透明なペトリコール
「ねぇどうか 君が死んだときは
僕の心臓を移植させてほしい」
一生のお願いを前にして
嫌だよと君は言ってのけて笑った
でも僕は真面目にそんなことを考えたのです
同じ体で同じ心で生まれたら
こんな不安もこの世界にはなかったのでしょう
君の生を実感するたびに 君の死体が脳裏をよぎる
献花で埋もれる君の寝顔は 健やかで美しいから
その場で僕は最期のキスをするでしょう
出会うために生まれてきたのに
いつか離れてしまうなんて
なんて不完全な生き物なんだろうね
君より先に死んでもいいかい? と訊ねると
困った顔で 「あなたが先に死んでしまったら
私のお墓参りに来てくれる人がいなくなっちゃうよ」と言う
僕の返事も待たずに
「そうなったら、ちょっと淋しいなぁ」と君は続けた
ずるいよ
「ねぇどうか あなたが死んだときは
私の心臓を移植させてね」
嫌だねと僕が拒むと
その方がいいよと安堵してみせた
「私の心臓があなたの中に入ったりなんかしたら
嬉しくてずっとドキドキしてしまうから
きっとすぐに死んでしまうよ」
そんな死に方なら僕は大歓迎だったのに
「私が消えても 死んだらダメだよ」
全部見透かされていて笑ってしまった
やっぱり君はずるいよ
白いカーテンが揺れている
遠くのテレビの情報は
もう必要のないものだ
消毒液のかおりが
君にだけよく懐いていた




