第二話
『臨時ニュースを御伝えします、臨時ニュースを御伝えします。帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり』
「……遂に始まったか」
古賀はラジオから流れる臨時ニュースを聞きながら日本酒を飲んでいた。ちなみに場所は横須賀のとある料亭で女将には一人きりにしてくれと頼んでいた。
(対潜や対空技術が開戦前よりもう少し上がれれば……たく、古賀より宮様に憑依させてほしかったな。それなら皇族の力も借りれたし工作機械ももう少し増やせる事も……いやもう遅いな)
古賀はそう思いながらコップに日本酒を注ぐ。今の古賀は御猪口でチビチビ飲むよりコップに入れてがぶ飲みしたかった。
(とりあえずは伊豆大島と茨城県の館山に電探の一号一型が設置されているし天龍も二一号電探を搭載している。帝都空襲の時には東京湾に停泊するのも手だな)
海軍は古賀の介入で史実より早く電探の整備をしていた。実験艦として軽巡夕張と護衛巡洋艦天龍に二一号電探が搭載され、ウェーク島の戦いの時に対空電探はその威力を発揮した。
そのおかげで六水戦の如月、疾風の喪失は免れたが史実同様に一回目の攻略は失敗する事になる。
(航空本部長の片桐に零戦の後継機、新型戦闘機開発を促したが……もう一回言いに行って尻に火をつけさせるか。それに陸軍にも面会をして技術者や工員の徴兵除隊をしないとな)
古賀はそう思いながら何時しか酔いが回り寝ていた。寝ていた古賀に様子を見に来た女将は苦笑しながら布団をかけるのであった。
そして開戦から一週間後、古賀は三宅坂を訪れた。
「これはこれは古賀長官殿、ようこそ参謀本部へ」
古賀を出迎えたのは辻政信中佐だった。
「急な来訪済みません」
「いえいえ」
古賀と辻は握手をして椅子に座り込む。
「単刀直入ですが辻参謀、徴兵に除隊者を出してほしいのです」
「ほぅ、除隊者ですか?」
「主に技術者や工員、物を作る者達の除隊です」
「理由をお聞かせ願いますか?」
「この戦争は総力戦です。武器は技術者がなければ生産出来ない。女子どもを動員して未熟な者では不良品の武器が出来てしまいます」
「……成る程。それは最もですな」
「戦が短期間で終わるなら徴兵も構わないでしょう。ですが長期戦になれば……」
「分かりました。直ぐに検討に入ります」
「ありがとうございます辻参謀。それともう一つ、今後の作戦で東南アジアは我が日本が占領するでしょう」
「そうですな」
「その時の軍政は寛容な軍政で強圧的な軍政にしないでもらいたい。それと石油や資源輸送は協力してもらいたい」
「寛容な軍政とは?」
「強圧的な軍政をしていれば米英のような事と変わりありません。彼等と違うという事を強調しなければなりません辻参謀」
寛容な軍政に辻参謀は少し悩んだが、後に今村中将がインドネシアでの寛容な軍政を支持する。
「資源輸送とは?」
「我が海軍は油が少ないので緊急に輸送する必要があります。勿論海軍籍ではなく陸軍籍の輸送船も護衛します」
「陸軍籍のもですか?」
「護衛に縄張り争いはありませんからな。勝つためです」
「………」
話を聞いていた辻参謀は面白い御方だと思っていた。辻参謀も古賀の事はそれなりに好評価していた。新型中戦車の介入は憤慨したが、一生懸命奮闘しているのを目撃していたので古賀を信用する事にした。
「分かりました。案件の事は直ぐに取り掛かりましょう」
こうして陸軍の徴兵から技術者や工員の徴兵は免れた。そして日本は史実通りに南方戦線を攻略してその支配権を握った。
古賀は三月九日に第一護衛隊と高速タンカー七隻、貨物船八隻をインドネシアに向かわした。輸送船団は台湾の航空隊の哨戒飛行を受けながら無事にインドネシアに到着して四月八日に日本に帰還する。
そして四月十八日、古賀は旗艦天龍と海防艦四隻と共に浦賀水道を航行していた。理由は対空対潜戦闘演習だった。
しかし、古賀にとってそれは表向きの理由で本当はドーリトル攻撃隊の阻止もしくは妨害である。
「古賀長官、茨城県の館山基地から緊急電です!!」
通信参謀が古賀に紙を渡して一目する。内容は正体不明の飛行物体約十数機が帝都に向かっている事が書かれていた。
「……敵だな(ちぃ、真正面からじゃなくて横からか。ドーリトル隊のはあまり詳しくないからな……後手になったか)」
「まさか……」
古賀の呟きに首席参謀の大井中佐はそう返した。
「開戦以来勝ちがないアメリカにしてみれば帝都への空襲こそが我々の心理を突くだろう。通信参謀、内地に平文で構わんから敵機来襲の電文を発しろ!!」
「は!!」
天龍は平文で敵機来襲の電文を発した。それを受信した内地は大慌てなのは確かだった。
「対潜警戒しつつ輪形陣で対空戦闘用意!!」
「対空戦闘用意!!」
「艦隊は東京湾に向かえ」
艦隊は天龍を中心に輪形陣を敷いた。ドーリトル隊は茨城県から侵入して帝都に侵入、帝都を爆撃した。
そしてドーリトル隊の十三番機のエドワード・E・マックエロイ中尉機は、房総半島の南部を横断して横須賀に向かったが古賀の艦隊に捕捉された。
「ジャップの艦隊を爆撃してやる!!」
マックエロイ中尉は輪形陣の中心にいた天龍を照準した。しかし、五隻の対空砲火は強烈であった。
「対空戦闘始めェ!!」
「撃ちぃ方始めェ!!」
艦隊に搭載された四〇口径八九式十二.七サンチ高角砲、ボフォース四十ミリ機関砲、二五ミリ対空機銃が一斉に火を噴いた。海上護衛総隊は練習航空隊や基地航空隊に要請して対空戦闘訓練を開戦前よりは元より開戦後も定期的にしていたので練度は高かった。
それを知らずに飛び込んだマックエロイ機は瞬く間に左翼を四十ミリで吹き飛ばされ、スパイラル回転をしながら海面に激突して墜落するのであった。
これにより大鯨の損傷は免れて史実より早い八月に就役する。このドーリトル空襲で日本側はほぼ史実の被害を被る。史実と違うのは敵機一機撃墜である。
ドーリトル空襲後、古賀は嶋田大臣から敵機撃墜の感状を送られた。飛行ルートに改装中の大鯨があったのも一因であった。
「……これでミッドウェールートか。その前に珊瑚海海戦だな」
事件後、古賀は料亭の一室を借りて飲んでいた。
「もっと戦史を調べとけばよかったな。浦賀水道からと思ってたが……」
古賀は史実より被害を少なくしようと奮闘したが結局はほぼ同じだった。
「……でもやるしかねぇか」
古賀は改めて決意した時、誰かが部屋の襖を開けた。
「古賀様、御代わりはどうですか?」
「あぁそうだ……」
古賀は襖を開けた女性に思わず見とれてしまった。華やかな着物ではないが、古賀の心にとっては燻る物があった。
「どうなさいましたか?」
「あ、あぁ何でもない。麦飯の御代わりを頼む」
「はい」
女性はそう言って茶碗に麦飯を注ぐ。
「新しく入ったのか?」
「はい、女将とは親戚で昨日から田舎から出てきました」
「歳は幾つになる?」
「今年で二二になります」
「そうか、頑張ってくれ」
古賀はそう応援した。女性は御辞儀をして部屋を出る。気配が無いのを確認した古賀は溜め息を吐いた。
「……惚れたわ」
そう呟く古賀だった。それから古賀はこの料亭に三日に一回の確率で訪れるのであった。
それはさておき、日本海軍は珊瑚海海戦で引き分けに終わったが攻略作戦は失敗しているので事実上負けである。
「ミッドウェーだが……どいつもこいつも腑抜けていやがる」
護衛総隊司令部でもMI作戦の話が流れていたが古賀は一喝して気を引き締めあげた。
「古賀様、次はミッドウェーとお聞きしましたが……」
(民間にまで漏れてやがる……)
料亭の女性――早苗から酒を注いでもらった時に早苗がポロリと言葉を漏らした。
「それは軍機だ」
「ですが他の皆様はそう仰っていました」
早苗には悪気は無いのだろう。あっけらかんに話す早苗に古賀はプチッとキレかけたが押さえて飲むのは早めに切り上げて翌朝、山本長官用事として大和に怒鳴り込んだのは言うまでもない。
「MI作戦が民間にまで漏れてるぞ!! アメリカのスパイに情報が渡ってたらどうする気だ貴様ら!!」
古賀が怒りながら山本に怒鳴るのを参謀長の宇垣は「黄金仮面」や「鉄仮面」と言われた表情を思わず崩し、自身の日記である「戦藻録」に記録した程である。
「民間にまで知られたら作戦は延期か中止するべきだ!!」
古賀はそう主張したが、山本は米機動部隊の早期撃滅を主張して話は平行線を辿る一方であった。軍令部の一部も延期か中止するべきとGF司令部に促したが結局作戦は強行された。
そして六月五日0722時。
「敵機急降下ァ!! 直上ォ!!」
見張り員の叫びが赤城、加賀、蒼龍の三空母に響いた。SBDドーントレスが三空母上空に忍び寄り、一斉に急降下を開始。対空砲火は間に合わず三空母に五百キロ爆弾が命中、三空母は瞬く間に炎上した。
「山口司令、如何なさいますか?」
飛龍に司令部を置いていた第二航空戦隊司令官山口多聞は首席参謀の伊藤中佐に尋ねられた。
「無論……」
三空母の仇を取ると言えなかった。山口の中に開戦前、古賀に言われた事を思い出したのだ。
『例え蒼龍や飛龍を沈められようとしても艦と運命を共にするな、俺から言わしてみれば現実から目を逸らすような行為だ。生きて生きて生きまくれ!!』
山口はそう思い出した。
(……古賀長官、古賀長官はこの事を言っていたのか?)
「司令官?」
「……第二次攻撃隊発艦は取り止めとする。零戦、九九式艦爆は艦隊援護のため発艦せよ!! 飛龍はこれより防空戦に移行する。急いで三空母の乗員を救助せよ!!」
「司令官!?」
山口の命令に伊藤中佐達は驚いた。攻撃をすると思っていたのが三空母の救助を命令したのだ。
「急げ!!」
山口の怒号に参謀達は大慌てで仕事に取り掛かった。そして全艦に『我、防空戦ヲ展開ス』と発信した。
「三空母を救え!!」
時折襲来する米攻撃隊を迎撃しながら山口は飛龍が中破するも三空母の救助を積極的に行った。その結果、加賀と蒼龍は史実通りに戦没したが赤城は何とか生き残った。元巡洋戦艦の船体だった事もあったのが幸いかもしれない。加賀は元戦艦の船体だが誘爆が激しかった。
だが赤城の修理は一年半にも及んだ。なお、修理が完了した赤城には古賀の一計でボフォース四十ミリ機関砲が搭載されるがまだ先の話である。
「……くそ……」
天龍の長官室でミッドウェーの敗報を聞いた古賀が舌打ちをした。
「だから延期するか中止にするべきと言ったんだ……」
大井中佐の回想によれば古賀は後悔していたと述べている。ミッドウェー海戦の敗戦で日本は戦争の主導権を失ったのは間違いなかった。
ミッドウェー海戦後、南雲第一航空艦隊は解隊され新たに第三艦隊が創設された。
旗艦は二一号電探が搭載された翔鶴である。第二航空戦隊は飛龍の山口多聞だった。これが史実と違う事だった。その山口は古賀の元へ訪れていた。
「お久しぶりです古賀長官」
「うむ、君が来るのは珍しいね」
古賀は山口の来訪に驚きつつも椅子に座らせる。
「実は感謝の言葉を述べたくて……」
「感謝?」
「開戦前、古賀長官が言っていた言葉をミッドウェーの時に思い出しましてね。あの言葉で私や乗員、パイロット、飛龍と赤城は生き残れる事が出来ました。本当にありがとうございます」
「……そうか、まぁその言葉を忘れずにな」
(山口多聞や飛龍、赤城が生き残れてよかったよ……)
古賀は少々照れながらも日本酒を出して二人で酒盛りをするのであった。
ミッドウェー海戦から一月が経った七月六日、日本海軍はガダルカナル島に飛行場設営隊と僅かな守備隊を送り建設を始めた。それと同日、同じソロモン諸島のブーゲンビル島のブインにも同様の部隊を送り飛行場の建設を始めた。
ミッドウェー海戦で二空母を失い、FS作戦が延期したのでトラック諸島防衛と航空兵力を補う事を前提にしたが軍令部はFS作戦の再考も思案していた。
そしてラバウルには新たに創設された三川軍一中将率いる第八艦隊が停泊していた。
第八艦隊は旗艦鳥海、第六戦隊、臨時配備の名取、第六水雷戦隊の陣容であった。
ラバウルには台南空も進出していたが、台南空の零戦は三二型が使用され始めていた。三二型の評価は現場でも良かった。
ブイン基地建設はガダルカナルに備えての古賀の介入である。そして八月七日、米軍はツラギ島及びガダルカナル島に奇襲上陸を敢行した。
それは長い消耗戦の始まりであった。
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