Act102-家族
そんな思考がセイヤを襲った瞬間、彼の耳に森の奥からの声が届いた。
「う……ぁ……」
明らかに人の声だとわかる。だが、何かに苦しんで、呻いているように聞こえる。
昔見た、ホラー映画の何かに似ている。
嫌な予感がした。
もしこれが、あの人が言っていた”近づかない方がいい”の答えなのだとしたらーー。
「香澄……くそっ……!」
邪魔なスナイパーライフルを、その場に投げ捨てるように手放し、身軽になった体で走り出す。
ーー香澄のやつ、蒼汰兄を連れて帰るって言ってたじゃねぇか……。でもお前が帰れなくなったらどうすんだよ……ちゃんと、家族みんなで帰らないと、意味ないじゃんか!
声の発生源にたどり着くには三分とかからなかった。伊達に野球部のキャプテンをやっているわけではない。
木々が綺麗に刈り取られたような少し開けた場所に、探し求めていた双子の姉、香澄がへたりこんでいた。
しかしーー。
「か……すみ……なのか?」
確かに、その姿は現実と変わっていない。呻き声からして、勝手にゾンビ的な何かに変身してしまったのか、と早合点してしまっていた自分が恥ずかしい。
この世界特有(?)の衣装に身を包んで、両手は短い刀を握っている。今のあいつは、勇者か何かなんだろうか。
けど問題はそこじゃない。
香澄の両目がーー死んでいる。
”死んだ魚の目”と揶揄される友人を現実で何人も見てきたが、そんなレベルじゃない。何ていうか、絶望に染まったような感じ、とでも言うべきだろうか。
正直、こんな人間の瞳を見たことがないセイヤには、今の彼女を言葉で表すボキャブラリーは存在していなかった。
「なぁ、答えてくれよ……香澄、なんだろ?」
返答もなければ、首肯もない。暗い瞳はどこか一点を見据えており、セイヤの登場に気づいているかどうかすら怪しい。
もっと近づこうと、一歩踏み出した刹那。
まるで、彼女の琴線がそこにあるかのようにピクリと反応し、双剣を構えて突撃してくる。
「うわっ……!?」
咄嗟に短銃で受け止める。が、セイヤに銃剣道の心得など無い。狂化された彼女の連撃に、為すすべもなく押し倒される。
「うぅ……うぁ……」
「おい、離せ……よッ!」
マウントを取られ、両手の自由を奪われる。同時に、手から唯一の武器である短銃が離れる。
歯噛みして中空を見上げたセイヤは、そこで初めて、香澄の瞳と直接対峙した。
目に映るもの全てを飲み込んでしまいそうな、まさにブラックホールのような虚無の瞳。
その中心に自分が捉えられているのが何だか不気味で、セイヤはすぐに視線を逸らす。
「くそ……どんだけ力……強いんだよ!」
香澄の押さえ方は柔道技でも何でもない。そのため、単純に”香澄の方が力が強い”ということを状況が物語っていた。
昔、力比べをした時は互角だった。
中学校でセイヤが野球部に入ってからは「さすがに敵わないなぁ」という理由で勝負を避けられてきたため、こうして純粋な力比べをするのは久しぶりだ。
だがーー。
「おい……冗談だろ?」
心のどこかで、この力比べを楽しんでいたセイヤを絶望へと陥れるように、香澄の右手が短剣を握り直した。
そして今まさに、セイヤの喉元へと突き立てようとしている。
ーーまさか実の家族に刃物を向けられる日が来るなんてな。
今の香澄に何を言っても届かない。抵抗するだけ無駄だとわかっていたセイヤは、不思議と諦めがついていた。
だけど、もし香澄が正気に戻ることがあって、ゲームの世界とはいえ弟を殺してしまったと知ったら、なんて思うだろうか。
我が家で一番の家族思いである香澄のことだ。きっと後悔してしまうんだろうな。
セイヤは自分が殺される痛みよりも、香澄に一生残り続けるであろう心の痛みの方が心配だった。
「お前は、それでいいのかよ……?」
セイヤの言葉に遮られることなく、香澄は真っ直ぐと短剣を振り下ろす。
そこで反射的に目を閉じたセイヤに与えられた情報は、短い金属音と呻き声だけだった。
「あ……あぁ……」
自分のものなのかどうか、それすらもわからずに。




