未来のBF
神谷先生と元カノが、抱き合っているのを目撃してしまった花帆。落ち込むばかりで、神谷先生のメールが来ても、返信できないままでー!!
花帆の恋は、どうなるのかー!?
「大丈夫か?岸谷ー」
叶多先輩が、優しくあたしの肩に手をやった。
「とりあえず、近くの席に座ろう」
誰も座っていない待合室の席を見つけると、あたしを誘導した。
「先輩ー。あたし、どうしたらいいんだろう……。こんな気持ちのままじゃ、家に帰れない」
瞳に涙が溢れそうになって、慌てて俯いた。
泣くくらい好きになっていたなんて、自分でもびっくりだ。
「落ち着くまで、俺がついてるから。泣きたい時には胸も貸すし……」
「ありがとう……」
先輩の言葉に、余計に涙が溢れてきそうになる。
「でも、あれだなー。先生も元カノも、まだ、お互い好きなのかもな」
「……やっぱり、そうなのかな?」
また、キュッと胸の奥が締め付けられる。
「じゃなきゃ、お互いあんなことするかな?」
そうかも知れない……。好きじゃなかったら、あんなことしないよね。
「でも、これでわかっただろう?もう、先生のことは諦めて、俺にしなよ」
先輩が、あたしの手を優しく握り締めた時、
「花帆ちゃん?」
いつの間にか、神谷先生が目の前に立っていた。
「先生……」
あたしは、慌てて先輩の手を払いのけてしまった。
「何だー。彼も一緒に来てた
んだ?」
先生は、先輩をチラッと見た。
「せ、先輩も、同じ病気だったから、あたしの気持ちがわかるみたいで、ついてきてくれてー」
「そうだったんだー?会うの2回目だったよね?えーと……」
「渡部叶多です」
先輩が透かさず、自分の名前を教えた。
「叶多君。学校で、花帆ちゃんが困ってることがあったら、助けてやって」
「岸谷のことは、俺が守るので安心して下さい。それに、これから健診日は、俺が付き添うしー」
先輩先生を睨みつけた。
「花帆ちゃんは、それでいいのか?」
先生は、あたしの顔を見た。
「……はい」
本当は、迎えに来てもらいたい。一緒にいる方法はそれしか思い浮かばない。
でも、萌さんのことが気になって、とてもそんなこと言えない。
「……わかった」
先生は、そっと頷いた。
「そもそも、医者が迎えに来るなんて、えこひいきしてるとしか、思えないんだけど」
叶多先輩は、ボソッと呟いた。
「えこひいきって、そんなつもりじゃ……。他の患者さんにも同じく接すると思うし。でも、花帆ちゃんは、ほっとけないと言うか……」
えっ、それって、どういう意味?
「いたいた!由宇」
その時、萌さんが急いでこっちに歩いて来た。
「萌……。どうした?」
神谷先生は、萌さんの方を振り向く。
「これ、忘れ物!」
一冊のファイルを先生に渡した。
「おっと!そうだった。サンキュー」
御礼を言うと、先生はファイルを受け取った。
「あら?花帆ちゃんー」
萌さんは、少し眉を潜めた。
「……??」
何だろう。あたしの顔に何かついてるのかな?
「岸谷ー。電車の時間もあるし、そろそろ行こう」
先輩は、立ち上がるとあたしの手を掴んだ。
「う、うん……」
あたしも立ち上がる。
「花帆ちゃん。また、メールしてもいいかな?」
先輩の後について行こうとした時、神谷先生が、慌ててあたしに言った。
「は、は……」
一瞬、返事をしようとしたけど、あたしは慌てて言葉を呑み込んだ。
あたしと先生が一緒にいただけで、萌さんの様子もおかしいのに、メールしてもいいなんて言えやしない。
「さようなら!」
あたしは、背中を向けたまま挨拶をすると、先生から離れた。
病院を出て、駅につくと、何だかふいに胸が苦しくなって、思わずあたしは、先輩の洋服の裾を掴んだ。
「先輩ー。あたし先生のこと無視しちゃった……。せっかく、メールくれるって、言ってくれたのに」
「あれで、よかったんだよ……。元カノだって、いるんだし」
先輩は、あたしの方を振り向いた。
「岸谷。先生のことは忘れて、俺と付き合おう!」
「先生のこと忘れる……?」
あたしの身体が、ピクッと反応して、心臓が凍りついたような感じになった。
「すぐに忘れられなくてもいいから、考えてくれないか?」
「……」
先輩と付き合って、先生のこと忘れることできるなら、そうした方がいいのかなー。
初めてのことで、戸惑ってしまう。
その時、あたしの携帯のメールの着信音が鳴り響いた。
相手は、神谷先生からだった。
ー勝手にメールしてごめん。何だか、花帆ちゃんの様子が気になったものだから。
先生は、あたしのこと、気にしてくれてるの?
メールを読んでいくうちに、先生が、さっき言っていたことを思い出す。
『花帆ちゃんは、ほっとけない』
あの時、萌さんが来ちゃって、どういう意味か聞けなかったー。
「岸谷、どうしたー。誰からだった?」
先輩が、あたしの顔を覗き込んだ。
「せ、芹ちゃんからだった……」
あたしは、慌てて携帯を閉じる。
何故か、先輩に嘘をついてしまった。
チャララ~!
また、メールの着信音がなる。
着信音を消し去るように、あたしは鞄の中に、携帯を押し込んだ。
「メール、見なくてもいいのか?」
「う、うんー」
あたしは、携帯を入れた鞄をギュッと掴んだ。
その夜、鞄に詰め込んだ携帯を取り出すと、メールを開いた。
ー今度の日曜日、仕事休みなんだ。よかったら、何処か行かないか?
……メールしていいなんて、返事しなかったのに、先生はどうしてメールくれるの?それに、誘ってくれてるしー。
萌さんを誘えばいいのに。
あたしは、返事を返そうかためらったけど、結局、返事を返さないまま日曜日を迎えた。
ピンポーン!
リビングで、テレビを観ていると、玄関のチャイムが鳴り響いた。
「花帆~!お客様よ」
玄関から、お母さんの呼ぶ声が聞こえてきた。
まさか、先生じゃー!?
あたしは、ドキドキしながら、玄関に向かった。
「オッス!これから、出掛けないか?」
「先輩ー」
玄関先で立っていたのは、叶多先輩だった。
「ちょっと、花帆!モテまくりじゃない~」
お母さんが、嬉しそうに、あたしの耳元で言う。
モテまくりってー。
あたしは、苦笑いをした。
「岸谷。出掛けるから、用意してきなよ」
叶多先輩が、笑顔で誘ってくれる。
「花帆。行ってらっしゃいよ!」
お母さんが、あたしの肩をポンと叩いた。
「でも……」
あたしは、少しためらった。
あれから、メールの返事は返してないけど、何だか先生が来るような気がしてならない。
「どうせ、暇でしょ?せっかく、来てくれたんだから、出掛けてらっしゃい!」
お母さんの勢いに負けて、結局、先輩と出掛けることになった。
玄関を出て、先輩と2人で出掛けようとした時、あたし達の前によく知っている1台の車が停車した。
「先生ー?」
思わず、あたしはボソッと呟いた。
思った通り、神谷先生が、車から降りて来た。
「花帆ちゃん。これから、出掛けるのか?」
「……」
返事を返さなかった分、何だか後ろめたい気分になってしまう。
「俺達、今からデートなので」
先輩が、グイッとあたしの肩を抱いた。
「だからか……。メールの返事が来なかったの」
「えっ!違います。それはー」
あたしは、慌てて否定しようとした。
「そんなの、元カノに気を使ってるからじゃないですかー?」
「気を使うって、萌に?」
先生は、キョトンとさせた。
「先生、萌さんと寄りを戻すんですよね?それなのに……、あたしとメールしたり、こうやって逢ってたりしてたら……」
自分の言葉に、ギュッと胸が締め付けられる。
「萌と寄りをー?そりゃあ、嫌いで別れた訳じゃないけど……」
やっぱり、そうなんだ……。じゃなきゃ、抱き合ったりとかしないよね……。
「じゃあ、どうして別れたんですか?」
あたしが聞けないことを、先輩がズバリと聞いた。
「高校卒業してから、お互い違う大学に通うようになって、すれ違いができて、結局、自然消滅みたいな形になったんだけどー」
自然消滅なら、萌さんはまだ、神谷先生のこと好きな可能性があるかも知れない。
「まだ、お互い好きだったりして」
あたしは、口からポロリとこぼれた。
「それはどうかな……」
「えっ……」
それって、もう気持ちがないってことー?
あたしの心臓が、ドキドキと高鳴る。
「それより、花帆ちゃん。彼と出掛けるんだろ?ごめん、邪魔しちゃって……」
先生は、すまなさそうに謝った。
あたしは、横に首を振ったけど、もう少し一緒にいたい。
「行こう、岸谷」
叶多先輩が、あたしの腕を掴んだ。
「花帆ちゃんー」
その後、先生が何か言ったみたいだけど、そのまま姿が遠ざかって行った。
「岸谷、新しくオープンしたカフェがあるんだ。寄って行かないか?」
叶多先輩が、近くのカフェを指差した。
見ると、住宅街の中にロッジ風のオシャレなカフェがポツンと建っていた。
こんな所にできたなんて、知らなかった。
あたし達は、カフェに入ると、窓際近くに座ることにした。
「あら?花帆ちゃん」
あたしが席に座ると、隣のテーブルに萌さんが座っていた。
「萌さんー」
あたしは、その場に立ち尽くした。
「彼、この前も、一緒にいたわね……。もしかして、彼氏?」 萌さんが、コーヒーを飲みながら、先輩をチラッと見た。
「ちっ、違いー」
あたしが、否定しようとした時、
「俺達、付き合っています」
思いがけない言葉が、先輩の口から出てきた。
えっ!どうして、そんな嘘つくの?
「やっぱり、そうなのね~!」
萌さんが、嬉しそうな顔をさせると、立ち上がった。
「花帆ちゃん。ちょっと、話があるんだけど、いいかしら?」
「……」
話って、まさか神谷先生のこと?
「俺、先に座ってるから」
先輩は、そう言って窓際近くの席に歩いて行った。
先輩がいなくなると、萌さんは、ほっとした顔をさせた。
「良かったわ。あなたに、彼氏がいて。てっきり、由宇のことが好きなのかと思ったからー」
「……」
「私ね、由宇のことが好きなの。だから、メールのやり取りや2人だけで逢ったりするのを、やめてもらおうと思っていたんだけど……、そんな心配する必要ないわね」
本当は、先輩とは付き合ってないのに。でも、萌さんの顔を見たらとても言えない……。
「せ、先生と寄りを戻すんですか?」
「私達が、付き合っていたの由宇から聞いたのね……。お互い嫌いで別れた訳じゃないし、私は寄りを戻したいと思ってるの」
萌さんは、真剣な顔で、私を見た。
「でも、由宇は、あなたのこと、いつも気にしているみたい……」
「えっ」
今度は、あたしの胸がドキッとする。
「でも、あくまで担当患者として心配しているだけだと思うの」
担当患者と言う言葉が、あたしの胸にグサッと突き刺さった。
「ごめんなさい。話が長くなっちゃって。彼氏が待ってるのに」
「い、いえ……」
頭を下げると、先輩が待つ席に戻る。
「先生の元カノ、何だって?」
先輩は、メニューに目を通しながら、聞いてきた。
「せ、先生と寄りを戻したいみたい……」
その後は、言葉が詰まってしまう。
「やっぱり、そうなんだー」
「……」
「さっきは、彼氏だなんて言ってごめん。でも、このまま嘘でも続けるのは駄目かな?」
先輩が真剣な瞳で、あたしを見た。
「嘘でもって……」
いくらなんでも、嘘で付き合うなんて、先輩に悪いしできない。
「嘘でも、俺は構わないから。段々に本当になっていけばいいし……。その方が、先生だって俺達に気を使って、さっきみたいに来たりしないだろうし、元カノと上手くいくかもな」
「……」
あたしは、辛いけど、その方が、先生にいつも気を使わせなくてすむのかも知れない。
あたしは、決心した。
「叶多先輩。あたし決めました!」
「じゃあー?」
先輩が、笑みを浮かべた。
あたしは、コクリと頷いて見せた。
「やったぁ~!」
先輩は、嬉しそうにあたしの手を握り締めた。
「か、叶多先輩ー」
いきなり、手を握り締められて、何だか戸惑ってしまう。
「ご、ごめん。嘘で付き合うにしても、嬉しくてついー」
「……」
これで良かったんだよね……。




