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8:仲良しゲーム恐るべし

 下校途中に「八神堂」へ立ち寄って、早瀬と漫画売り場で言葉を交わした放課後から、数日が経過していた。

 あれ以来、かの不思議なクラスメイトのことが、妙に引っ掛かってならない。

 いや、もっと正確に言えば、あの子の不意に投げ掛けた問いが、俺の心に深く刻まれ、どうにも忘れられなくなっていた。


 早瀬唯菜は、「売れてしまうこと」の何が気に食わないというのか。

 その真意が知りたい。詳しく訊いて、たしかめてみたい。


 とはいえ、いきなりどこかに呼び出して、わざわざそれだけ訊こうとするのも大袈裟過ぎる。早瀬は異性だから、無用の誤解も招きかねないだろう。

 そんなに都合よく、先日みたいに二人だけで会って会話する機会なんぞ、取り立てて親しいわけでもない女子相手には、なかなか訪れたりしないものだ。

 まさか、別段用事もないのに、毎日放課後が来るたびに駅前の書店まで寄り道して、早瀬が来るのを期待しながら、漫画売り場の棚の前で待ち伏せするわけにもいかない。

 ていうか、それは(まか)り間違うと、不審者扱いされても抗議し難いな……。


 ただ、校内でそれとなく早瀬の動向に注意を払っていると、昼休みなどはあまり教室の中に留まっていないことがわかった。さりとて、学食で姿を見掛けたことはないから、折倉が言っていたように、図書館にでも居るのだろうか。

 また、明らかに女子の中で孤立している様子ではないものの、特別に親しくしている友人が存在するようにも見えない。よく「仲良しグループ」と呼ばれるような、派閥の類にも属していないらしかった。


 ――こういう表現が当てはまるのかはわからないけど、早瀬の立場を現代風に言えば、「ヌルめのぼっち」ということになるのかもしれない。


 しかし、誰とも交友の薄い女子生徒、となると、ますます誤解されずに接触するのが困難である。信頼できそうな知人に仲介してもらうこともできない。


 とすれば、奇跡でも起こらない限り、早瀬と会話することは、もう二度とないのかもしれなかった。

 そして、奇跡というのは、そう普通は頻繁に生じないものだ。少なくとも、俺はそのはずだと思っていた。


 ところが、そんな奇跡のような出来事が起きたのである――

 いや、あるいは、()()()()()()()()が。



     ○  ○  ○



 一時限目のロングホームルーム(LHR)で、突如クラス担任たる三崎愛理の口を介して、生徒会からの要請が伝えられた。


「はぁーい、皆さん~。七月上旬に文化発表会が催されることは、もう知ってますよねー」


 三崎先生は、相変わらずほわんほわんとした口調で説明する。


「それで当日までの期間中、準備作業をお手伝いする学級代表の生徒を、各クラスから男女で一名ずつ、合わせて二名選出して、文化発表会の実行委員会に協力してもらわなきゃいけなくなったそうですー」


 連絡事項が告げられるや、教室内がざわめいた。


「学級代表」と来ましたか。

 このクラスには、すでに「学級委員長」という役職が存在し、その役割は金髪美少女優等生の雨城梨亞こと、アメリア(ニックネーム)のものである。

 だが、「学級委員長」がクラスメイトのまとめ役、真に学級を束ねる代表者であるのに対して、おそらく「学級代表」の方は、単に文化発表会のためだけにクラスの中から選び出され、生徒会の雑務を押し付けられる人間のことだろう。はっきり言えば、期間限定の雑用係。


「えーっと……。そういうわけで、代表者の選考方法なんですけど。――誰か、立候補でやってみたい、という人は居ます?」


 三崎先生は、みんなに向かって問い掛ける。

 けれど、挙手する生徒は一人もない。

 そりゃまあ、当然だろう。引き受けてみたところで、面倒事が増えるだけ。


 だいいち文化発表会が近付けば、それだけ課外活動は忙しくなるから、部活所属の生徒は余計な仕事にかかずらいたくはないはずだ。

 おまけに今月末には中間考査があるし、来月中旬には校内模試も控えている。部活に所属していなくたって、学業に重きを置いている生徒であれば関わりたいとは思うまい。

 まあ、七月上旬の行事なのに、この時期から前倒しで作業を進めようとする計画性については、生徒会側の配慮も感じないではないけれども。


 その反応をたしかめてから、三崎先生はうなずいた。


「それじゃですね、仕方ないのでクジ引きにしようと思いますー」


 と言うと、おもむろに着衣のポケットから何か取り出してみせる。

 それは、ちいさなトランプケースみたいな箱だった。上蓋らしき部分に、ほのぼのとした絵柄の動物のイラストが描かれている。

 その箱を、あたかも時代劇の印籠みたいに、我がクラス担任は前へ突き出した。


「これなんですけどねー、『どうぶつさん仲良しゲーム』のカードなんです」


 ……はい? 仲良し? 


「この中にはですね、色々な種類の動物カードが三枚ずつ入っているんです。で、それを一枚ずつ、三つの山に分けて、これから男子と女子のグループに一束(ひとたば)ずつ渡します。余った三つ目の山札は、いったん先生の手元に置いておきます」


 一瞬、虚を衝かれて戸惑ってしまったけど、三崎先生の説明を聞くうちに、概ね何をはじめようとしているのかは理解した。

 つまり、男子と女子で一人一枚ずつ、別々の山札から動物カードを任意で引いていく、ということらしい。どの動物カードにするかは、イラストを見て選んでかまわない、ということだった。

 全員カードを引き終えたら、最後に三崎先生が手元に残した山札から一枚選ぶ。

 すると、そのとき先生が引いた動物カードと、同じものを選んでいた男女が一名ずつ居るはずである。

 その二人でペア成立と見做し、学級代表に決定――というわけだ。

 使用するのは動物カードだけど、まあビンゴゲームと似たような要領だな。


 一通りルールを確認し終えると、三崎先生は急にはにかみながら身体をくねらせた。


「実はねー、このカードを駅前のお店で買ってきた日に、先生もお付き合いしてる人とペアになれるか、試しに二人用のルールで遊んでみたんですよね。そうしたら、一回目からいきなりペアのカードを引き当てて、二回目も三回目も一緒だったりして。こんな偶然あるのかしら?って思ったんだけど、彼に訊いてみたら、『オレ、キミが何を選ぶのかずっと考えながら選んでたから。オレの頭の中は、いつでも愛理のことでいっぱいだよ』って言ってくれて。それでねそれでねっ――……」


 すごくどうでもいいです。


 まあ、それはさておき。

 選出方法も決まったところで、議事進行のために自主的に黒板の前へ進み出たのは、学級委員長の雨城だ。頼りになるやつである。

 惚気(ノロケ)続ける三崎先生の手から、(くだん)の「どうぶつさん仲良しゲーム」なるカードを受け取ると、入れ替わりに教壇に上った。

 その場でカードケースの中身をたしかめ、絵柄を見ながら手際よく三つの山札を作る。


 次いで雨城は、てきぱきと指示を出し、男子と女子を教室内で一斉に移動させた。

 一時的に、室内の窓側半分の座席には男子が集められ、通路側半分の座席には女子が集められる。

 それから、各々のグループに別々の山札が手渡された。

 用意が整ったのを見て、よく通る声で呼び掛ける。


「――では、山札が回ってきた人から、好きなカードを一枚選んで、引いてください。そして、引き終えたら、次の人に山札を回してもらえますか」


 雨城の合図に従って、男子も女子も、一人ずつ動物カードを選びはじめた。

 山札が三分の二ぐらいになったところで、俺の順番が回ってくる。



 ……ところで唐突だが、我が一年A組は男子生徒の方が、女子生徒より二人多い。

 仮に山札の合計が男女共に同数だとすれば、これは何を意味するか。

 答えは簡単だ。動物カードの中に、男子だけが引いて、女子が引くことはないはずのそれが、二枚存在するだろうことである。


 (しか)らば、三崎先生が第三の山札から一枚引いたとしても、それがもし女子生徒の中に同じ絵柄を引いた者が居ないカードだった場合、どうなるか。

 自動的に男女のペアは成立せず、当該カードを持つ人間は、学級代表の任を免れ得る。

 実はグループ分けの直後、そんな補足ルールが告げられていた。男子生徒に若干有利で、不公平な話だが、このクジの実施自体が突発的だったこともあってか、不平の声は出ていなかった。


 いずれにしろ、それを踏まえると、今ここで選ばねばならないカードは、女子生徒に不人気かつ、俺しか引こうとしないものだ。そういう戦術で間違いない。


 手元に来た山札を扇状に広げ、一枚ずつ動物のイラストを確認していく。

 残っているのは、ネコ、ウサギ、リス、ヒツジ、アライグマ……

 って、なんだよ大半が可愛い系ばっかりじゃねーか! 


 ていうか冷静に考えてみりゃ、俺以外の男子だって、同じことを考えていない道理はないか。たぶん、オオカミやライオンみたいな猛獣系とか、ワニやトカゲみたいな爬虫類系から先に引かれてしまったんだろう。

 イヌやキリンのカードは見当たらないけど、これは直感だけで深く考えずに引いたやつが居るからだと思う。


 こうなると、少々悩ましい。

 他に残っているカードで、女子ウケの悪そうなものと言えば、どれだろう。

 クマ……は、キャラクター商品化されている場合もあるから、女の子でも好きな人は居るだろうな。キツネ辺りも、見方によっては可愛いと考える子が居るだろうか。

 ゾウは、どうだろう……。やはり微妙なラインに思える。

 落ち着け、よく考えろ遠野遥輝。


 感性を研ぎ澄ませつつ、動物のイラストを検めていく。

 すると、何気なく一枚のカードが目に留まった。


 ――山札の中に、「ヘビ」の動物カードがあったのだ。


 やった、これだ! 

 心の中で歓喜しながら、俺は迷わずそれを抜き取る。

 一枚だけ、いかにもというやつが残っていた。このカードこそ、好き好んで選ぼうとする女子は、そうあるまい。



 やがて、男女共クラスメイト全員が一枚ずつ、動物カードを引き終わる。

 みんなに行き渡ったことをたしかめて、雨城が三崎先生に報告した。


「はぁーい。皆さん、いいですかぁ~?」


 三崎先生は、おっとりした声を出して、生徒の注目を自分へ集める。


「これから先生も、教壇の上にある山札の中から、一枚選んで引きますねー。その動物カードと、同じ種類のカードを持っている男子と女子で、学級代表のお仕事を引き受けてもらいまーす」


 高らかに宣言しつつ、早速山札を持ち上げる。

 やはり手元で扇型に開き、「う~ん。どれにしようかしら~うふふー」と、笑顔でカードを吟味しはじめた。

 見守っている生徒は皆、微妙な緊張の眼差しをクラス担任へ送っている。


 そのとき、ふっと三島先生は、何か思い付いたように話しはじめた。


「……あ、そういえばですねー。実は先生、元々動物大好きなんですけどぉ、最近はちょっとハマっちゃってるテレビ番組があるんですよねー」


 またもや、突拍子もない台詞が飛び出してくる。


「毎週、何曜日だったかな? 前回の放映は、たしか数日前だった動物番組なんですけど。子猫や子犬を紹介するコーナーがあって、すごく可愛いんですよぉ~。いつも彼と一緒に視てるんですけど、私がネコちゃん可愛いねーって言うと、『キミの方が、もっと可愛いよ』なぁーんて言ってくれたりして――きゃっ、はずかしぃ~」


 などと、身を捩りつつ、三崎先生は喜色満面に語っていた。

 相変わらずの惚気話に、一部の男子生徒は「おいおい愛理ちゃん早くしろよ」的な、明らかにうざったそうな表情を浮かべる。


 しかし、俺はその話を聞いて、危険な胸騒ぎを覚えた。


「子猫や子犬を紹介するコーナーがある動物番組」。

 それも、数日前に放映されていたという。

 ……どう考えても、あのテレビ番組のことだ。


「それでですねー。なんと前回は、その番組で『密林の王者特集』っていうのが流れていまして。――どんな動物が映っていたと思います?」


 アナコンダ。


 俺が心の中でつぶやくのと同時に、三崎先生は山札から一枚カードを引き、自分の頭上に掲げてみせた。

 ああ、そこに描かれていたイラストは、手足を持たない有鱗目の爬虫類。

 紛うことなき、「()()」であった。



 三島先生は、殊更楽しげに呼び掛ける。


「はぁーい、正解は『ヘビ』でした~。というわけで、同じ絵柄のカードを持ってる人は、その場で起立してくださーい」


 観念して、仕方なく席を立つ。


 けれど、まだ俺の命運が確定したわけじゃない。

 繰り返すが、女子には同じ動物カードを、誰も引いていない可能性があり得る。


 というか、女子でわざわざヘビのカードを引く生徒が、そうそう居たりするだろうか。

 先入観を含む面もあるが、普通はあまりなさそうだ、と俺でなくても考えるのじゃないかと思う。


 ……いや、でも現に三崎先生はヘビを選んだしなあ。

 ひょっとしたら、噂の動物番組のことまで計算に入れていた男子はけっこう居て、だから山札が回ってきたときにも、まだヘビのカードが残っていたとか。


 はぅあああ、今更だが読みが甘かったかっ――……



 そんなふうに、自分の判断をあれこれと悔いつつ、ヘビを選んだ女子が居ないことを、一人密かに祈っていたわけだが。

 現実は無情だった。


 ガタン、と椅子を引く物音がして、無言のまま立ち上がる女子生徒があったのだ。

 さらさらの長い黒髪、妙に控え目な立ち姿。

 俺は、彼女の方を振り返って、反射的に目を見開いた。



 ――そう、早瀬だ。


 俺と同じヘビの動物カードを選んだ女子生徒は、あの早瀬唯菜だったのである。

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