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16/29

16:こだわりの衝突(前)

 PCのブラウザから、アニメの公式サイトへ飛ぶ。

 Webラジオの再生ボタンをクリックすると、いつもの明るいオープニングコールが聴こえてきた。



<――アカネと!>

<――シオンの!>

Radio(レイディオ)『プラネットスレイヤー』~!!>



 机の上にノートや参考書を並べて、今夜も勉強を開始する。

 中間考査は無事に済んだけど、次は再来週に校内模試が実施される予定だ。

 来月上旬には文化発表会もあるというのに情け容赦ないスケジュールだが、蒼羽台東も進学校を名乗っている手前、致し方あるまい。


 ちなみに「社会的不当評価(マイナー)作品保護活動部」に関しては、文化発表会自体に不参加だから、無論当日の準備であくせくしたりしていなかった(というか、生徒会非公認活動だし、組織として出展申請していない)。

 それゆえ、俺に学業以外で課せられている最大のノルマは、次の日曜日のデート……

 じゃなくて、同人誌即売会における部活動である。




<ところで、前回配信の翌日から、すでに全国の各放送局では『プラネットスレイヤー』も第一〇話が順次放映となっておりますね~。なんだか本編ストーリーも大詰めということで、随分大変な展開になってしまっておりますがっ>

<ああーっ……! 私も初めて収録前に脚本を頂いたときから、『え、ええっ! これどうなっちゃうんだろう!?』って、ビックリしちゃいました!>

<いや~ホントにねー。まさか、まさかの謎の真相ですよ――……>



 新海詩音は、メインパーソナリティの先輩声優と共に、アニメのことについて番組内でトークを繰り広げていた。



<――それでアフレコの時点だと、まだ画面も色が着いてなかったりするじゃない? 第七話Bパートの戦闘シーンとかも、かなり制作大変みたいだったし>

<そうそう、だから私も本放送で視聴したとき、思わずテレビの前で『うおおーっ!』って叫んじゃいました! うわー、こんな壮絶なシーンだったんだなあって!>

<私は事務所経由で完パケ貰ってから視ることが多いんだけど、それまでは自分たちでお芝居してても、あんまりわかってなかったりするもんねー>

<ええ、なので今でも、じかに完成版を視るときはドキドキします>

<それでね、あそこはやっぱり、物語上全体の大きなターニングポイントになるところだったから、納期ギリギリまでスタッフさんはみんな粘って作ったそうですよ。爆発のカットは動画枚数も増し増しで。こないだ水池監督にお話を伺ったら、『僕のこだわりをギュッと凝縮しまくって作りました』って、もう自信満々で言ってたから>

<うわーっ! 制作上のこだわり、監督さすがです!>



 制作上の()()()()か。


 ……そういえば、今日は昼間に学校で、クラスメイトたちがある種の「こだわり」について、熱く語る場面に居合わせてしまった。

 一年生の教室が並ぶ東棟二階の廊下で、放課後にあった出来事だ。


 その場で中心人物だったのは、アニ研の井山と、軽音部の緒形。

 文化発表会のコラボ企画の件で、互いの意見が対立したらしかった。


 主要な争点になった問題は、「たとえ第三者から支持を得られないとしても、絶対にこだわりは捨てるべきではないのか否か」――




     ○  ○  ○



 月が替わって、衣替えの季節になった。

 校内を行き交う夏服のシャツやブラウスが、陽光に映えて眩しい。

 事件は、そんな平穏で、ありふれた午後に起こった。


「ねぇ、遠野。ちょっとこっちに来てよ!」


 折倉が教室へ駆け込んできて、いきなり俺の腕を掴んだのである。

 声と表情から、ただならぬ気配が汲み取れた。


「おい、落ち着けよ折倉。いったいどうしたんだ?」


「井山と緒形が、文化祭の件で言い争いをはじめちゃったのよ」


「――はあ? あいつらが口論だって?」


「とりあえず、早く一緒に来て欲しいの。私じゃ、あいだに入ってなだめようとしても、なかなか話を聞いてくれないから。――だから、お願い!」


 それだけ告げると返事も待たず、折倉は俺を教室の外まで引っ張り出した。文字通り、有無を言わさず、というやつだ。


 俺は丁度、掃除当番を終えたところだった。

 この日もマホカツ部の予定があって、これから図書室へ出向こうとしていたのに。


「ていうか、その二人が文化発表会のことで揉めてるってことは、アニ研や軽音部の問題だろ。どうして、そこへ俺が首を突っ込まにゃならんのだ」


 強引に連行されつつも、道理を訴えた。

 折倉は、俺の手首を握ったまま、振り返りもせず駆け足で進む。廊下を走るな。


「別に、この件に深入りしろなんて頼んでないわ。――ただ、差し当たり、井山と緒形の口喧嘩を取り成してもらいたいのよ。うちのクラスの男子じゃ、あんたが二人とは特に仲がいいじゃない」


 折倉の後ろ姿だけじゃ、俺にはポニーテールが揺れる様子しか見て取れない。けれど、口振りだけでも、質問に答える渋面は想像できた。


「それに、無関係な立場の遠野だからこそ、きっとアニ研と軽音部の双方にとって、公平な仲裁になるわ」


 まあ実際は、折倉からすると、俺のことが手近に居た人間の中で、一番声を掛けやすい男子だっただけだろう。適任そうなクラスメイトは、たぶん探せば他にも居る。

 もっとも、だからって無下に頼みを断るほど、友達甲斐がないと思われたくもない。

 仕方ないので、為すがままにあとを付いて行った。


 すると、すぐに廊下の前方から、聞き覚えのある大声が響き渡ってくる。



「――だから、そういうのが権威主義的で気に食わねぇってんだよ!」


 半ば叫ぶような声は、聞き紛うことなく緒形のものだ。

 E組とF組の教室が並ぶ廊下の前で、身構えるようにして立っている。

 その正面には、井山が背筋を伸ばして直立していた。身長差がある関係で、それが丁度相手を見下ろすような姿勢になっている。


 両者共に通路の片側へ寄って、向き合っていた。一応、廊下の真ん中を避けて、無関係な通行人に配慮しているつもりなのだろう。

 とはいえ、井山と緒形の(いさか)いは、明らかに周囲からは注視の対象となっていた。付近を通り掛った際に、何事かと足を止め、二人を振り返る生徒も見受けられる。


 折倉は、そこへ駆け足で近付いていって、声を掛けた。


「こらっ! 井山も緒形も、いっぺん落ち着きなさい!」


 まるで、出来の悪い弟を叱責するみたいだった。

 釣られて、井山と緒形はこちらを振り向く。二人の目は、まず折倉を見て、次にすぐ後ろに居た俺を見ると、双方共に少しだけ虚を衝かれたような表情を覗かせた。

 部外者たる俺が連れて来られたことを、きっと奇妙に思ったのだろう。


 その隙を逃さず、折倉は口論に割り込んだ。


「見ての通り、遠野に仲裁役を頼んで来てもらったわ。――二人共、少し冷静になって、口喧嘩の原因とそれぞれの言い分を、こいつに最初から話してみたら? それから、試しに意見を聞いてみましょうよ。それで遠野がどんな感想を持つにしろ、何かしら出し物の参考になるでしょう」


「僕は何も、口喧嘩なんてした覚えはないけどね」


 メガネのフレームを掛け直しながら、井山が不平そうに言った。


「ちょっとした価値観の違いで、議論になっただけさ。そのうち緒形が興奮して、一人で噛み付いてきたんだ」


「なんだと。元はと言えば、おまえがオレの提案に()()を付けてきたのが発端じゃねーか」


 井山が主張すると、それに緒形も強く抗議する。

 折倉は、嘆息しつつ、かぶりを振った。


「みっともなく責任を擦り付け合うのは、もういいから。どっちも順を追って、これまでの経緯を遠野に説明してみなさいよ」


 井山と緒形は、ちらりと目線を交差させる。

 ひとまず、牽制し合うのは止めたようだった。互いにまだ何か言いたげではあったが、仕方なく折倉の提案を容れることに合意したのだ。


 そうして井山と緒形は、どちらからともなく、言い争いの原因について説明しはじめた……





 舌戦開幕の端緒は、文化発表祭で演奏する曲目についてのやり取りだったらしい。


 今回、アニメ研究会と軽音楽部(厳密には、さらにそれぞれの部内で井山と緒形が所属するグループ)が計画している合同ステージでは、主にネット上の動画サイトなどで有名な楽曲によるパフォーマンスを予定している。

 アニメソングやアイドルソング、合成音声ソフトを用いた電子演奏音楽(DTM)の類もJ-POPの一分野として認知されつつある昨今ゆえ、サブカルチャーと音楽の結び付きは、決して不自然じゃないし、むしろ馴染み深いとも言えよう。


 具体的には、軽音部がコピーバンドとしてライブを行い、アニ研は舞台上のスクリーンで演目に沿った自主制作CG映像を流す。観衆の聴覚と視覚へ同時に訴える出し物を企画しているそうだ。

 まあ、その辺りは、以前にも何となく伝え聞いていた通りで、それなりに着々と準備が進んでいるみたいだった。


 しかしながら、問題は使用する楽曲の選定段階で生じたという。


 緒形は、演目全体の構成を重視し、導入曲にはライブの方向性を強く打ち出していると思われる楽曲を選ぼうとした。アップテンポなビート系で、スタイリッシュなイメージの一曲だ。かつて深夜枠で放映され、一部のマニアから絶賛された異能伝奇アクションアニメの主題歌でもある。……少々コア層向けの作品で、残念ながら俺は視聴したことがないやつだけど。


 さて、ところが一方の井山は、「それよりミリオンヒットしたアイドルソングを一曲目に演奏した方がいい」と主張したらしかった。シリアスな曲調かつマニアックなアニソンは、楽曲の良し悪しは別にして、聴衆の反応が鈍かろうというのである。

 なるほど、たしかに井山の推すアイドルソングは、芸能人に疎い俺でもテレビで頻繁に耳にしていて、サビぐらいなら口ずさめるほど抜群に知名度が高いやつだ。――ただし、明るく華やかではあるものの、ライブの導入で用いるには、ちょっと曲調が柔らかいようにも感じる。


 それで口論がはじまった。

 当初は割り合い穏やかなやり取りだったのだが、次第に二人の口調は強くなっていき、みるみる対立は鮮明になった。横から推移を眺めていた折倉も、こんなに激しい言い争いになるとは思ってもみなかったとか。


 井山と緒形のあいだに存在する価値観の溝は、想像以上に深かったのだ。

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