Act99-壊れた心
「ソウちゃん、そろそろ元に戻ってよ。私が悪かったからさ」
「……」
ミユの再三の呼びかけに対し、ソウタは全く反応を示さない。ずっとどこか中空を眺めたまま、ぼんやりと何かを考えているようだった。
◇◆◇◆◇◆
そんな異変に気づいたのはついさっき。通り魔から離れて安全なところまで退避し、いつも通り「ソウちゃん」と呼びかけたところ無反応だったため、こうして何度も彼の名を呼んでいた。
時々、不機嫌になって反応が白けることは今までにも何度かあった。しかし、すぐに普段通りの彼に戻ることがほとんどだった。
だが今回は違う。何というか、わざと聞こえないふりをしていたのが今までだとすると、今回はそもそも私の声が聞こえているのかどうかすら定かでない。
「ねぇ、聞いてるー? 何でもいいから返事してよ」
だんだん一人で話しているのが虚しくなってくるが、こんな状態で再び通り魔に襲われでもしたら今度こそゲームオーバーだ。何としても元通りにしないと。
声をかけながら肩を揺らしたり、軽くビンタしたりもした。
「……どうしよう」
自分の行動が間違っていたとは思わない。あのままではきっと、取り憑かれたような妹さんと戦わざるを得なかったのだから。
だが、予期せぬ幸運で再会できた二人をいきなり引き離したことによって、ソウタが何らかの精神ダメージを負った可能性だって捨てきれない。
ーー私は、なんてことをしてしまったのだろう。
彼は約半年もの間、私たちのギルドをまとめてくれていた。ーーこんな風に言うと過去の話に思ってしまいそうだが、元々、一〇月に行われる予定のイベントに向けて出来上がったギルドなわけだから、まだまだ活動は続いて行くだろう。
周りが女子ばかりで、わがままだって多かったと思う。私はそんな彼のことを考えて、できる限りサポートに回ってきたつもりだ。
でもーー。
「全然……足りてなかった……」
彼はリーダーとして、常に私たち全員の命を第一に考えていた。些細なミスが死に直結するこの世界で、それは相当な負担になっていたと思う。
”半年ぶりに、妹と再会すること”。
その言葉以上の意味が、今の彼にはあったのだ。
負担ばかりだった彼の中に、ようやく射した光。現実ではまだ数時間しか経っていなくても、この世界ではもう半年にもなる。話したいことだってたくさんあるだろう。
私は、それを奪ってしまったーー。
◇◆◇◆◇◆
「ーーミユちゃん?」
聞き覚えのある声に、ふっと顔を上げる。
ユズハ、フィリア、ホノカ。加えて見慣れない少年も連れているが、どうやら敵意は無さそうだ。
だが今は再会できた喜びよりも、私の心の中に生まれた感情を処理したかった。
「うぅ……」
「どうしたの!?」
この気持ちを、とにかく誰かに話したかった。
ーー私は泣きじゃくりながら、ソウタと二人だけになってからのことを全て話した。
きっと、聞き取りにくいところもあっただろう。でも、みんな静かに頷きながら聞いていた。
「そっか。さっきから静かだと思ったら……そういうことだったのね」
「うん……。もう私どうしたらいいか……」
「あれ、蒼汰兄じゃん」
今まで空気のようにこの場に溶け込んでいた少年が、唐突に口を開いた。
しかも、蒼汰”兄”と。
「そういえば、あなたは何者なの?」
嗚咽混じりの声で問いかける。
身長より大きな銃器を背中に携えているのが見て取れる。スナイパーライフルの類だろうか。
ーーあれ、ということはまさか。
正体を聞いておきながら自己完結してしまった私は、今回の探索の中で一番恐れていた言葉を発した。
「通り魔……!?」
「いや誰が通り魔だよ。ーーあ、でも通行人を狙撃してたから、通り魔なのかな……」
否定しながらも、後半は自問自答する独り言のようにぶつぶつと呟く。もちろん、ここにいる人間には全て聞こえているが。
「あなたが通行人を狙撃してたのは事実なの?」
「ん、あぁ。ちょっと探してる人が二人ほどいてね。何かしらで有名になれば気づかれるかな……と」
単純過ぎて呆れそうになるが、彼の言い分はわからなくもない。どんなに悪名だとしても有名になれば、探している人物の耳に噂話が届く可能性が高くなる。
「まぁ、今ここで探しているうちの片割れに会えたから良かったんだけどさ」
「もう一人は?」
「双子の妹なんだけど、同じタイミングでこの世界に来たはずなのに、なかなか会えないんだよな」
落ちている小石を遥か遠くに投げながら、そんなことを嘆く。野球でもやっていたのだろうか、物凄い強肩だ。
少年の今までの努力が報われるように、という意味と、単純にこれ以上犠牲者を出したくないという二つの意味を込めて、私は自分の情報を開示することにした。
「私、知ってるけど」
「……まじ?」
「さっき話した、”何かに取り憑かれてる少女”が、多分その人だと思うよ。ただーー」
「ただ?」
「今の彼女には、近づかない方がいい。それだけは言っておく」
「まぁよくわかんないけど、ありがとな。お姉さん」
少年は少し考えた後、お礼(?)を言ってから深い森の中へと走り去って行った。




