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旧びたアパート
私のつけた知らない傷が
貴方をどれほど苦しめていたのでしょう
それでも抱き締めてくれた勇気を
今でもずっと探している
乾涸びた夏の海
空っぽになった冷蔵庫
タイマーが音を立てる扇風機
外を眺める愛しい横顔
一つずつ間違えて
一つずつ正して
心が見えてくるのが嬉しかった
見えるだけで解った気になっていた
貴方の聲と心と表情だけで
全部知っていると過信していた
せめて哀しみを隠していることに
一番近くにいた私が気付けていれば
貴方は孤独の淵に沈まなかった
貴方が哀しみに暮れずに済んだ
乾涸びた海岸線
腐りきった冷蔵庫
俯く扇風機
誰もいなくなった窓辺
解約されたアパート
めっきの剥がれた鉄骨階段
貴方の部屋はもうなくなっていて
今は別の誰かが住んでいる




