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12:君が信じる清教徒革命

 かくして、俺と早瀬が有限な高校生活の一部分を、地味な立て看板制作に提供していた頃――

 他のクラスメイトたちは、同じ青春の時間を、個々の目的のために費やしていたらしい。


 少なくとも、軽音楽部の折倉と緒形、それにアニメ研究会の井山は、そういう主体的な活動に傾倒している生徒だった。三人は、連日放課後に思い思いの機材(楽器やらノートPCやら)を持ち寄って、校舎西棟四階の音楽室や視聴覚室へ集合している。

 そこで、文化発表会当日のステージで演奏する楽曲の練習や選定、舞台演出についての準備や調整を、先週末から続けているようだ。


「視聴覚室に、すっごい大型のプロジェクターがあるんだけどね。今年からは、文化発表会の当日に体育館で使用してもいいことになったのよ」


 折倉は、休み時間にウキウキした様子で話していた。


「それをノートPCと繋げば、独自に編集した動画を舞台上でスクリーンに映写することもできる。演奏と映像の融合した、これまでの発表会にはないライブになるわ!」


 ほほう……。

 軽音楽部とアニメ研究会がコラボレーションする、と言っていたのは、そういう出し物だったのか。門外漢の俺にとっては、ただちに実際のステージをイメージするのは難しいけど、「何か凄いことになりそうだ」というのは伝わる。

 まだ一年生は進学後数ヶ月しか経っていないのに、自分たちの企画を実現に向けて検討している状況は、素直に大したものだと思った。さすがに部活の先輩などからアドバイスを受けたりはしているだろうけれど、それでも充分感心に値する。

 もっとも、井山は腕組みしながら、どこか渋い表情だった。


「まあ、演奏曲にマッチする映像素材を、僕が当日までにどれだけ用意できるかは、やや未知数な要素も少なくないと思うけどね」


 すると、緒形が現れて、激励するように井山の背中を叩いた。


「そこは井山に頑張ってもらわねーとな。……文化発表会まで時間はあるし、何とかなるだろ」


 井山は苦笑しながら、「簡単に言ってくれるなァ」とつぶやいて、ずり下がったメガネの位置を指で直す。

 そんなやり取りを見て、折倉も声を出して笑っていた。



     ○  ○  ○



 やがて、木曜日の放課後が訪れ、講堂に各学級代表が召集された。予告通り、割り当てられている作業の進捗報告のためだ。

 委員会の開始時刻は、先週と同じ。この日も掃除当番とかじゃなかったから、六時限目が終了すると多少手持ち無沙汰になる。


 それで、ふっと早瀬が以前に言っていたことを思い出した。


 実行委員会がはじまるまでは、図書室の自習コーナーに居る――


 あの子は、そんな話をしていた。

 帰りのSHR後、机の中身を通学鞄に移してから、教室の中を見回してみる。

 すでに早瀬の姿は見当たらない。もう席を立って、出て行ってしまったのか。



 時間を持て余していたことと、好奇心も手伝って、俺は教室を出ると図書室へ向かった。

 蒼羽台東高校の図書室は、東棟四階にある。

 入り口の引き戸を潜り、貸し出しカウンターの前を通過して、奥へ踏み込んだ。

 自習コーナーは、辞書や社会科資料の棚の先で、複合機が置かれた場所の傍だ。窓からは遠く、やや薄暗い一角に入ると、衝立付きの机が一〇席ほど並んでいた。

 二列に連なる机の周囲を、ぐるりと巡ってみる。


 ……見付けた。

 早瀬がPCの前に座り、マウスを握っている。

 裏側の列、奥から三番目の机だ。うっかり見落として、素通りするところだった。


「よう、やっぱりここに来てたんだな」


 背後から声を掛けると、早瀬の細い両肩がびくっと震えた。一、二秒挟んでから、黒髪ロングの頭部がゆっくり振り向く。

 怯えるような、しかしどこか恨めしそうな瞳が、こちらを睨み付けてきた。


「……こんなところに来て何をしているの、遠野くん」


「こんなところってことはないだろ、先に来ていたのはそっちの方なのに」


 俺は、手近な机の椅子を引き出し、早瀬の横で腰を下ろした。


「質問の答えになってないわ」


「先週、早瀬は講堂へ行く前まで、図書館に居るって言ってただろ。だから、来てみた」


「――なぜ?」


「委員会の開始時刻まで、俺も暇潰しがしたかったから。まあ、邪魔だって言われれば、すぐにでも退散するし、もう二度とおまえを探してここに来たりもしないけど」


 続けて返答してやると、早瀬はこちらを胡乱そうに()めつ(すが)めつしてみせた。そののち、「ふうん。別にいいけど……」とつぶやいて、正面の自習机へ向き直る。

 共通の趣味を持つ人間と見做し、警戒レベルを引き下げてくれたのだろうか。


 物は試しと、隣から衝立越しに顔だけ出して、早瀬がPCで何を閲覧しているのかを覗いてみる。

 目に入ったのは、モニタいっぱいに開かれたブラウザ画面だった。寒色系のデザインで構成されたWebページは、俺もよく見知っている。

 漫画イラスト投稿系SNS「PiClub」のそれだ。


 思った通り、ここでWeb漫画を読んでいたらしい。

 早瀬は、マウスホイールを右手の中指で転がし、画面を上から下へスクロールさせていく。表示されている漫画のページが、それによって次に移った。


「これ、何ていうタイトルの漫画なんだ?」


 俺が訊くと、早瀬はちらっと横目でこっちを見た。黒目がちな瞳に一瞬、喜色めいたものが浮かんだように感じられたのは、気のせいだろうか。


「……『カエルコのヘヴィな日常』」


 へぇ、ちょっと変わった題名だな。

 とはいえ、ぱっと見た印象で言えば、キャラクターの絵柄は可愛らしく、作画自体も丁寧でこなれた作品だった。コマ割りもWebで読むことに最適化されているようで、全体に達者な雰囲気がある。


「描き手の人は、何か商業活動の経験があるのか」


「いいえ。純然たるアマチュアで、趣味で描いているそうよ」


「そうとは思えないほど上手いな」


「今の時代、創作の場におけるプロとアマの境界線は、酷く曖昧になっているわ。これぐらい描ける人は、探せば素人でも案外居るものよ」


「じゃあ、この漫画も有名で、人気があるのか?」


「……私が言うのもどうかと思うけど、それは微妙なところね」


 早瀬は、わざとらしく嘆息してみせる。どういうわけか、裏腹に口元には、かすかな笑みのようなものが浮かんでいるみたいにも見えたが。


「まあ、もちろん総合評点やブックマーク登録数は、一次創作の作品としてなら相当な高評価と言えるわ。けれど、少し内容的に人を選ぶような、尖った要素があるのよね。――以前、日間ランキングには、一、二度入っていたことがあると思うんだけど」


「日間ランキングでだけ? 週間や月間のランキングでは?」


「日間だけね。もっとも、外部のレビューブログやSNS、それに掲示板なんかでは、多少話題になった時期もあったと思うわ」


 日間ランキングで一度か二度だけか……

 それじゃ、俺がわからないのも無理はない。毎日欠かさずPiClubのランキングをチェックしているわけじゃないからな。

 年間入りとは言わなくても、せめて月間ランキング入りしているぐらいの作品なら、タイトルだけでも見掛けたことはあるかもしれなかったのだが。


 ちなみに俺は現在、基本的にレビューブログや掲示板の類を見ないことにしている。

 短文投稿SNS(ツイッター)は、登録こそしているけど、好きな漫画やラノベに関する公式ものとか、国内外のサッカーチームの他は、数人の本当に気心知れた人物のアカウントぐらいしか、フォローしていない。ログインするのも、一日一回程度だ。

 そういう場所へ無用に出入りしていると、知らないうちに「アンチ」っぽい発言を目の当たりにしてしまって、不愉快になるからである。


「このWeb漫画、人を選ぶような要素があるって言ったよな? それは、どういう部分なんだ」


「そうね、ストレートに言ってしまえば――」


 早瀬の黒目がちな瞳が、きらりと輝いた。


「登場人物の大半が、()()の擬人化キャラなのよ。主人公の女の子だけは、カエルの擬人化キャラだけど」


「……そ、そりゃあ、また個性的だな……」


 どうして、そんなに攻撃的な設定で突っ走っちゃったの……。

 さすがアンダーグラウンド作品と言うべきか。


「その個性的なところが、Web投稿作品のいいところじゃない」


 対する早瀬の主張は、静かな口調だが力強い。

 いやまあ、損得勘定抜きの創作が許されている場では、たしかに野心的な挑戦と触れられる機会が多い部分も、魅力の一種ではあるだろう。


 それにしても、ヘビ擬人化ね。ヘビ、ヘビ、ヘビ……。

 ――ん? ひょっとして。


「そういえば、早瀬がこないだのクジ引きで、ヘビの動物カードを引いた理由って」


「ええ、このWeb漫画にハマっていたからよ」


 あっさり肯定の回答が得られた。

 それで「最近、ヘビがけっこう気に入っているのよ」って言ってたんですか……。


 最初の実行委員会で一緒になったとき、なぜ早瀬が「ヘビの動物カードを選んだ理由」をたずねてきたのかも、ようやく推察できた。

 俺たちは、本屋の『天高』が売られていた場所で、以前にも顔を合わせている。

 それを踏まえて、早瀬はひょっとしたら、俺も自分と同じ理由でヘビを選択した可能性を想像したんじゃなかろうか――

 俺こと遠野遥輝も、Web漫画に詳しい同好の士ではなかろうか、と。


 その通りなら、そりゃーとんでもない買い被りというか、いくらなんでも先走った思い過ごしだ。

 けれど、あのときのやり取りからすると誤解じゃない気がした。



「早瀬は、Web漫画が好きなんだな」


 今更だが、会話していて明確に把握した。

 早瀬は、あの『天乃河麗華は意識が高い』のことも、少なくともWeb連載時には好きだった、と言っていた。それもまだ、大した注目を集めていなかった頃からだ。

 そして、『カエルコのヘヴィな日常』についても同じように。


 この子は、そういった未発掘の原石とでもいうべき作品を探し当て、ひっそり追い掛け続けているらしい。

 各種の情報交換場所を利用したり、投稿サイト内の検索機能を活用したりするとしても、それは投稿サイトのランキング上位に表示されている作品を、ピンポイントで漁っていくのとはわけが違う。

 頻繁にPiClubを閲覧していて、Web漫画やイラストが好きな人物でなければ、常にフレッシュな投稿作と出会うことはできないはずだ。



「ええ、もちろんWeb漫画を読むのは好きよ」


 早瀬の面持ちは、()も「愚問だ」と言いたげだった。


「他にも、同人誌の漫画を読むのも好きだけど。――特にコミバケじゃなく、コミレアに出展しているような、一次創作系サークルの作品は」


「……コミレア、って何のことだ?」


 何やら、話題の難易度が急に上昇したので、つい鸚鵡返しに訊いてしまった。


「同人誌」ぐらいは、俺にも一応理解できる。自費制作の出版物だよな。

 で、「コミバケ」というのは、何度かニュースで聞いた記憶があるけど、同人誌を頒布している国内最大のフリーマーケットのはずだ。正式名称は、「コミック・バケーション」だったと思う。

 だが、「コミレア」っていうのが何のことかは、さすがにわからない。


「コミレアは、オリジナル作品特化型――つまり、一次創作自主制作作品限定(オンリー)同人誌即売会のことよ。同人誌を頒布するフリーマーケットの一種、という意味においては、コミバケと同じ」


「……はあ、なるほど」


 実は、説明されてもあまりよくわからなかった。

 でも、とりあえず何となく相槌を打って、先をうながす。


「いずれにしろ、Web投稿作品とか同人誌だとか……私はそういう、本質的に見返りを求めない、作り手の純粋な想いを原動力に描かれているものが好き。わかるでしょう?」


 早瀬は、ちょっとだけ熱っぽく話してから、こちらにも同意を求めてきた。

 いつものように真っ直ぐで、真面目そうな瞳だ。自分の正義を固く信じ、決して疑っていない、清教徒みたいな顔つきに見える。


 けれど、その価値観には咄嗟に賛同すべきかわかりかねて、俺はただ「……なるほど」と、もう一度繰り返すことしかできなかった。

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