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パラレルコネクト・オンライン  作者: yuto*
パラレルコネクト・オンライン標準時:2月
13/118

Act12-不運

 二月一〇日。


 より良い”人間観察”をするために、技術の届く限りリアル性を追求したこの世界の再現度は、こと季節においても現実と遜色ないといえる。

 冬になれば外気も冷たくなり、ランダム設定されている天気の条件下では、雪だって降り得る。


 現実での「東京」は元より、積雪量が少ない地域であるということを踏まえて、降雪確率は数パーセント台に設定されているが、今日はその奇跡の一日だった。


「うぅ……寒いー」

「私も、寒い」

「そりゃまぁ冬だし。これから暖かい場所に行くから安心しろ」


 街の喧騒の中を、一人の少年と二人の少女が連れ立って歩いていく。

 肌を刺すような冷気に加え、今日ははらはらと雪の華が舞っている。それが、より寒さを助長させているのかもしれない。


「ねぇショウヤ、ほんとにダンジョン(・・・・・)に行くの?」


 看護帽を深く被り、聖職者を表しているかのようなプリーツスカート、膝下まである雪のように白いローブに身を包んだ、治癒師(プリースト)の少女が口を開く。


「あぁ、ちょっと懐が寒くなってきたからな、軽く稼ぎに行かないと」


 呼ばれた”ショウヤ”という少年は、薄い紺色の上着にブレストアーマーを装備し、腰に吊るされた片手剣が剣士(ソードマン)であるということを示している。

 整った容姿の中で最も目立つ金髪は、現実世界で染色していたのが、そのままフィードバックされたものだ。


「ショウヤ、貧乏?」


 おっとりした口調で会話に参加したもう一人の少女。

 フードのついたピンク色のパーカーが、三人の中で比べても背丈がかなり低く、どこか小動物を思わせる可愛らしい雰囲気を際立たせている。


 時折見える薄い茶髪は、ショウヤの金髪とは違って「パラレルコネクト・オンライン」内でのみ適用される”染色システム”を使用したものなので、現実世界とは少し異なった印象を抱かせている。

 腰のホルスターにある黒い「N・ハンドガン」が、猟兵(レンジャー)である彼女の初期装備だ。


「お前ら好き勝手言いやがって……。俺はほとんど使ってねぇのによ」

「まぁまぁ……」

 治癒師(プリースト)の”メイ”、剣士(ソードマン)の”ショウヤ”、猟兵(レンジャー)の”ヒナタ”。


 現実世界でも行動を共にするこの三人は、ソウタやユズハのように研究員と接触した上で勧誘される、いわゆる「選抜型被験者」ではなく、自主的に「HM計画」の研究に携わることを承認して公募した「立候補型被験者」と呼称されている。


「でもさぁ、私たちがこんな異世界で生きてられること自体が奇跡みたいなもんだよね」


 そう――、研究に携わることを承認したといっても、公募の説明には、「HM計画」におけるプラスの面しか記載されていなかったのだ。

 詐欺まがいの行為だが、今になって思えば、こんな非人道的な実験に正当性を求める方が間違っている。

 ゲーム感覚でのコミュニケーション能力の向上、無償でフルダイブ技術の適用等々。これが主なプラス面といえる。


 対して、「立候補型被験者」が初めてマイナス面を知ったのは、あのドームでのチュートリアルの時のことだ。

 ――「HM計画」と現実の命の密接な関係、思考能力に起こり得るかもしれない後天的な障害。


 最初からそんなマイナス面を提示されていたなら、間違えなく公募を躊躇っただろう。いくら人類初のフルダイブ技術を体験できるとはいえ、命の危険を伴うのではリスクリターンに見合わない。


 だが、今更口にしたところで何が変わるだろうか?


 こうして死の鳥籠に放り込まれてしまった以上、何としても生き延びなければならない。

 ただ”楽しそうだから”という理由だけで公募してしまった三人は、自分たちの愚かさを後悔する暇もなく、現実に帰るために共闘することを決めたのだ。


 そして、”あの日”から早いもので約一ヶ月。

 三人合わせた初期資金9kソルも宿泊代やら食費やらで消えゆき、低レベルダンジョンで手に入れた適当なアイテムを売りつつやりくりしてきたが、いよいよそれでは不足するようになってしまった。


 ――生き残るためには、戦わなければならない。


 まるでサバイバルでもしているような思想だが、こうして生活してみれば、あながち間違っていないように思える。

 メイの独り言に似た呟きに反論するような口調で、ショウヤとヒナタがほぼ同時に口を開く。


「これからだと思うぜ? 本当に大変なのはよ」

「そう。この生活に慣れ始めた時が危ない」


 最近はよく外でプレイヤーを見かける。以前にもダンジョンを行き来するプレイヤーはいたが、三人のように資金が尽きて、ようやく重い腰を上げるプレイヤーがこの頃増えてきたのだ。


 同時に、まだ戦闘経験が少ないのに実力を過信し、ソロで挑むプレイヤーが続出しているらしい。

 確かにソロでの戦闘は、得た経験値やソルを独占できるという利点があるが、全ての異常(イレギュラー)に対して自分一人で処理しなければならないため、常に危険が伴う。


「安全のためにこうして三人で行動してるわけだけど、だからって油断して死ぬなよ?」

「私は、大丈夫」

「お前が一番心配なんだが……」


 生まれてこの方、ヒナタがゲームに触れたことがないのを昔から知っているショウヤは、チュートリアルの時から既に気が気でなかった。


 ――そもそも”HP”が何なのかわかっているのか、職業(クラス)の違いやスタイルを理解しているのか。等々、不安な点でいっぱいだ。


「ショウヤ、心配しすぎ」

 心を見透かされたような的確なツッコミに、ショウヤは思わず肩をすくめる。

「相変わらずの読心術だな」

「幼なじみの考えてることくらいわかる」

 これにも返す言葉がない。

 二人の光景を微笑みながら見守っていたメイは、なんの気なく呟きを漏らした。


「なんか昔みたいで楽しいね。……蒼ちゃんがいないのが残念だけど」


 しかし、そんなメイのふとした一言で、時が止まったように会話が途切れた。

「……メイ、あいつの話はしないでくれ」

「あ、ごめん……」

 数秒前まで談笑していたショウヤが見せた冷ややかな表情と、素直な気持ちを口にしただけのメイが謝罪を入れるやり取りは、事情を知らないヒナタに傍観以外の選択肢を与えなかった。


「あそこ、ダンジョン?」


 せめて、無理やりではあるが場の空気を元に戻そうと、ヒナタが道路に隣接する一角を指さす。

 ひたすら地下に続いていく階段、掲示板に光る「subway」の文字。現実世界における「地下鉄」の入口に他ならない。


「おっ、ほんとだ。ちょっと都心からは離れてるけど、まぁどうにかなるだろ」

「そうだね、三人いるんだし大丈夫だよ」


 二人のいざこざが喧嘩の類ではなかった事に、ヒナタは心中で安堵した。

 現実世界の「地下鉄」の構内を利用して展開されている”地下ダンジョン”という施設は、入る度に難易度が変化する危険なものだ。入ったら最後、出入り口がロックされてしまい、設定されたボスモンスターを倒さない限り地上に出ることはできない。


 ショウヤが言う通り、その難易度もまちまちで、首都近郊は比較的低難易度でまとまっているが、郊外のものになると、現時点でクリアできるプレイヤーはいないのではないかと思うほどの高難易度に変化する。

 ここは都心寄りに位置づけられているため、難易度は低いと予想できた。

「んじゃ、さっさと片付けるか」

 ショウヤの呼びかけに「おー!」なんて返しながら、三人は半ば遠足気分でダンジョンに足を踏み入れた。



 ◇◆◇◆◇◆



 地上で交わされる一切の喧騒が届かない、静寂に包まれた薄暗い洞窟。

 とはいえ、周囲が土や砂の類ではなく、全面アスファルトに囲まれたそこは、「洞窟」と表するよりは「トンネル」の方がしっくりくる気がする。


「暗いよぅ……怖いよぅ」

 明かりがほとんどない地下に、メイのか細い声が反響する。


 一直線なので地図等は必要としないが、まさに”一寸先は闇”ということわざを象徴するような通路は、少女の恐怖心を煽るのには十分な効果を発揮していた。

「大丈夫、落ち着いて」

 対して、同じ”少女”でありながら恐怖心とは無縁のヒナタが、すかさずメイを励ます。


 そんな微笑ましい(?)姿を横目で見ながら、ショウヤは別の危惧を含んだ呟きを漏らしていた。

「何か妙だな」

「妙……って?」

「ちょっとこれを見てくれ」

 メイへの返答の意も込めた言葉とともに、ショウヤが愛用している黒色の携帯端末が、ある一箇所の説明文を拡大した状態で向けられる。

 薄暗い周囲を眩く照らすバックライトに顔をしかめながらも、何とか覚醒させた視力で端末をのぞき込む。


 ――「パラレルコネクト・オンライン」における戦闘。その三、”地下ダンジョン”について。

 第七項:”地下ダンジョン”の難易度は毎回変化するが、強力なボスモンスターほど地下深くに眠っているため、遭遇までの距離や時間で、難易度の目安を確認することができる。


「これがどうかしたの?」

「いや、俺たちがここに来てから結構な時間経ってないかと思ってさ」

「んー……確かに」


 ――杞憂で終わればいい。


 三人がほぼ同時にそう思った直後。

「……おっと」

 一番前を歩いていたショウヤが一瞬、体制を崩した。

 とは言ってもトラップの類ではなく、ただ単に階段が途切れていただけなのだが。

「大丈夫?」

「あぁ。それより、いよいよみたいだぞ」


 ヒナタの呼びかけに軽く返答しながら、目を凝らして辺りを見回す。

 長々と続いていた階段は、ドーム型の大広間に繋がっていた。少なくとも、この大きなフィールドで小型モンスターがボスということはありえないだろう。


「……こりゃ当たり引いちゃったかな」


 誰にも聞こえないほどの独り言をショウヤが呟く。

 奇襲に注意しながら進み、三人が大広間の中央部分に到達したところで変化が起きた。

 まず、背後の階段と大広間の入口の間にヴィン……という音とともに紫色の障壁が生成される。


 次に、周囲を取り囲むように白い炎が点火され、大広間を不気味な明るさが包み込む。

 そして――。


 『Dungeon Ruler《ダンジョン・ルーラー》』ーLv.35


 金属質の鎧を装備した、五メートルをゆうに超える身長。人型ながら筋肉質の腕は四本あり、それぞれ剣、斧、槍、盾と、攻防一体の見た目を白炎に輝かせている。

 兜らしきもので顔を覆っているため表情を推し量ることはできないが、わずかに覗かせる口角はつり上がっていて、まるで新たな獲物を見つけたが故の歓喜を示しているかのようだ。


 臨戦態勢に入ったことを示すSEが鳴り響き、三本にも連なるHPバーが表示される。

「どっ、どうするのさショウヤ!?」

 早くもパニックに陥ったメイを左手で制しながら、ショウヤは状況を素早く考察する。


 ――平均レベルが17の俺たちじゃ、通常攻撃を一撃でももらっただけでアウト。俺は剣士(ソードマン)のDEF補正があるからまだしも、後衛職のメイとヒナタはまず凌げない……。


 ここまで絶望的な結論を出したところではあるが、諦めずに指示を飛ばす。

「メイは可能な限り支援(バフ)回復(ヒール)を、ヒナタは敵対心(ヘイト)もらわない程度に後方支援頼む!!」

「わ、わかった!」

「了解」


 二人の返答を聞き終えたショウヤは、腰から片手剣を抜き放ち、そびえ立つ巨体に向かって走り出した――。

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