時空と作戦
あまり時間的余裕が無くて、誤字脱字あるやもしれません……
その時はご指摘頂けると有り難いです。
ぐごおぉおん……
遠くで地鳴りのような音が腹に響く。
「思いの外早ぇな……」
『っ?!』
「な、なんですか? 突然?」
辺りをきょろきょろと、凄まじい勢いで首を振りつつ腰を浮かすレックス。
仔ドラゴンを守る為の作戦会議中。遠くから断続的に聞こえてくる爆発音に続く地鳴り。
柔らかな緑の絨毯に円を描く様にして座り込んでいた五人(三人と二匹?)だったが、ろくに話をする間もなく辺りを警戒するハメになった。
耳の良いテフラは、遥か遠くに聞こえる音の中に身の危険を感じたらしい。素早く反応するとヘイズの胸元に飛び込んだ。……後ろに回り込む余裕もなかったようだ。
「ちょっ、テフ、落ち着け!」
シャツの胸元から無理矢理入り込んだテフラをなだめるようにしながら、目線をライアに送る。
ライアも思わぬ衝撃に腰を浮かし、何かに思い当たった。
「ちょっとコハク! この空間……時間操作はしてるんでしょうね?」
『む……』
「時間操作……?」
ライアの問いかけに考え込むコハク。彼女が発した単語に疑問符を投げかけたのはヘイズ。
『むむ……ううぅん……』
考え込む……というより思い出そうと首を捻り唸る。身体が大きい分、そんな仕草もダイナミックだ。
「空間術と並行して使われる術のことよ」
コハクが捻る首から逃げるように場所を移動するヘイズに、ライアが答える。
「今いるこの空間がそうだけど、現実世界とは次元が違うでしょ? 無理に別の空間をひねり出す術なのよ」
「ん? それと時間操作って……?」
『あっ、分かった!』
「お前どっから顔出してんだ……つーかそんなとこで落ち着くなよな……」
突然復活したテフラが会話に混ざる。
ヘイズが突っ込んだ彼の居場所は、いつもの定位置ではない。定位置(頭の上)から少しばかり下方、シャツの襟元から顔だけ出している。
……下を向こうとするとテフラの頭に顎が直撃するので、ヘイズは微妙な角度を器用に保っている。
「さすがテフちゃんね」
『えへへー』
「悪いけど俺にも教えてくんない?」
若干半眼になって呻くように、ヘイズ。
『えっとね〜………………』
「……?」
説明しようと口を開くテフラ。が、続く言葉が無い。何となく察していたのか、ヘイズは軽く溜め息をついてライアの言葉を待つ。
「ふふ、言葉じゃ難しいわよね? 私も上手く説明できないんだけどね……空間をねじ曲げることによって生まれた時の矛盾を調整する術、って言ったら分かるかしら?」
ライアが端的にまとめた説明で、ヘイズはピンときた。
「例えばの話、この空間に一日いたら、外の世界では何日も過ぎてた、とか、そういうことか?」
例え話を考えながら、ヘイズの顔が若干青ざめる。ライアが重々しく頷くと、その顔は更に色を失う。……ちなみにレックスは話についていけないらしい。相も変わらず挙動不審。
「ついでに言うと、時間が逆流することもあるらしいわ。つまり、過去にタイムスリップ」
「じょ、冗談……じゃ、ねーのか……」
ライアの真面目な顔を見て、自分のイメージが核心をついていることを知ったヘイズ。数回深呼吸をすると、恐ろしいスピードで適応し、諦めたように溜め息を一つ。
コハクが作り出したこの異空間と、現実の世界を行き来するのは、本来は術者であるコハクだけ。しかもコハクは幽体。悠久の時を生きているようなものだ。
本来、永い時を生きるドラゴン種族にとって、ヒトの時代が移り変わるのは些細な事象に過ぎない。この空間で眠り、起きて外に出た時にヒトの時代が一つ変わっていたとしても、大した問題ではないのだという。
『……すまんのぅ……ここに出入りするのはワシだけじゃから、すっかり忘れておったわい』
バツが悪そうに謝るコハク。
「忘れてた、じゃ済まないんじゃねーの?」
がしがしと頭を掻きながら、ヘイズが呆れた声を出す。さすがというか何というか……冷静だ。
「で? 実際どのくらいの時間経ってるとか予想できるのか?」
『ふぅ〜む……二、三ヶ月くらいじゃと思うが』
「アバウトだな」
「空間操作そのものがアバウトなのよね、我が師匠コハクは。さて、それが分かった所で、どうしたらいいかしらね?」
「外の世界で三ヶ月として……発掘現場がさらに広がってるのは想像に難くないな。ここの入り口辺りは岩だったから」
爆薬を使って岩盤部分を吹き飛ばそうとしていることも間違いないだろう。……ひょっとしたら、すでに自分たちが入ってきた異空間への入り口が、爆破されているかもしれない。
「ちょちょちょちょっと待って下さい、ヘイズさん!
入り口が壊されちゃったら、僕たち元の世界に帰れないんじゃないですかっ?!」
ここにきてようやく事態を飲み込んだレックスが、青白い顔をさらに青白く強調させて暑苦しくヘイズに迫る。
テフラが顔を出しているシャツの胸元を両手でわしっ、と握り締め、顔を近付けて喚く姿は、一種の恐怖感さえ抱かせる。テフラは声も出ない。
「お、落ち着け! いいから落ち着け!」
「だだだだって……っ」
レックスは顔面を鷲掴まれて押し戻されながら、尚も両手を振り回している。
その両手の巻き添えにならない位置に避難しているライアが、今度はレックスの後ろ髪を引っ掴んで、そのまま地面に引き倒す。……近い過去に見た光景。
「落ち着きなさい」
「…………っっ!!」
ひんやりとした冷気さえも感じさせるライアの一喝。……レックスだけでなく、周りの者もちょっとだけ凍り付いてしまったが。
「……打つ手はあるんだろ? ライア」
「まぁ……無くは、ない……わね……」
考えながら、歯切れの悪い返答。
『それって、この空間の入り口が破壊されていたって前提で、ここから出る方法のこと?』
ヘイズの胸元から顔だけ出して、レックスを視界に入れないように努力しているテフラ。
「そうね。異次元とはいえ、術が元になっているからね。術の構成を理解できれば、壊すのは簡単なのよ。問題は……」
「外の連中の勢力だな。人数、職業。それから発掘の進行具合。脱出できた時の、コイツの居場所をどうするか」
言ってヘイズは、目の前で踞っている仔ドラゴンに目線を送る。
『一緒に旅……は、やっぱり難しい?』
テフラが見上げた先にはヘイズの顎しかなかったが、ヘイズがどう答えるのか、予想は出来ているようだ。
「だろうな。お前はともかく、コイツじゃ目立ちすぎるだろ」
『だよね』
『……ガル……』
「あら、起きたのね」
返事をしたような絶妙なタイミングで、仔ドラゴンが目を覚ました。ゆっくりとした動きで辺りを見回しているが、そこはコハクの血筋なのだろう。怯える様子も警戒する様子も見られない。
「さて……」
ゆっくりとヘイズが腰を上げる。彼を目で追いながら、ライアもコハクも動き出した。
「レックス、立てるか?」
茫然自失状態のレックスは、無意識下の動きで差し出されたヘイズの手を素直に掴んで立ち上がる。
「ど、どうするんですか? これから……?」
「まずは入り口まで戻ってみよう。コハク」
『うむ……現状の確認じゃな?』
「ああ」
ここに来た時には術を解く必要があったのだが、帰りは必要ないようだ。コハクの背に乗るメンバーに、仔ドラゴンが加わった。
「まずいな……」
「完全におかしな空間になってるわね……コハク!」
『むっ……すまん……』
風の結界を纏いつつ、宙空を漂う格好になっている一行。
入って来た場所には奇妙な建物や生き物、植物、例えが困難な代物が積み重なるように蠢いている。上下左右の判別も、気を抜いたら無くなってしまいそうな空間が形成されていた。
『うわぁ……何あれ』
テフラの感想がこの状況を簡潔に表現していた。
「どどどどどうなってるるんですかかか?」
「あら」
噛み合ない上下の顎を必死に合わせ、レックスが半ば叫ぶように聞いてくる。……異空間に取り込まれる一歩手前。彼の身体が奇妙に歪んでいるのを見て、ライアが間の抜けた声を出した。
「お前は……しっかりコハクにしがみついてコイツ抱いとけ! 絶対に離すなよ」
無理矢理レックスの腕を掴んで引き戻しながら、ヘイズが喝を入れる。ヘイズが掴んだことで、危うく飛びそうだった彼の意識が、コハクの背と仔ドラゴンに向かう。
一点集中。
己の身体の感覚さえ不安定になる異空間。他の確たる『何か』に意識を集中することで、自分自身を保つのだ。
『さすがだのぅ、精霊使い』
「……その呼び方、あんまり好きじゃねーんだ」
『ふぉふぉふぉ……そうか』
何処か嬉しそうなコハクの声。
彼らはコハクの背で、異空間を見下ろす位置。
「外の連中は入って来てないのか?」
「そのようね……こちらからだとアレに吸い込まれるけど、向こうからだと吹き飛ばされたんじゃないかしら。でも」
「妙な好奇心剥き出して近付いてくるな」
『どうすんのさーっ?!』
暢気に状況を解説している二人に、テフラが慌てた声を出す。
「ライア、取り敢えずこの空間から出よう」
「分かったわ……仕方ないわ、ね」
『ちょっと待て、ライアよ』
黙って聞いていたコハクが、ライアの動きを制する。
「何よ?」
苛立寸前の声を上げたが、それ以上は言わず、コハクを促す。
『うむ。……今後のことを考えてじゃな……見ておれ』
コハクが念じる。翼を強く広げ、雄大になびくヒレのような尻尾を一振り!
――と。
『きゃあああああっ?! 何これなにこれぇっ?』
何故かテフラが悲鳴を上げた。
お読み下さりありがとうございました!
テフラに一体何が?! 番外編ですし、いい加減そろそろ収束させていきますね。
感想等頂けると嬉しいです。




