戦とはいえど、あんな独裁者気取りのギルドマスターに従う気はない」
漆黒に染まった瞳から読み取れるのは、純粋な狂気のみ。
「お前……何者だ?」
「僕? 僕はね――」




