出会いと困惑
皆様今日は、芹沢一唯です。
久し振りの投稿は、以前こちらに投稿させて頂いた、Nakid-Geniusの番外編です。読まなくても話は分かるかもしれませんが、その続きという形で描いていますので、そちらも宜しくお願いします。
感想やご意見、批評などありましたら、他の作品ともども宜しくお願い致します。より良い作品造りの為の糧とさせて頂きます。
少しでも楽しい時間となることを祈りつつ……宜しくお願い致しますm(__)m
クリス達の街をあとにして数日が経っていた。のどかな街道の風景は相変わらずだったが、街道脇には旅人向けの食堂や宿が点在するようになってきていた。
「この辺りには店が出てるんだな」
何気なく辺りを見回しながら、ヘイズが誰にともなく呟く。その声は、少し後ろを賑やかにお喋りしながら歩く女性の姿が。女性の傍には小さな火の精霊がいるはずだが、今は街道を行く人々の視線から逃れるように姿を消している。……姿が見えていようがいまいが、女性・ライアの口調はいつもと変わらないのだから、やはり怪しい人を見る無遠慮な視線は、確実に集めてしまっている。ヘイズは、そんなライア(と、姿を消しているテフラ)とは少し距離を置き、自分は無関係である風を装っている。時々ライアが彼のマントを引っ張りながら話に引きずり込もうとしているため、ヘイズの作戦はすでに大半が失敗に終わっているのだが。
「そういえば、この先に奇妙な噂が流れてるわよ」
「噂? またかよ……」
『またって何さ! 今度こそ僕の仲間に関係してるかもしれないのにさ!』
頬をぷうっと膨らませて、テフラが抗議する。噂の内容ならば、テフラの良すぎる耳にも届いているはずなのだが。
「今回はどんなんだ?」
半ば諦め気味の口調で、ヘイズが促す。それに答えたのはライアだ。ブラックドラゴンも、テフラに負けず劣らず耳がいいらしい。
「この先、少し行ったところに小さな丘があるんだけど、筋骨逞しい男どもがこぞって掘り返してるわ」
「……はあ?」
ピンとこない。ヘイズは間の抜けた声を出していた。
「んん、人間のヘイズにはちゃんと説明しないとダメみたいね」
『そうなんだよ、いっつも面倒臭いんだから』
ライアに便乗したテフラが続ける。言ってしまってからさっと遠くに逃げたようだ。
「悪かったな。で?」
「ええ、最近発見されたらしいんだけど、遠い昔にはそこには大河があったらしいわ。何を思ったのか、土に埋もれた元河の辺りを掘り返してたら、そこから宝石が出てきたらしいの」
「ほう、宝石か……。じゃ、みんなそれを狙って」
『一攫千金を狙うヒトは少なくないからね。うわっ!』
「捕まえた。……さっき何つった?」
『きゃあきゃあっ! ごめんなさいっ!』
近くで聞こえたテフラの声と気配を頼りに、ヘイズはテフラを鷲掴んだ。表情は柔らかく、こちらもただ楽しんでいるだけのように見える。だが、すっかり油断していたテフラは、びっくりしたのと同時に姿を現してしまった。……いつもなら、こんなことくらいどうとでも誤摩化せるのだが、今回は違った。タイミングが悪かった。
「あ、あのう……」
『!?』
後ろから遠慮がちにかけられた声に、三人とも同じような間抜けた顔で振り返る。ヘイズはテフラを掴んだまま。そして、振り返ったそのままでしばし硬直。
振り向いた先に居た相手は、どこにでもいそうなごくごく普通の青年。少し顔色が悪いのと、華奢な体つきの所為で貧相な印象は否めないが。
「あのっ、突然すみません。しばらく前から貴方たちの後ろを歩いていたのですが……」
「あ……そう」
ヘイズは何とも間抜けな返答。どのくらい前からだったのか。こちらを観察していたのだろうが、あまりの気配のなさに全く気付いていなかった。ということは、ライアが何もない空間に向かって話しかけていたり、何もない所から声がしたり、突然ヘイズが小さなフワフワの生き物を鷲掴んだことも見られていたのだ。……不覚。
見られてしまったものは仕方がない。ヘイズは巡った考えをすっぱりと切り捨て、その青年に向き直った。
「で? 俺たちに何か用なのか?」
「あ、いえ、あの……用というか……その」
はっきりしない。ヘイズよりも先にライアが痺れを切らした。……ライアも充分短気だ。
「言いたいことがあるならはっきりなさい! 人の行動を遮っておいて何様よ」
「はいいっ! すみません! では、単刀直入に言わせて頂きますっ! 好きになっちゃいました! 僕と付き合って下さい!」
半ば叫ぶようにここまで言い切ると、ライアに向かって深々と頭を下げつつ両手に持った小さな花を差し出した。
『……………………は?』
しばし時が止まったかのような、微妙な沈黙が流れる。
「ちょ、ちょっと待てお前……好きって……コイツを?!」
「ヘイズ、コイツって私のことかしら?」
「あ。あ、いやあの、名前も知らねえんだろ? 後ろから見てただけって……何で?」
ショックが大きかったのか、ヘイズも何が何だか分からない。ただただオロオロするだけのヘイズとテフラには見向きもせず、青年・レックスがライアに向かって滔々と語っている。曰く、こういうことらしい。
数日前、二人の姿を目撃したのだが、単に同じ方角へ向かうだけ、ただの通りすがりの旅人くらいにしか思っていなかった。だが何故か、後ろ姿しか見えなかったライアから目が離せない。気付くと、彼らと同じ食堂に入っては食事風景を眺め、同じ宿に泊まってはライアの姿を探すようになったのだという。
「お前……それ、おかしいよ」
「どういう意味かしら?」
「すいません」
正直な所を説明しようにも、ライアの鋭い目つきと突っ込みがあってはどうにもならない。ヘイズの決死の説得も不発に終わりそうだ。そんなことは露ほども気にせず、レックスはライアを褒めちぎっていた。後ろ姿の妖艶なライン、整った横顔、黒く艶やかな髪、食堂での食べっぷり、ヘイズへの凛とした態度等々……。
『ねえヘイズ、どうすんのさ?』
極力小声で、ヘイズの耳元でテフラが囁く。これならばライアには聞こえないだろう。ライアは褒められたことに気を良くしているのか、困ったことにまんざらでもないらしい。
「知らねえよ……俺色恋沙汰には縁ねーもんよ……」
すっかり参っている。ヘイズとテフラがどうしようもなく見守る中、ライアとレックスは距離を縮めてしまったようだ。不意に並んで歩き始める。
「あ、おいライア! 何がどうなったんだよ?」
慌てて追いかけるヘイズをちらりと横目で振り返り、ちょっとだけ肩をすくめてみせる。
「レックスったら、あたしにゾッコンらしいわ。どうやら目的地はこの先の発掘場所らしいから、同行しても構わないんじゃないかしら。……ストーカーされるのは勘弁だしね」
……へイズはちょっとだけホッとした。ライアもストーキングされていた事実を知ってくれていたのだ。彼女自身がレックスには何の興味も抱いていないことは確かだ。少なくともヘイズ達とは違う。これから向かう先で何があるにせよ、彼らが首を突っ込んだ出来事は、大抵の場合大騒ぎになるのだから、レックスがライアの正体を知るのはそう遠い未来のことではないだろう。
レックスには気の毒だが、ここはライアに任せ、二人はフォローに徹することに決めたらしい。ヘイズとテフラは無言で小さく頷くと、沸き起こる不安をそれぞれの胸に押し込んだ。