心臓マッサージ
心の扉を何度もノックする音が聞こえた。
僕は人間が怖くて、ひたすら暗い部屋で蹲って、ただ寿命が尽きるのを待っていた。
それでも、お腹は減るし喉は渇くし、そんな風に苦しんで死ぬのなら他の死に方がいいなぁって、それでたまにお日様に当たるんだ。
小さな秘密基地から出た僕は、名前も知らない人々と人生で一度だけすれ違う。人口増加は止められなくて、知らない人が今日も生まれて死んでく。それをいちいち悲しめない自分がどこかロボットみたいで嫌だった。
そんなものでしょう。と割り切れば大人になれた気がした。だから大人は好きだった。
君を知った。割り切れないものを抱えて苦しんでいる君は、今日も明日も泣いていた。
涙が流れることだけが、泣いているということではないよ。
電話越しの君の声は、数千種類の中で一番近い機械音だってことを知っている。だから、君の本当の声を聞けたことはまだ一度だってないんだよ。
僕はそれでよかったと思っている。君が震わせる世界の振動をまだ知らない。君がそこにいるということを、僕の瞳だけで映したい。
貴方は君をこれからずっと護ってあげてほしい。ごめんね。僕も手伝うから。ごめんね。なにも知らないのにね。
でも、貴方はきっと君のことを僕よりも知っていて、君は、君が思うよりも貴方のことをずっと大切に想っている。
死んでほしくなかったよ。だって、僕と貴方は大切にしたいものが同じだから。友達になれたと思うんだ。今からでも友達になってほしいんだ。そうしたら、分からないけど、笑ってくれると思うんだよ。君には幸せに生きてほしいんだよ。月並みの言葉だけど、それは他の星たちよりも美しく輝く。
貴方も僕も「死んだらダメです」
だって、ただ君が優しいから。
選んだ服を着て、選んだ髪型をして、選んで生きている君が好きだ。好きなものがあって、嫌いなものがあって、好きな人がいて、許せない人がいて、忘れられない人がいる君が好きだよ。同じ日でも、空がまるで違ってしまう程、遠くの街で君は今日も生きている。
風を感じて、揺られて、切なさだけが肌に残っていく。
季節はいつも、気づけばいなくなっていて、ただ残り香だけが、涙腺を撫でてくれる。
一人で立てないから、弱いってことはないんだよ。
寝たきりで、生きていることの罪悪感に襲われても、生きているという生理欲求が、ほらね。また僕らに権利を与えてくれた。
君の言葉の棘が、僕の胸をえぐるたびに、僕の心臓は動く。それが電気ショックよりも優しい、心臓マッサージのように感じるんだ。
本当はもう音なんてしていないのに。
君が必死に死なせまいと、小さくて綺麗な手で、僕の音が消えそうになるたびに、涙を流しながら、胸を押してくれるから。
その姿を見ると安心してしまうんだ。こんな自分でも生きててもいいのかなって。ごめんね。ほんとはまだ全部伝わっていないよ。だから少しずつ、教えてくれたら嬉しい。
少しずつ、一緒に生きてくれたら、嬉しいよ。
君と同じ時間を生きれるようになりたいよ。
あったかい……。
温度を全部壊された僕の心を、君は黙って直してくれている。僕はそれに気付かないふりをして、横目で見てるんだけど、それに気付かないふりをしてくれている君が愛しい。
お互い気付かないふりで、このままそばにいれたらいいのに。僕らの世界が簡単には交われないことにさえ、気付かないふりで、そばにいてほしいよ。
君からもらって一番嬉しかった言葉の真似をした。その理由は単純で、君が僕の言葉で喜んでくれたらと思ってるだけだよ。
こんな時間がずっと続いてほしい。
君と生きている時間が、できるだけ続いてほしい。
いつもありがとう。




