Act13-機転
――危ないッ!
右手の剣と左手の斧が、巨体の周りで立ち回るショウヤに向かって振り下ろされる。
剣は何とか弾き返すが、すぐさま横から伸びてくる斧攻撃の連携に吹き飛ばされてしまう。
「くッ……!」
悲痛な叫びとともに、上から私、ショウヤ、メイの順に並んでいるHPバーの真ん中が、一気に危険域まで突入する。
「ショウヤ、回復送るよ!」
「はぁ……はぁ……、助かるぜ」
メイのMPバーと引き換えに、ショウヤのHPバーが全快。
この冷や汗滲むやり取りを、私はこの戦闘中に何度も見てきた。
ショウヤが敵を引きつけながら剣を打ち込み、被弾と同時にメイが回復、そして、敵のわずかな技後硬直に私が数発の弾丸を撃ち込む。
一見、完璧なローテーションに見えるが、誰かが一瞬でも崩れれば作戦は瓦解する。それほどの危険を伴うことは確かだった。
視界端に映る時計に目を向ける。
そこでようやく、既に三〇分余りの戦闘時間が経過していることに気づいた。
「このままじゃ、ショウヤが……」
ふと、そんな呟きが漏れる。
相手が格上であるということは、ゲームに触れたことがない私でもわかることだ。
何より”レベル”という名の明確な数字が、彼我の力の差を決定づけているのだから。
「メイ、回復ストップ! 支援頼む!」
「りょーかい!」
二人の指示が飛び交うこの場で、私だけが無力な気がした。
初期装備の「N・ハンドガン」にアーツを重ねても、あの金属の鎧に阻まれて有効打を与えることができない。
かといって、メイのように正確な援護を送ることも職業的に叶わない。
「それでも……」
みんなの、力になりたい。
しかし、それに見合う力が無い。
思考のループに絡め取られかけた、その時だった。
「あ……」
一つの作戦が脳裏に浮かんだ。
――力が無いなら、力のある者を動かすための駒になればいい。
三人の中で最も大きなダメージを与えられるのはショウヤ。
でも、彼は後衛の私たちを守るために、無理な攻撃を控えている。
思いついてしまえば簡単な理屈だった。
考えている暇はない。わざわざ説明している暇もない。
「幼なじみなら……わかるでしょ」
誰にも届くことのない独り言を吐き出す。
私は、もはや牽制用と割り切った拳銃片手に、『ダンジョン・ルーラー』に向けて走り出した。
◇◆◇◆◇◆
――あいつ、何をッ!?
目線はモンスターに、意識は後衛に向けていた俺は、ヒナタの行動パターンの変化にすぐ気づくことができた。
この陣形なら俺が一番多くダメージを与えるため、常に敵対心は俺に向けられる。それは即ち、二人はその場を全く動く必要がないということでもある。
”陣形の崩壊は、作戦の瓦解を意味する”。
俺が囮をして、メイが回復して、ヒナタが隙をついて攻撃。
この命懸けのローテーションを繰り返してきた俺たちにとっては、もはや暗黙の了解のようなものだ。
「まさか、自分を囮に……」
”幼なじみだから”などという精神論を語るつもりはないが、俺にはヒナタのやろうとしていることがすぐに読み取れた。
だが、いくら何でも無茶だ。
前衛職である剣士には、わずかながらDEFに補正が入る。加えてメイの支援も含めた上で、それでもギリギリ持ちこたえるのがやっとの火力を持っているモンスターに、後衛職のヒナタが生身で突撃するのは自殺行為。
しかし、咎めても無駄だろう。
仮に俺がヒナタに「下がれ!」と言ったら、彼女はきっと、こう反論するだろう。
――大丈夫。当たらなければ、どうということはない、と。
確かに、剣で打ち合うよりも、少し距離を取って銃で撃ち合う方が囮としては向いているだろう。
でも……もし当たってしまったら。
そんな悲観ばかりを考えてしまう。
「ショウヤ、やるよ!」
聞き慣れない、ヒナタの叫び声。
現実世界では俺に頼りっきりで、一人じゃ方向音痴になってしまうほどの彼女が、身を呈して戦おうとしている。
なら、それをサポートするのが幼なじみってもんじゃないのか――?
結論は出た。
「くっ……どうにでもなれ! メイ、二人分の援護頼む!」
「うぇっ!? わ、わかった!」
悩んでいても、戦況は待ってくれない。
俺は一度『ダンジョン・ルーラー』の攻撃範囲から身を引き、入れ替わるようにヒナタがアーツを撃ち込む。
次の瞬間、今までずっと俺に向いていた敵対心が、初めてヒナタに向けられる。
兜の下から覗く双眸が、足元を駆け回る少女を据えたように感じた。
「こっち……こっち……」
走りながら手を振るという、何かを誘導するような仕草に意味は無いだろうが、確実に囮としての役割は果たしている。
そして、いよいよやつが両腕を振り上げた――攻撃だ。
俺の時と同じように、剣と斧を器用に振り回してくる通常攻撃。
双腕の間合いから少し離れた位置を立ち回っていたヒナタは、難なくそれを躱す。
これは予想していた結果だ。問題はここから。
前衛で過ごした三〇分のおかげで、やつが攻撃に要する時間は把握している。
剣を振り切った姿勢のまま、時間差での斧攻撃、振り切――……った!
今だッ――!!
一切のタイムロスなく、剣先を巨体に据えた。
システムがイメージによるアーツの発動を感知し、身体が紅蓮の光に包まれる。同時に、見えざる何かに勢いよく背中を押されたかのような錯覚とともに、システムアシストを受けた俺の身体が弾丸の如く飛び出す。
「《チャージ・ストライク》ッ!!」
鎧と鎧の繋ぎ目に、眩いライトエフェクトと共に狙い違わず剣先が突き刺さる。この数ミリメートルのコントロールを可能にする攻撃も、システムアシストありきの奇跡だ。
バックステップで距離を取り、すかさず相手のHPバーを確認。
「一割か……、まぁ妥当だわな」
静かに呟いたものの、内心では飛び上がりたいほどに嬉しかった。
あれほど抜けないと思っていた装甲を、自らの手でようやく貫いたのだ。ゲーマーの端くれとして、これほどの感動はない。
しかし――、だ。
MMORPGにおけるボスモンスターには、総じて同じ性質がある。
HPの減少による行動パターンの変化、攻撃の強化。おそらく、このゲームのボスモンスターも例にもれず、その恐ろしい性質を持っていると見て良いだろう。
例えば、奴の四本腕。
ここまで剣と斧しか使っていないが……ならば残り二本の腕――槍と盾はどのタイミングで使うのか。
おおかた、HPバーが二本目に突入したあたりからだろう。
だがMMORPGを知らないヒナタたちはその性質を知らないため、早く伝えなければならない。
じゃれ合っている場合ではない。本当の戦いはこれからなのだから。




