Act9-錬金術師
――うわぁ……。
それがダンジョン内で敵を目にした時の感想だった。
と言っても、感嘆の「うわぁ」ではなく、何かえげつない物を見た時の「うわぁ」だ。
身長は俺と同じくらい。恐竜の姿を思わせる顔。そして丸い盾と短剣を構えた様は、さながら歴戦の兵士とでも言うべきか。
まぁ、見た目はこの際置いておくとしても、問題なのはそのレベルだ。
「ハズレかな。このダンジョンは、っと」
毒づきながら、レベル40の『Xリザードマン』の横薙ぎをバックステップで躱す。
ホテル近くのダンジョンは確実に混雑すると予想し、あえて郊外にまで赴いたわけだが、失敗した。
確かに町外れだけあってほぼ貸し切り状態だが、如何せん敵のレベルが高すぎる。
その差12レベル。俺の方が大きく下回っていた。
駅前のデパートで購入した「S・ハンドガン」を、ホルスターから抜き撃ち二発の牽制。
――キンッキンッ!
しかし、まるでその軌道が読めているかのように、どちらの弾丸も短剣によって弾き返される。どうやら戦闘AIも高い設定らしい。
「くっ……」
歯噛みしながら、早くも普段の戦闘スタイルに移行する。いつもなら、自分よりも一回り低レベルのモンスターを狩るため、牽制弾でも二、三割のHPを削り取ることができ、そこからこの戦闘スタイルに変えるのが常だ。
ハンドガンの銃口から薄刃の長剣が伸びていくイメージを、より強く、より確実なものに変えていく。
俺は今日まで、”あの日”のことを忘れたことは一度もない。
別れ際のユズハの悲しい表情。そんな顔をさせてしまった己の弱さ。
罪滅ぼしをしているつもりではないが、俺はあの時に使用した、イメージによる”銃剣”での戦闘スタイルを一貫して続けている。
俺にしかできない技。あの時の自分を超えるために。
――よしッ!
イメージの生成が完了。黒い銃口の先に、半透明の刃が顕現する。
銃口を塞ぐ代償として、ハンドガンのトリガーが意味を成さなくなるが、そんなことはどうでもいい。
「一気に攻める!」
気合いの叫びとともに、剣道をやっていたころのオリジナルの構えを取り、突進――。
――しようとした俺を、予想外の出来事が襲った。
数秒前まで敵意むき出しの眼差しを送っていたリザードマンが、突然踵を返し、ダンジョンの奥へと走っていったのだ。
勢いを削がれた俺は構えを解き、後ろを振り返る。
地下ダンジョンの特徴の一つとして、毎回ダンジョンに現れるランダムの敵を倒さなければ地上に出られないといったものがある。
そして、どのダンジョンにも共通していることは、「大広間」があること。
大概は、そこで待ち構えているモンスターを倒すことが攻略条件だ。
故に振り返った俺が見たものは、紫色の障壁に阻まれた出入り口だけだった。
「やっぱ倒さなきゃダメなのか……」
プレイヤーと戦うためにプログラムされたリザードマンが、俺を見逃してくれたとは考えにくい。可能性としては、何か”別の獲物”を見つけた、というのが濃厚だろう。
わざわざ追わなければならないことに対する、底知れぬだるさを感じながら俺はダンジョンの奥へと歩を進めていった。
◇◆◇◆◇◆
「お! 珍しい素材見っけー。ラッキー」
少女は己の見たことのない素材アイテムを発見すると、思わず声を上げていた。
素材といっても、薬草や木の棒など、誰でも拾える素材ではない。錬金術師の職業を選択した彼女にしか見つけることのできない、”武器生成”に関係する素材だ。
「すごい! これも、これも見たことない! ヤッター!」
この世界のダンジョンの難易度は、都心からの距離に応じて高くなるが、それに伴う素材アイテムのレア度も比例して上昇するようになっている。
そのため今までとは違い、都心から格段に遠いダンジョンに挑んだ彼女が未知数のアイテムを手に入れることは、半ば必然的ともいえた。
星座占いが好きな彼女は、毎朝この世界で放送されている情報番組をチェックしている。ちなみに今日の運勢は”大吉”。
そのせいかは定かではないが、戦闘が苦手な彼女がこんなダンジョン奥部に来られたことは、間違いなく幸運だ。
「ふんふふーん」
のんきに鼻歌を歌っていたため、背後に気づくモンスター独特のSEに、全くもって気づくことができなかった。
『グルルルル……』
ブンッ!
「え……?」
何も身構えてない少女の身体は、モンスターと真逆の方向に数十メートル飛ばされた。
そのまま受身を取ることも叶わず、コンクリートの壁に直撃。HPを半損する。
「え……嘘……モンスター?」
”どんなダンジョンにも、必ずモンスターは存在する”。そんな単純なことを、レアアイテムに目が眩んだ彼女はすっかり失念していた。
思考が復帰すると同時に、一つの使命が脳裏に浮かぶ。
――戦わなきゃ。こんなところで死んじゃいられない。私には夢がある。
冷や汗滲む右手で端末を操作し、初期装備「ワンハンド・アックス」を、ストレージから取り出す。
片手持ちの斧を両手で握り締め、何の策もなしに斬りかかる。
ブンッ! カキンッ!
武器同士が交錯した次の瞬間には、片手斧は高々と宙を舞い、遠く離れた地面に転がった。
そんな……と毒づく私を見るなり、反撃と言わんばかりにゆらりと身体を揺らしながら近づいてくる。
射程範囲に入ったのか動きを止めると、短剣が最上段に構えられ、アーツのシステムアシストを示す光芒を灯す。
もはや回避も間に合わず、反撃もままならない。
――助けて……!
「伏せろぉぉぉぉ!」
事象の目まぐるしい変化に、少女の理解が遅れた。
反射的に身体を竦めた彼女のすぐ上を、光の線――いや、人間が駆け抜けていった。
それは今まさに、死の短剣を振り下ろさんとしていたリザードマンと衝突し、交錯点から激しい火花をまき散らす。
コンマ数秒の鍔迫り合いの後、互いに技後硬直を伴って後方に弾かれる。
しかし、すぐに復帰したのはプレイヤーの方だった。
リザードマンの短剣とかち合ったはずの半透明の刀身は瞬時に消え、残ったのは猟兵のみが装備することを許される拳銃だけだった。
「消……えろぉぉぉ!」
刹那の叫びとともに、残されたハンドガンからアーツと思われる紅い弾丸が発射される。
それは寸分の狂いなくリザードマンの心臓を貫き、直後、形状を保てずに砂のように崩れ落ちていった。
サラサラというSEはもはや、彼女の耳には届いていなかった。
――剣? いや、……銃?
猟兵は銃なら扱えるが、剣のカテゴリーは扱えない。これはシステム上の盟約であり、破ることのできない絶対法規でもある。
戦闘が苦手な錬金術師である彼女が、「せめて知識だけは持っておきたい」と、アプリケーションを熟読して会得した情報なのだから間違いはないはずだ。
では……何故?
「あのー……お嬢さん?」
「ひゃい!?」
心ここにあらずの状態だった少女は、突然悩みの種を持ち込んだ当事者から話しかけられ、飛び上がるように驚いた。
「あ、いや。驚かせてすまん。ケガとか大丈夫か?」
「うん。大丈夫……ですけど。いや、それよりも!」
自分でもよくわからないテンションのまま、疑問の全てを、出会ったばかりの少年に問うた。
◇◆◇◆◇◆
「――と、言うわけだ。どぅーゆーあんだーすたん?」
「おっけぃ」
俺は初対面の少女に聞かれたことに対し、全てを嘘偽りなく答えた。というか、”イメージ”の一単語でほぼ全ての説明がつくのだが。
終始真剣そのものの姿勢で聞いていた彼女は、ハッと我に返ったように人格を変えた。
「あっ! すみません。長々と失礼な質問を……。そういえば自己紹介もまだでしたね。私はミユといいます」
「ミユ……さんか。俺はソウタだ。よろしく」
「よろしくお願いします。いきなりですが……」
たっぷり数秒使って、ミユは思いがけない発言を口にした。
「あなたの武器を……作らせてくれませんか?」




