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24:たった一つの冴えた振り向かせ方

 部屋のカーテンを閉めて、勉強机の前に座る。

 椅子の背もたれに身体を預けながら、腕組みの姿勢で頭上を仰いだ。LEDライトの光が目に入って、少し眩しい。


 もう覚悟は決まっていた。

 俺は、早瀬が好きだ。

 どうしようもなく好きだ。


 だが、どうすればあの子を、もう一度振り向かせられるのだろう? 


 今日は課外活動のことを聞き出すために、仕方なく通学路で待ち伏せたりしてみたけど、あんなことを何度も繰り返せば、すぐに本物の不審者になってしまう。執拗に付き纏って、薄気味悪いと思われたりするのは不本意だ。


 また、仮に告白したとしても、どうすれば心を開いて応じてくれるのだろう。

 早瀬は、子供と大人のあいだで揺れて、鬱積した感情と突飛な論理の矛盾で雁字搦(がんじがら)めになっている。しかし本当は(少なくとも俺にとっては)、とても可愛らしい女の子なのだ。

 いったい何がそんなあの子を、狭隘な負の呪縛から解放させ得るのか……


 やはり妙案は浮かばない。

 でも、改めて告白の意志を固めたことで、気持ちは徐々に落ち着いてきた。


 いっぺん気分転換でもしてみよう。同じことで延々と悩み続けてるだけじゃ、かえってドツボに嵌まってしまいそうだ。

 きっと、こんなときはそれがいい。



 机の上に置かれたPCの電源を入れ、ブラウザを立ち上げた。

 アニメ公式サイトへ飛んで、Webラジオの再生ボタンをクリックする。

 今週分の配信を、まだ聴いていなかったのだ。



<――アカネと!>

<――シオンの!>

Radio(レイディオ)『プラネットスレイヤー』~!!>



 いつも通りのタイトルコールだ。

 何となく、ほっとした。

 習慣化したものに触れると、どんなときでも多少は気が紛れるように思う。

 そんな自分は、安っぽい人間だろうか。



<ハイ、そんなわけで今週もはじまりました当番組! 気が付くと六月分の配信は、今回でもうお終いなんですねー。いや~時が流れるのは早い!>

<ですよね~! 本当にあっと言う間でっ>

<しかも今回の配信翌日から、全国では地域毎に順次アニメ『プラネットスレイヤー』も最終話が放映開始ですよ……!?>

<ああーっ、そうなんですよね~! なんともうアニメ本編も最終回なんですよぉ~!>



 来週からは番組改変期だ。現在放映中のアニメは、二クールものじゃない限り、続々と最終回を迎えていた。

 ちなみにこのWebラジオ番組は、作品本編の放映終了後も半年ぐらい配信が続く見込みだと聞いている。まだブルーレイディスク(BD)や音楽CDの販促とか、イベント関連の案内、同じスポンサーが出資している新規アニメの番組宣伝を果たす役割があるから、だそうだ。


 ……おっと、そういえば――……



<――それでね? 『プラネットスレイヤー』の収録は、本当に最後まで毎回楽しかったので、終了は大変名残惜しいのですがっ>

<ううっ、本当に寂しいですぅ~!>

<でも、代わりに来週からは当然、各局で次の新番組がはじまるじゃないですか?>

<……おおっ。アカネさん、それはもしやっ――!?>

<そう、そのもしやです!>

<やっぱり、そのもしやなんですねっ>

<――って、なんか私たち今、すっごい台本通りのわざとらしいやり取りしてるよね?>

<あはは、それ言っちゃダメですよぉ~>

<ふふっ、ゴメンゴメン。それで、ついに来週からは、これまで当番組でもしばしば話題に取り上げてきた新作アニメ『天乃河麗華は意識が高い』が、全国各地域で順次放映開始致します――!>



 やっぱり、そうか。

 アニメの『天高』も、とうとう来週からはじまるんだな。

 PV公開と主演発表で衝撃を受けてから、かれこれどれぐらい経つだろう。随分と色々なことがあった。


 早瀬と知り合って、仲良くなり、そして嫌われた。

 この先、もしかすると俺は『天高』に触れるたび、あの子のことを考えたりするのだろうか。

「あの頃の初恋の記憶は、Web漫画原作の学園ラブコメ美少女アニメ」――って、それはどうなんだろう。



<例のPVですけど、いわゆる番宣動画としては、公開以来とても大きな反響を頂いているみたいで。ファンの皆さんからの、本編に対する熱い期待を感じますねー>

<ね~……本当にありがたいことでっ>

<もう一話目録り終わってると思うんだけど、現場どうだった?>

<あ、えっと、そうですねー。私、こういう大きい役を頂いたのって、今回初めてだったんですけど>

<お、初メインヒロインだっけ? ていうか、これ作品のタイトルからしてシオンちゃんが主演だよね?>

<はい、一応そういうことに……>

<一応って。自信持ってハッキリ行こうよ! 主演でしょう、座長ですよ!?>

<いえいえいえ、座長なんて呼ばれるのは(おそ)れ多いというか! 私、ほんとにスタジオで皆さんが集まったときの挨拶させて頂いてるぐらいなんで>

<ああ、挨拶ね。挨拶大事だね>

<ほとんど他の先輩方に助けて頂いて。あとは音響監督さんの指示通りって感じで……>



 こういうやり取りは、声優ラジオ独特の掛け合いだな。



<いやー、まあでも最初はみんなそんなもんですよー>

<ただ、いずれにしろ貴重な機会なので。今は毎日、凄く勉強になっていますし、皆さんからいい刺激を頂いています>

<なるほどねー。自分が主演のお仕事を頂くと、やっぱりレベルアップできるよね>

<自分だけでお仕事に関わらせて頂いているわけではないですし、そうありたいですね>

<その立場になってみて、初めてわかることもあるっていうか。――なんだか、こういう言い方すると、先輩風吹かせてるみたいで偉そうに聞こえるかもなんだけど>

<いえいえ!>

<作品が注目されて、沢山の方々に視聴して頂いたりして。そういうところから、暖かい応援を頂けることって、やっぱり役者としては将来の財産なんで>

<ああ……それは、きっと本当にそうなんだろうなと思います>



 PCのスピーカーから聴こえてくる会話に、ぴくっと思わず反応してしまう。


 注目されて――人気が出て、売れてしまうこと。


 声援を受けることは将来の財産なのだと、パーソナリティの二人は言う。

 たしかに当事者にとっては、その通りなのかもしれない。


 けれども、有名(メジャー)になることと、心無い人々(アンチ)からの不条理な批判に曝されねばならない危険性とは、謂わば表裏一体ではないのか。

 にも関わらず、Webラジオのトークは、そうした負の側面には触れていない。「この世の中には、善意に拠って来るものだけしかない」とでも言うかのやり取りだ。

 それは無論、不特定多数のリスナーに対して発信されているメディアゆえ、様々な聴き手の心証に配慮しているからなのかもしれないけれど。


 ……だが、それだけなのだろうか? 

 椅子に座ったまま、腕組みしてしまう。

 Webラジオは気分転換のはずだったのに、結局また同じようなことで、思考の螺旋(スパイラル)へ陥っていた。我ながら重症だ。


 頭の中では、最近の様々な出来事が次々と浮かび、緩やかに混ざり合っている。

 売れることの意義、それを巡る価値観の錯綜、身近な現実――


 そうして、じっと身じろぎせずに居る間にも、Webラジオは先に進んでいく。



<さて、ところで近頃は徐々に暑い日が増えてきましたがっ。改変期を跨いで七月に入ると、いよいよ夏も本番ですねー>

<はいっ、夏ですねー!>

<で、夏と言えば――>

<夏と言えば――?>

<今年もやって参ります、ヘラルドディスク主催『真夏のアニメミュージックライブ』が八月の八日九日二日間に渡って開催決定となりました――!>

<おおおーっ、やったー!>



 番組内のコーナーは、気付くとイベント関連の告知へ移っていた。



<この日のステージでは、シオンちゃんの出演も予定されてるんだよね?>

<はいっ。これまでにも番組内で再三お知らせしております、新番組『天乃河麗華は意識が高い』の主題歌「教えて☆StarLight」を、フルコーラスで歌わせて頂けるということですので。お越しになられる方は、是非聴いて頂けると!>

<わーっ、すごいねー。毎年恒例、アニソンファンのお祭りですからね~>

<ホントにもー私も今からドキドキで!>

<しかも噂だと――なんとシオンちゃん、当日はコスプレ衣装で歌うんだって?>

<えへへ~。実は、出演が本決まりになった際に、アニメのプロデューサーさんの方から、『折角なんだし、ステージ衣装は天高(テンタカ)に出てくる学校の制服にしようよ』ってご意見を頂きまして……>

<うはーっ、それでシオンちゃんの麗華コスですかーっ!>

<ああいう大きな舞台でお仕事させて頂くのも、滅多にないことですし。来てくださった皆さんに、少しでも楽しんでもらえたらと!>




 …………。


 ライブ。

 お祭り。

 コスプレ。

 滅多にないこと……。



 そんなラジオのやり取りを、何気なく聴き流しているうちに――

 ある瞬間、強い閃光めいたものが、目の前で弾けたかの如き錯覚を抱いた。

 反射的に目を見開き、椅子から立ち上がる。


 そう、まさに俺は答えを得た。

 少なくとも今、自分を取り巻く問題について、有効な解決策となるかもしれない手段を思い付いたのだ。


 早瀬唯菜ともう一度向き合い、俺の言葉を伝えるための振り向かせ方。

 ああ、彼女と出会ってからの一ヶ月半が、幾本もの糸みたいに絡み合い、綾なす模様を描こうとしている。

 まるで、天啓に導かれるように。




 俺は、早速この閃きを実行へ移すことにする。

 スマートフォンを取り出し、登録してある連絡先のページを開いた。

 その中から、目当ての電話番号を探し出す。


 あった。「折倉咲」。

 登録名をタップすると、折倉は四コール目で呼び出しに応じた。


《――もしもし、遠野? どうかしたの?》


「急に電話して悪いな折倉。今、俺と多少話し込む時間はあるか」


 電話に出た陽性の声にたずねると、一拍だけ置いて《まあ、大丈夫だけど……》という返事があった。ちょっと訝しげな口調だったのは、この場合当然だろう。


「実は、折り入って頼みたいことがあるんだ」


 俺は、会話を進めながら、脳内で考えを整理していた。

 まずはどこから、あれこれの事情について説明すべきだろうか。

 早瀬との関係について話すのは、さすがに気恥ずかしいけれど、迷ったり、躊躇したりしているわけにもいかない。


 何より、この計画には協力者が必要だった。

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