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10:誰かの想いと、純情の在り処。

 初回の実行委員会は、まさしく型通りというべき内容だった。


 生徒会の副会長が進行役を務め、簡単な挨拶のあと、各学年各クラスの代表者に欠席がないかを確認するところからはじまった。そして、書記や会計の手を借りつつプリントが配布され、記載の文面が読み上げられていく。

 この委員会の簡単な主旨、文化発表会当日までに必要な準備などが説明され、いったん質問を受け付けたのち、学級代表にクラス単位で今後の作業が告げられた。


 尚、その割り当てについては、協議で分担が決められたわけじゃなく、あらかじめ生徒会側が用意してきた計画書に沿って、一方的に言い渡された恰好だ。

 要するに「キミんとこはコレやっといて、お願いねっ☆」って感じで、クラス毎に仕事を依頼されたわけだ。一応、担当の作業に不都合があれば相談に応じる、とは言っていたものの、基本的にこちら側の発言権はない。

 やっぱ完全に単なる雑用係じゃねーか。



 ともかく、俺と早瀬も(不本意ながら)その雑用のひとつに携わることになった。

 生徒会から指示された作業は、「立て看板作り」。

 校舎中央棟の昇降口付近に設置される、道案内も兼ねたものを作成しろ――という指令である。ご丁寧に、工作にあたっての設計図も手渡された。


 この日の委員会は、そういった分担が学級代表毎に与えられて終了した。

 週明けの放課後から、クラス毎で指定の作業に取り掛かるそうだ。ひとまず三日ほど、生徒会が割り当てた通りに進めてみて、来週木曜日に講堂で再度集合し、各代表が進捗状況を報告せねばならないらしい。


 改めて、とんだ貧乏クジを引かされたもんである。




     ○  ○  ○




 そんなわけで、次の月曜日。

 六時限目が終了してから、俺と早瀬は学校の技術工作室へ篭もることになった。


 ただし、密室で二人きり……というわけではない。立て看板製作を任されているクラスは他にもあって、その代表者ら数名も同じ部屋で仕事に携わる。

 まあ、技術工作室はけっこう広いから、作業場所は各々互いに離れているけど。


 製作用の資材は、室内後方の一角にまとめて積んであった。

 事前に生徒会がホームセンターに発注し、まとめて運び込んでもらったものらしい。

 設計図の指定に従って、その山から板材や角材、釘や金具を取り出していく。木材の類については、あらかじめ所定の寸法に加工してあった。最近のホームセンターでは、購入資材をカットしてくれるサービスがあるので、そのお世話になったのだろう。


 念のため、看板の足になる角材の長さが違っていないか、板材に歪みが生じて曲がっていないかなど、ざっと見て検めておいた。概ね問題なさそうだ。

 それから、紙やすりやスポンジやすりを使って、木材の表面を軽く磨いていく。塗装前の下準備だな。

 俺がやすりがけしているあいだに、早瀬はペンキの缶を開けて、刷毛やローラーを床に並べはじめていた。



 ……それにしても、思いのほか静かだ。


 いやまあ、真面目に取り組んでいる証拠ではあるのだが、何かこう、あまりにも淡々と作業し続けていて、微妙に空気が張り詰めている感覚すらある。

 学校行事の居残り作業って、こんなノリで仕事するもんなのか? 

 

 と、若干違和感を覚えて、他の学級代表のペアが看板作りしている様子を、手の動きを止めることなく窺ってみた。

 なんだか、楽しげな話し声が聞こえてくる。


「――きゃっ。ヤダ~、白いペンキが撥ねて制服に着いちゃったぁ」

「大丈夫? これ、水性ペンキだから、一応ぬるま湯で落ちるはずなんだけど」

「えっ、そうなの。でも、生地まで色落ちしないかなあー」


 ……他所はメチャクチャ和気藹々(わきあいあい)としてんじゃねーか。

 青春か。あれが青春なのか。


 次いで、我らが早瀬さんの方にも、ちらっと視線を送ってみる。

 ペンキの缶を用意し終え、どの順番で木材を塗装していくか、手元の設計図で確認しているらしかった。真剣な表情だった。やはり真面目だ。

 真面目な女の子は、個人的には好感が持てる。

 でも、こんな無言で作業してんの、この部屋じゃ俺たちだけなんじゃないの……。


「――えーっと。なんて言うか、アレだ」


 俺は、この妙な沈黙が居心地悪くなって、やすりがけしながら口を開いた。

 特に用件があって切り出したわけじゃないので、どんな言葉を続けようか、少し迷う。

 とはいえ、早瀬に訊いてみたいことなら、何もないわけじゃない。それどころか、複数ある。答えてくれるかどうかは別としても。


「早瀬は、読書が趣味なのか」


 問い掛けると、早瀬は設計図から視線を外し、顔を上げた。訝しげな面持ちだ。

 話題に持ち出すのが唐突すぎて、警戒されただろうか。


「……どうして?」


「いや、二度も駅前の本屋で会ったし、このあいだも委員会の時間までは図書室に居た、って言ってたから」


 やや取り繕うような言い方になってしまった。

 けれども、すぐに早瀬は「ああ……」と、合点したらしく首肯する。


「活字を読むのは嫌いじゃないけど、別に読書家というほどじゃないわ。――図書室でも、自習コーナーでネットしていただけだし」


「早瀬は、スマホ持ってないのか? ネットだけなら、それでも充分だと思うが」


「PCモニタの方が、画像を閲覧するには細部まで見やすいからよ」


 ……ははあ、何となく察しが付いてきた。


「先日、『八神堂』で会ったとき――」


 俺は、周囲を気にしながら、ちょっとだけ声を潜める。

 ここから先が、ある意味で本題だ。


「お互い、A5判の漫画棚の前に居たよな。早瀬は、Web漫画に詳しいのか?」


 あの棚は、週刊漫画雑誌の単行本が置いてある場所ではない。

 A5判というサイズは、主に月刊連載の四コマ漫画とか、美少女系のマニアックな漫画などが単行本化される際に、しばしば用いられる判型だ――

 そして、元々Webで連載されていた作品が紙媒体になる場合にも。

 面陳されていた『天乃河麗華は意識が高い』などは、その典型的な例である。


 加えて、早瀬はネットするにあたり、スマホではなく、あえてPCモニタで画像を閲覧したかったのだと言う。大きな画面なら、それだけ細部まで見易いからだ。

 そうしたこだわりを持って、この子が閲覧していたものとは何か。

 書店での件と合わせて考えれば、自然と答えにたどり着く。


 ところが、早瀬の返事は、直線的ではなかった。


「――さあ、どうかしら」


 俺は一瞬、この子も自分と同じ――

 いわゆる「隠れオタク」に類する人間で、自らの嗜好が露見するのを恐れているのだろうか、と連想したのだが、そういうわけではないみたいだった。


「私なんて、それほど詳しいわけでもない方だと思っているけど」


 Web漫画が好きであることは、否定していない。

 それどころか、こりゃ相当詳しい人間のリアクションなんじゃないか。


 ネットの世界は広大だ。SNSなどを覗けば、どんな分野にも常人が及びも付かないような、圧倒的な知識量を保持している人物が存在する。

 なので、殊に趣味の世界では、「上には上がいくらでも居る」という事実を知る人間ほど、安易に自らを誇ったりしないものだ。



 そんなやり取りを続けているうち、やすりがけも一通り済んだ。

 次は、ペンキで塗装だ。

 早瀬が床に新聞を敷いてくれたので、そこへ板材や角材を置いていった。

 まずは、上に向けた面から塗料を着色する。


「……早瀬は、以前に」


 床に座り込むと、俺はローラーで板材にペンキを擦り付けはじめた。


「好きな作品が売れるようになって、ファンにとっていいことなんて何かあるのか――そう言っていたよな」


「そういえば、そんなこともあったかもしれないわね」


 早瀬は、同じように刷毛で角材に塗装している。返事はしても、視線は手元に向けられたままだ。


「あれは、どういう意味だったんだ」


「そのままの意味よ」


「――つまり、『好きな作品が売れるようになっても、ファンにとっていいことは何もない』と……?」


 世の中には、あえてマイナーな(売れない)ものを好む層が居る。

 いわゆる「マイナー作品至上主義者」とでも呼ぶべき人々だ。


 単純に世間の流行が肌に合わないとか、流行物(はやりもの)に飽きて売れ筋から外れた作品しか受け付けなくなったとか……

 そうなってしまう要因は様々だろうけど、メジャーなものよりもマイナーなものを嗜好する人間は、少数派ながら必ず存在する。

 主張からすれば、この子もそういう層に属すのは間違いない。


 早瀬は、やや前傾気味の姿勢で床に正座していたのだが、いったん背筋を伸ばして、上体を起こした。

 刷毛を傍らの缶へ入れ、塗料を先端に含ませる。途中でペンキが足りなくなったらしい。


「まったく何もない、とまでは言わないけど」


 ひと息入れつつ、早瀬はこちらを見た。

 だが、すぐにまた作業へ戻る。



「ただ、人気が出て、売れてしまうと、そこにもう純粋(ピュア)な想いはないわ」



 …………。

 ぴ、ぴゅあな想い、ですか……? 


 俺は、言葉の意味を、咄嗟には理解し損ねた。

 それでつい、ローラーを転がす手を止めて、早瀬のことを眼差す。

 黒髪のクラスメイトは、現在も至って真剣な顔で塗装作業中である。やはり真面目だ。

 どうやらジョークのつもりはないようだった。


「売れると、どうして純粋じゃないんだ」


「売れるということは、世間一般の需要(ニーズ)を取り込む、ということでしょう。最初は違っていたとしても、売れることを志向すればするほど、創作物の作り手側はそういう意識に囚われざるを得なくなるわ」


 早瀬は、角材の一番上の面を塗り終えると、横に倒して別の面を上に向けた。

 それから再度、刷毛をペンキの缶に付ける。


「遠野くん。作業が止まってるわよ」


「お、おう。すまん」


 眺めていたら、注意されてしまった。

 これは俺が悪い。しゃべりながらでも、作業は怠けないようにしないと……。


「……そうやって、人気取りを優先していく――すると、作品はどんどん最大公約数的で、大衆迎合的なものになっていくのよ。一番最初に作品に託されていたはずの心、真っ直ぐで混じり気なかったはずの想いが、やがては濁り、(けが)れてしまう」


「だから、人気が出たら純粋じゃなくなると?」


「私は、自分が好きになったものには、歪んで欲しくないの。私がそれを好きであるのと同じように、その作品自体にも――作り手の、それがただひたすら()()だから手掛けているんだっていう、見返りを求めない、愚直な心が込められていて欲しい。そのためにも、売れて欲しくなんかないのよ」


 相変わらず刷毛で角材を塗装しながら、早瀬はそこまで一気に話し続けた。

 やがて、二箇所目の面も塗り終えると、刷毛は傍らの容器に立て掛け、別の木材を手元へ引き寄せる。先に塗装したやつは、いったんペンキの乾燥を待たねばならない。


 次の作業に取り掛かる前に、ほんの少しだけ早瀬は(まぶた)を伏せた。

 俺には、それがどこか物憂げな表情に見えた。


 ――そして、小鳥が鳴くように囁く。



「売れてしまうと、そこに純粋な想いが本当にあるのか、わからなくなってしまうから」

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