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13:ちょっとだけ大事なお話があります

 それからも何度か、早瀬唯菜とは放課後に会話する機会があった。


 実行委員会に立て看板の完成を報告したあとも、文化発表会に関連する雑用はいくつか残っていたからだ。体育館のステージで使用する備品の運搬や確認とか、校内各所の告知用ポスター貼り付けとか……

 そのたび、新たな仕事を手伝うために駆り出された。


 居残りのあいだ、一緒に作業する相手が早瀬だったことは、考えてみれば不幸中の幸いだったのかもしれない。

 根が真面目だから、集合時間に遅刻して来るようなことがないし、作業中も怠けてサボったりしないから助かる。何だかんだと、趣味に近しい部分もあるので、互いの距離感が掴めるようになると、思っていたより話し掛け易くもあった。


 さらに言うと、趣味との関わり方みたいな部分についても、いくつか共通点を感じる。

 二人はどちらも、いわゆる「消極的な隠れオタク」だし――

 加えて、「心から好きになった作品には、売れないままで居て欲しい」と思っている。

 その根底にある動機とか、好きになるものの傾向には差異があるけれど。大枠だけで見れば、俺と早瀬は現時点において、同じ願望を抱えていると言えた。



 ただ、こうした俺と早瀬の親交は、ある面で「学級代表に選出されてしまった」というアクシデントに伴って発展したものだ。

 実際、いくら多少仲良くなったからと言って、実行委員会での仕事が終了すれば、もう以後は格段二人で放課後を過ごす理由なんてなくなる。それは当たり前のことで、致し方ない。


 少なくとも、俺はそう思っていた。



 ……ところが早瀬は、まったく違うことを考えていたらしい。




     ○  ○  ○




 五月第四月曜日は、三度目の講堂集合にして、最後の実行委員会だった。

 概ね文化発表会の基本的な準備は、生徒会側の計算通りに進んだようだ。このあとも、各文化系部活動の出展内容が決定するなどしていくにつれ、別の作業が順次追加されるはずだが、そこはもはや学級代表(という名の雑用係)が関与すべき範囲を越えたところである。生徒会役員の面々に頑張ってもらおう。



 さて、俺が早瀬から意外な申し出を受けたのは、講堂の席に並んで腰掛けた直後の出来事だ。


「実は、遠野くんにちょっとだけ大事なお話があるの」


 早瀬は、姿勢正しく着席しながら、そんなふうに小声で持ち掛けてきた。


「委員会のあとに時間が空いているなら、一緒に図書室まで来てくれないかしら」


 突然のことだったから、俺は驚いて隣を振り向き、何事かと様子を窺う。

 だが、早瀬は真っ直ぐ演壇を眼差したままで、横顔から内心まで看取するのは難しい。

 それで、差し当たり「ああ、わかった」と、承知した旨だけ答えておいた。



 そのあとはじまった実行委員会は、これまでに実施されたもので一番長く、息苦しい時間だったように思う。


 議事の内容自体には、過去のそれと取り立てて違いはない。各学級の割り当てられた仕事について、進捗状況の確認が繰り返され、問題点があった場合に多少の意見交換がなされたぐらいだ。


 ……ところが、委員会の開始直前に伝えられた言葉が気になって、その後もまったく気持ちが落ち着かなかった。

 無言で着席したまま、時折ちらちら傍らへ視線を送ってしまう。

 一方の早瀬と言えば、人形のみたいに行儀良く座していて、面持ちには掴みどころがない。この子は今、いったい何を思っているのだろうか。


 そんな有様を見ると、一人であれこれ考え込んでしまう。

 自惚れるつもりまではないが、自分が男女関係の機微にまったく鈍感だとも思わない。

 そして、今日は互いに学級代表同士として出席した、最後の実行委員会。俺たち二人は、この二週間余りのあいだに、それ以前までより随分親しくなった。

 そういった状況を踏まえた上で、早瀬からの申し出があったわけだ。


 これは俺でなくとも、「ひょっとしたら」と、想像力を働かせてしまう要素があるのではなかろうか。


 ――いや、でも即断は禁物だろう。

 俺の理性は、同時に強く警告している。

 何しろ、相手は早瀬唯菜なのだ。同じ学級代表になって、たしかに親交は深まった。

 しかし、だからこそ、彼女が油断ならぬクラスメイトなのだという事実を、俺はそこはかとなく掴んでいる。既成観念に囚われて、この子の思考言動を予測するのは危険とすら感じているぐらいだ。


 そもそも、いましがたの会話にだって、若干の疑念を覚えていた。


(――実は、遠野くんにちょっとだけ大事なお話があるの)


 ちょっとだけ大事なお話。

 ちょっとだけ……。


 ――仮に。あくまで仮にだ。

 早瀬が俺に好意を抱いていてくれて、今後は現状よりも一歩踏み込んだ関係性を構築したがっている、としたら。

 それを相手方へ告げるにあたって、慣習的に「大事なお話」と前置きするのは、まあ世間一般によくあることだと思う。

 けれど、そこにわざわざ「ちょっとだけ」と、あえて案件の重要性を軽減する副詞を添える意味は何だろうか? 


 加えて、早瀬唯菜という女の子の性格的な問題だ。

 いや、これは俺の勝手な思い込みかもしれないのだが――


 この子は、果たして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうか? 


 ……何となく、違うような気がする。


「ほんの半月程度、親しげに会話できるようになったぐらいの交友だけで、何をわかったようなつもりになっているんだ」と、ツッコミ入れられれば、当然反論の術はない。

 ないのだが、俺のごく浅い対人経験から類推する限りにおいて――早瀬みたいな女の子は、なかなか自分から相手の方へ踏み込んで行かないように思う。

 そういった部分を勘案すると、首を捻らざるを得なかった。



 とはいえ、やがて議事も終了し、実行委員会の解散が告げられる。


 俺は、密かな内心の動揺を気取られまいとしつつも、早瀬を伴って講堂を出た。

 事前の約束通り、二人で図書室を目指す。

 校舎東棟四階までは、互いに無言で廊下を歩いた。早瀬は、俺の数歩後ろを、控え目な所作で付いて来る。

 遠くのグラウンドから、通路の窓越しに運動部の掛け声がここまで聞こえていた。


 図書室に着いて、入り口の引き戸を潜ると、早瀬は不意に俺の制服の袖を掴んだ。

 そのまま、「こっちよ」と、短く言って、廊下を歩いていたときとはあべこべに、俺を引っ張って奥へ踏み込んでいく。


 連れて来られたのは、例の自習コーナーだった。

 そろそろ中間考査も近い時期だが、まだ幸いにして人気ない。

 ……というか、凄く静かだ。



「さっき言った、『ちょっとだけ大事なお話』のことなんだけど」


 早瀬は、立ち止まって、こちらへ正面から向き直る。


「その前に、遠野くんに訊いておきたいことがあるの」


「――なんだ?」


 俺は、思わず息を呑んで、問い返した。

 いよいよ来た。

 もし、これがいわゆる通常の「告白」なのだとしたら、次に来る言葉は十中八九、「今、誰かお付き合いしている人は居ますか?」だろう。

 早瀬の黒目がちな瞳から、真っ直ぐに見詰められているのがわかる。


 だが、発せられた質問は、いささか意表を衝くものだった。



「遠野くんは今、何も部活に所属していないわよね?」


「……はあ?」


 つい変な声が出た。

 早瀬との会話では、もう何度こんな反応を誘発されたかわからない。

 が、すぐに気を取り直して答える。


「まあ、たしかに帰宅部だけど」


「そうよね。少なくともこの一週間ぐらい、実行委員会に遅刻してくることもなかったし、それどころか私とここでWeb漫画のことを話し合ったりしていたぐらいだものね」


 早瀬は、俺の回答に対し、思った通りというようにうなずいてみせる。

 それから、さらに唐突な話題を切り出してきた。


「実はね、遠野くんには私の計画に協力してもらいたいのよ。――私、これから独自の課外活動をはじめようと思うの」


「……独自の、課外活動?」


 一言ずつ、鸚鵡返しで繰り返し、その意味を反芻しようと試みる。


 課外活動――つまり、部活動の類だな。

 ただし、早瀬によれば、それは「独自の」ものだという。


「新しい部活か、同好会でも作ろうっていうのか」


「まあ、そういったようなものね」


 早瀬は、やや勿体(もったい)つけるような素振りで言った。しかも、どことなく得意げだ。随分な名案だと自負でもしているのだろうか。

 まあ、何にしろ、この子の思惑は何となく把握できた。


 昨今、日常系漫画やライトノベル、あるいはそれらを原作とする深夜アニメにおいて、「登場人物らが自発的に新規の部活(または同好会)を発足させ、そこに自ら在籍する」というのは、謂わば典型的な王道展開だ。

 そういう系統の作品は、俺も割り合い嫌いじゃない。

 で、目の前に居る早瀬唯菜なる女の子は、そんな俺と趣味に共通点が少なくないのだ。


「要するに――その部活だか同好会だかを発足させるにあたって、俺に初期メンバーの一人として参加しろと。そういうことか」


「さすが遠野くん、話が早いわね。手間が省けるわ」


 都合よく利用されているみたいで、褒められた気はしない。

 もっとも、だからって早瀬を批難しようという気持ちにもならなかった。


 この子が心から真剣なのだとすると、たしかにこれは「ちょっと大事な話」だ。そういう計画の相談相手として、真っ先に自分が選ばれたのだと考えれば、決して悪い気はしなかった。

 俺は、何らかの目標を持って、そのために前へ進もうとする女の子のことも、日常系漫画やライトノベルと同程度には嫌いじゃないのだ。例えば、声優の新海詩音がそうであるように。


「具体的には、どんな部活を作ろうっていうんだ」


「それは言うまでもなく、私や遠野くんの趣味や信条を体現した組織よ」


 俺が興味を示してみせると、早瀬はちょっぴり胸を張って言った。

 ……こうして間近で見ると、実はかなりおっきいな……。

 いや、そんなことを考えている場合ではない。


「趣味、というと、やっぱり漫画とかアニメとかに関わるようなものか」


 早瀬の回答は、尚も抽象的表現に留まっていたし、その部活を新たに発足させるべき必然性が曖昧だったから、重ねて仔細をたずねなければならなかった。「俺や早瀬の趣味に即した課外活動」という点だけで言えば、すでにアニメ研究会とか漫画イラスト同好会のような組織が、校内に複数存在している。


「ええ、サブカルチャーを主として扱うものであることはたしかね。――でも、既存の組織とは、根底にある活動理念が異なっているわ」


 早瀬は、ぐっと両手で握り拳を作りつつ、こちらへ身を乗り出してきた。

 黒目がちな瞳がきらきらと輝き、頬はかすかに上気しているかに見える。




「その部活の名前は――『社会的不当評価(マイナー)作品保護活動部』よ!」



 ……長い、というのが、その名称を初めて聞いた瞬間の偽らざる感想だ。


 なので、「もし本当に創設するのなら、別の略称が必要になるだろう」と、俺は即座に考えていた。

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