未来のBF
発作を起こしてからと言うもの、花帆は学校にも病院にも行くのが、臆病になってしまった。
でも、そんな中、周りの人の助けで、行くことができてー!?
「花帆。大丈夫?」
お母さんが、心配そうな顔で部屋に入って来た。
「だ、大丈夫……」
とても、発作起こしたら怖いから、学校に行けないなんて言えやしない。
「大丈夫って、言ってもね……。今日も病院に行ってきたらどう?」
「大丈夫。一昨日、行って来たばかりだし」
あたしは、横に首を振った。
「そう?じゃあ、お母さん仕事に行ってくるわね」
お母さんは、心配そうに頬に手を当てながら、部屋を出て行った。
一昨日は、お母さんが仕事が休みだったから、車で病院まで送ってもらったけど、いつもは電車に乗って行かないといけないので、駅の階段を上がるのも臆病になっていて、学校にも病院にも行く気にはなれないまま、学校を1週間も休んでしまった。
「今日は、行かないとやばいかな……」
さすがに、出席日数が足りなくなるよね……。
そう思ったあたしは、なんとか学校に行く。
階段の前で立ち止まると、恐る恐る一歩踏み入れた。
「どうしたの、大丈夫?」
止まり止まり階段を上がっていたら、背がスラッとしていて、爽やかな感じの男の子が心配そうにあたしの顔を覗き込んだ。
「あ、はい!大丈夫です」
慌てて笑顔で、返した。
「ならいいんだけどー。具合でも悪いのかと思った」
「あはは……。そう見えても仕方ないですよねー」
あたしが、苦笑いをした時、芹ちゃんが後から階段を上がって来た。
「おはよー、花帆!」
「あ、芹ちゃんー」
「どうしたの?こんな所でー。まさか、また発作?」
芹ちゃんも心配そうに、あたしの顔を覗き込んだ。
「違う違う。ちょっと、休んでただけだから」
あたしと芹ちゃんが話していると、
「なあんだ~。坂下の友達だったのか~」
と、男の子が言った。
どうやら、芹ちゃんのことを知っているらしい。
「叶多先輩!」
芹ちゃんは、男の子の名前を呼んだ。
叶多先輩って、芹ちゃんが好きな人ー。
「坂下。この子、どこか悪いのか?階段上がるのに、辛そうにしてたから」
「もともと、身体がー」
芹ちゃんが、説明しようとした。
「芹ちゃん、いいよ。あたしが言うからー」
あたしは慌てて、止めた。
初対面の人に話すのも、ちょっと気が引けるけど、心配そうにしている先輩に訳を話した。
「俺も中2まで、喘息だったから、その気持ちわかるよ」
「え!」
先輩も同じ病気だったなんてびっくりだ。
「今はすっかり良くなって、バスケができるようになったんだけどね」
先輩は、明るく笑って見せた。
「叶多先輩も病気だったなんて信じられないー」
芹ちゃんも、びっくりしている。
「無理しない程度なら学校だって行けるし、遊びにも行けるんだけどね。俺は軽い方だったけど、いつ発作が起きるか、びくびくはしてたなぁー」
石井先生にも、確実に良くなってるって言われたし。
先輩が治ったってことは、あたしにも望みがあるってことだよね……。
少し勇気が湧いてきた。でも、いつ発作が起こるかと思うと、病院にだけは電車に乗って行く自信がない。
しばらく、病院に行くのを、さぼってしまった。
「花帆!最近、健診に行ってないけど、大丈夫なの?」
今日は、日曜日。リビングのソファーでくつろいていたら、お母さんが、カレンダーに書いた予定表を確かめなながら言った。
「大丈夫……」
病気が治ったみたいに、最近、調子がいい。
「じゃあ、気分転換にお母さんと散歩に行きましょう~」
「え!やだよぉ~」
唇を尖らせたけど、お母さんは出掛ける支度を始めた。
あたしは、仕方なく一緒に出掛けることにした。
「近くの公園に行きましょう!あそこなら、空気も綺麗だし」
お母さんは、思いついたように、提案した。
近くの公園だと確かに、森林も多いから、あたしの病気にはいいかも知れない。
「お母さん。少しここで休むー」
あたしは、少し歩くと、だだをこねる小さい子供のように、ベンチに座り込んだ。
「じゃあ、少し休みましょう。自販機でジュース買ってくるわね」
お母さんは、いそいそと買いに行ってしまった。
それにしても、今日は休みともあって家族連れやカップルが多い。
池や遊具とかもあっるからかなー?
ぼんやり、景色を眺めていると、見覚えのある顔があたしの前で立ち止まった。
「あれ、花帆ちゃん?」
目の前に現れたのは、神谷先生だった。
「……」
一瞬、無言のまま神谷先生を見つめた。
「奇遇だね、こんな所で逢うなんて。あ、そうか!石井先生から聞いてる。家、この近くだって。最近、病院にも来ないから、石井先生も俺も心配してたんだ」
「ごめんなさい……」
申しわけなさそうに謝ったその時、
「花帆、お待たせ~!」
お母さんが、ジュースを抱えて戻ってきた。
「あら、こちらの方は?」
神谷先生に気づいて、あたしにジュースを渡そうとしていた手が止まった。
「神谷先生。いつもお世話になってる病院の先生だよ」
紹介すると、神谷先生は照れながら、
「まだ、研修医ですけどね」
と、苦笑いをした。
「あら!そうなの?」
神谷先生が、イケメンなものだから、お母さんが見とれてる。
「花帆ちゃん、また、発作が起こると大変だし、近いうちに健診においで」
近いうちにって言われてもなー。
病院まで、お母さんに車に乗せて行ってもらうのも、仕事があるから毎回、休ませちゃ悪い。かといって、電車で行くのもいつ発作が起きるかと思うと、行く自信がない。
「花帆、お母さんー。今度、休みとって病院に一緒に行こうか?」
あたしの気持ちを察したのか、お母さんが行ってくれだけど、あたしは横に首を振った。
「ううん……。お母さん、仕事と休まなくていいよ。身体の調子はいいし、病院に行かなくても大丈夫だから」
あたしは、ジュースの缶を開けると、グイッと飲み干した。
「いつも、そんなこと言ってて、全然、行こうとしないんだから……」
お母さんは、小さく溜め息をついた。
「花帆ちゃん。お母さん、心配してるみたいだし、良かったら病院に行く日は、迎えにこようか?」
「え!でも……」
あたしだけ特別扱いされてるみたいで、いくらなんでも、そんなことしてもらうなんて、申し訳ない。
「いいよ、遠慮しなくて。俺が休みの日とかの話だから」
神谷先生は、ケロッとした顔で言った。
「よかったじゃない!そうしてもらいなさいよ」
お母さんは、あたしの肩に手を置いた。
「う、うん……」
「じゃあ。携帯の赤外線で登録するね。何かあったら電話して」
神谷先生は、さっさと登録を済ませると、帰ってしまった。
何だか、流れで教えてもらうことになっちゃったけど、神谷先生、忙ししそうだしメールも電話も来ることはないと思う。 そう思っていたのに、お昼休みに思いがけず、神谷先生からメールが届いた。
ー石井先生から聞いたけど、まだ、健診に行ってないんだってね?石井先生、心配してたよ。
小さい頃から、石井先生に診察てもらってるし、心配するのも無理はない。
ー明日、休みだから、良かったら、家か学校まで迎えに行くよ。
「……」
こんなこと言ってもらって嬉しいけど、先生にそんなことしてもらうなんて悪くて、なかなか返事できないでいたら、携帯の着信音が鳴り響いた。
「花帆、電話!珍しい~。誰から?」
芹ちゃんが、興味津々の顔で携帯を覗き込んだ。
「お、お母さんみたいー」
あたしは、慌てて携帯に出た。
「花帆ちゃん?神谷だけど。さっきのメールのこと気にしなくて大丈夫だからー」
「でも……」
「実は言うと、石井先生にも連れてくるように言われてて……。明日、学校が終わったら迎えに行くから。じゃ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
あたしは、慌てて神谷先生を呼び止めたけど、電話は切れてしまった。
「花帆。何、慌ててるのよ~。あ、わかった!本当はお母さんじゃないんでしょ?」
芹ちゃんが、ニヤニヤしながらあたしを見た。
「あはは……」
あたしは思わず、笑って誤魔化してしまった。
それにしても、断られると知ってて、神谷先生の方から一方的に電話を切ったのかも知れないけど、本当に迎えに来る気なのかなー?
翌日の掃除の時間。あたしは、焼却炉にごみを捨てようと
した時、後ろからヒョイとごみ箱を持ち上げられた。
あたしが、びっくりして後ろを振り向くと、叶多先輩が立っていた。
「岸谷花帆ちゃん。ごみ、俺が捨ててあげるよ」
「先輩ー。ありがとうございます。でも、あたしの名前、どうして……?」
まだ、名前を教えてなかったはずだ。
「坂下から、聞いたものだからー」
「そうなんだ~」
あたしは、納得した顔で頷いた。
「その後、体調の方は大丈夫?」
先輩は、ごみを焼却炉に捨てながら聞いた。
「はい。でも、いつ発作が起こるかちょっと心配で……」
「発作かー。俺も、いつ起きるか心配してたな……。少しでも、呼吸を楽にするのに、常に複式呼吸とかしていたけど」
複式呼吸かー。
そう言えば、病院で先生に聞いたことがあったけど、上手にできなくて、あまり、やっていなかった。
「病気のこと、少しは力になれると思うんだ。困ったことがあったら、何でも言って」
同じ病気だった叶多先輩に言われると、何だか心強い。
「花帆ちゃん。こっちこっち!」
学校が終わると、門を出た所で神谷先生が待っていた。
あたしは、神谷先生が迎えに来るのか半信半疑でいたので、少しびっくりした顔をさせた。
「迎えに来るって言っておいたんだから、そんなに驚かなくても」
神谷先生が、苦笑いをした。
あたしは、神谷先生の車に乗せてもらい、病院に向かった。
「大人しいね」
運転しながら、神谷先生がチラッとあたしの顔を見た。
「……」
何だか、2人っきりだと緊張して、言葉が出てこない。
「わかった!久し振りの病院だから、臆病になってるのかな?」
「ははは……。ま、そんなところかなー」
あたしは、笑って誤魔化した。
「臆病になるなら、必ず健診に来ることだけど、来られない訳でもあったのかな?」
「……」
本当のことを言うべきかな?わざわざ、迎えに来てくれて、こうやって乗せてもらっているし。
あたしは、少しためらいながら、訳を話した。
「なるほど。そう言う訳かー。それじゃ、なおさら、不安がなくなるまで、花帆ちゃんのこと送り迎えしてあげなきゃな」
「え!そこまでしてもらわなくてもー。でも、どうしてそんなに、あたしのこと気にかけてくれるの?」
いくら、石井先生の患者さんだからって、そんなに親切にしてもらう覚えはない。
「石井先生が忙しい時は、花帆ちゃんが俺の第1号の担当患者になるしさ。大事にしないとな~と、思ってさ」
大事にって言葉に、何故かドキッとしてしまう。
「はい。到着~」
それから、いろんな話しているうちに、病院に到着した。
随分、診察に来る日が空いてしまったものだから、診察室に入るなり、石井先生には、また、発作が起きると大変だから、きちんと診察に来るように、念を押されてしまった。
「聞き覚えがある声がすると思ったらー。岸谷、坂下か」
1週間経ったある日のこと。
お昼休み、あたしと芹ちゃんが、屋上で仲良くお弁当を食べていると、屋上の建物の影で叶多先輩が昼寝をしていたらしくあたし達の喋り声に気づいてこっちに歩いて来た。
「叶多先輩!」
思いがけない所で、先輩に逢えて、芹ちゃんは嬉しそうな顔をした。
「岸谷、この間、言ってた本。今日、持って来てるから、部活も休みだし。帰り渡せるけど」
最近、叶多先輩とは、病気のこととかで、相談にのってもらうことが多くなって、叶多先輩が呼吸法の本を持っていると言うので、借りることになった。
「あ、はい。ありがとうございます!じゃあ、帰りに昇降口でー」
「わかった!じゃ、昇降口でな」
叶多先輩は、軽く手を上げると、教室に戻って行った。
「いいな~。花帆はー」
先輩がいなくなってから、芹ちゃんは羨ましそうに、溜め息をついた。
「どうしたの?芹ちゃん」
「だって、先輩と前より仲良くなってるし。先輩からも話しかけてもらえて羨ましいじゃない~」
芹ちゃんは、また、溜め息をついた。
「きっと、先輩も同じ病気だったから、同情してくれてるだけだよ」
「そうなのかな~?そうには、見えないけど。あ~あ、どうして、花帆ばっかりイケメンにモテるわけ」
芹ちゃんの顔は不満そう。
「モテるってー。そんなことないって」
「だって、研修医の先生にも、送り迎えしてもらってるし。いくら担当患者だからって、普通そこまでする?花帆に気があるのかもよ」
「……」
診察日に、神谷先生が休みの日や夜勤明けで時間ができた日とかには、学校や家まで迎えに来てくれることが多くなったけど、ちゃんと寝てるのかなって、心配になってしまう。
「はい。これ、どうぞ」
叶多先輩が、あたしに本を差し出した。
放課後、帰る準備をして、芹ちゃんと昇降口に行くと、叶多先輩が約束通り待っていた。
「ありがとうございます!」
あたしは、本を受け取れると鞄にしまった。
「先輩!良かったら、あたし達と一緒に帰りませんか?」
横にいた芹ちゃんが、恥ずかしそうに言った。
「そうだな~。せっかく、部活も休みだし、一緒に帰ってもいいけど」
先輩は、ためらいもせず返事をした。
芹ちゃんは嬉しそうな顔をしたけど、何だか、あたしはお邪魔のような感じがしてならない。
「芹ちゃん。あたし、トイレに寄ってから帰るから先に先輩と帰ってて」
とっさに嘘をつくと、また昇降口の中に入った。
芹ちゃんと先輩が、帰ったのを見計らって、あたしは外に出た。
芹ちゃん、上手くやってるかなー。先輩と付き合えるといいけど。
少しずつだけど、学校にも来られるようになったし。今まで病気で外に出られなかった分、恋をして彼氏も欲しい。
そんなことを考えながら、歩いていたら、前から自転車が突っ込んでくるのに気づいて、慌てて避けた。
上手く避けられたのは、良かったけど、あたしの呼吸が乱れ始めた。
ここのところ、しばらく調子が良かったのに……。
思わず座り込んでしまった時、
「大丈夫か!?」
あたしが苦しそうにしていると、叶多先輩が慌てて駆け寄ってきた。
先輩は、あたしの背中をさすりながら、呼吸のリズムを整えるように声をかけてくれる。
しばらくすると、段々と呼吸が落ち着いてきた。
「良かった!落ち着いてきて」
叶多先輩は、ホッとしながら、さすっていた手を離した。
「ありがとう……。でも、どうして先輩がここに?」
「岸谷が気になって、戻って来たんだ」
先輩がそっと、あたしを立たせた。
「え、でもー。芹ちゃんが」
せっかく、気を使ったのに何もならなかったわけだ。
「……どうしてそんなに、坂下のこと気になるの?もしかして、坂下が俺に告白するの知ってて、わざと俺達を先に帰らせたとか?」
ただ、気を使っただけなのに、思わずギック!っとさせてしまった。
でも、先輩に告白できないって言っていたのに、告白できたんだー。良かった~!
「やっぱり、そうなんだー。でも、坂下には告白されたけど、断ったけどさ」
「えっ……」
先輩に告白しても必ず、断られるって、芹ちゃんが言っていたことを思い出した。
「先輩は、芹ちゃんのこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「嫌いじゃないなら、どうしてー?」
芹ちゃんは、いつも先輩の話しをしていて、好きの気持ちが溢れていた。
「岸谷ー」
先輩が、真面目な顔であたしを呼んだ。
「俺、岸谷のことが好きなんだ!」
「えっ!」
思わぬ言葉に、あたしは目を丸くした。
「最初は、同じ病気だって知って、力になってあげたくて同情してた。でも、今は違う。君を誰にも取られたくない。大切にしたいんだー。付き合ってくれないか?」
先輩は、あたしを優しく抱き締めた。
「……!!」
男の子に抱き締められるのも、告白されるのも初めてで、どう言っていいのかわからず、ただ呆然とすることしかできなかったー。




