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ひつじたちの狂詩曲  作者: 上篠あさぎ
第一章 文芸は世界を救えるか
2/2

自由気ままなひつじの日常

拝啓。高三となり引退してしまった部長と副部長へ。


俺は正直言って…


「しりとり」


「リトアニア」


「あ……アムステルダム」


「椋鳥」


「また“り”?…りんごあめ」


「メランコリック」


「くない」


「インコ」


「米」


「メシア」


「うわあマニアックー…アゼルバイジャン…あ」


「ンジャメナ」


「そこは終わらせろ。“ん”付いたろ。あとお前ら全員カルタ二戦連続な。途中立ったり足崩したりするなよ?もう一戦追加するからな?」


もう既にこいつらをまとめられる自信がありません。


*自由気ままなひつじの日常*




この学校の造りというのは、非常に面倒臭い。

本館(中一、中二の教室)、新館(高校生の教室)、体育館棟(中三の教室)、南館(特別教室)。敷地内にはこの四つの建物が繋がっていたり、外からしか行けなかったり、場所によっては同じ敷地内なのに移動に十分ほどかかる教室もある。

まず、本館一階は何故か下に下りる階段がある。そしてそこを下りればあら不思議、なんとそこは新館四階。

とどのつまりは、新館(下)と本館(上)はこの間の階段を通して移動できるのだ。ちなみに、新館四階と体育館棟も渡り廊下を通して繋がっていたりする。体育館棟の場合は二階に繋がっているがな。


説明するのも面倒臭いので詳しくは割愛。俺は滲んできた汗を拭いつつ、本館二階から窓の外の景色を眺めた。目指す作法室は本館四階だ。

坂の多い街に建っているのでこの訳のわからん造りになっているのだが、不便以外の何物でもない。ついでに言えば、ここの学校は丘の上に建っているので登校も大変だ。まあ景色は良いけどな。


今日は部長会議だった。場所は新館一階の高校一年生の教室だ。ここで察しの良い方はわかっただろう。目的の場所には、八階分の階段を上らなければいけないのである。

文芸部の活動日は月曜日と木曜日。今日、月曜日は作法室で百人一首を行う。


(絶対あいつら真面目にやってねえな……)


副部長である同学年の少女はどうにも人が良い。きっと、あの自由人たちを止められずにおろついているはずだ。

やっと着いた四階で分かれ道を左に曲がり、人通りの少ない通路の先にあった引き戸を勢いよく開く。案の定、副部長こと佐倉茉白は困り切った顔で俺のことを見てきた。視線の先では、三人の同級生による若干ぶっ飛んだしりとりが行われていた。一応、競技カルタの形にセットはしてある。

競技カルタとは、百人一首の対戦のこと。百枚の札を半分に分け、更に半分にする。今日の場合、四人で二人組になってやるので(俺は読み手)、各持ち札は二十五枚ずつだ。並べ方は自由で、正式な試合では十五分くらい札を覚える時間があるとかないとか。相手陣の札を獲ったら「送り札」で自陣の好きな札を送ることが出来る。ちなみに、お手つきも送り札となる。最終的に、自陣の札が無くなったら勝ちだ。

「雪成ー……私じゃ無理……止められない」

「うん……悪かった。……おいお前ら」

カルタを二戦連続。正座を崩したらもう一戦。少々鬼畜な罰を言い渡す。

それを聞いた三人の内の一人、貴志は悲鳴を上げた。

「にっしーそれは酷いよ!」

「これぐらい当然だアホ。」

部長会議で配られた資料を丸め、彼の頭を叩く。スパコーン、と気持ちの良い音が狭い作法室に響いた。

「まあ、貴志に悪乗りした僕らも僕らだし」

「そうだね~……茉白ごめん」

眼鏡をカチャッと直しつつ、峯川が言う。続いて、春希ちゃんが茉白に頭を下げた。

またガヤガヤしだす彼らを見ながら溜め息を吐き、パンパンッと大きめに手を叩く。

「仮入部期間なんだからな?中一が来て、この状況見たらどーすんだよ」

「ユキ、それが文芸部だよ?」

「黙らっしゃい」

いや、確かに先輩たちも言ってたけどね?部活中にノーパソでソリティアやりまくって(主に先輩たちが)一時期ソリティア部とか駄弁り部とか呼ばれてたけどね!?

「”短所緩い、長所緩い”がこの部活だよ」

仕方ないって!と爆弾を投下する春希ちゃん。アカン。仕方ないで終わらせたらアカン。

「だー!もういい!カルタやるぞ!茉白と春希ちゃん、貴志と峯川で対戦な!」

話を強制終了させ、窓に近い辺りの畳に正座する。四人はそれぞれ各相手同士で向かい合い、真剣な顔付きに変わった。ふざけるわりに、カルタは好きだな。

呆れながらも、外で練習しているらしいソフトボール部の声に負けないよう声を張り上げた。


「ひさかたのーー」


ここで、我が文芸部の部員を紹介していこうと思う。

まずは俺、西鶴雪成(さいかくゆきなり)。渾名はにっしー、ユキなど。身長が高く、更に目つきが悪いのでよく不良に絡まれるせいである程度の護身術は使える。勉強は中の上、運動も同じく。知っての通り、文芸部の部長でもある。

苦労人とか、面倒臭がりとか……まあ、友人からの評価は散々だが、実は人脈が広かったりする。


次に、ポニーテールで小柄な大人しそうな少女、佐倉茉白(さくらましろ)。渾名はマロン。(俺は名前呼びだが……)一見すると大人しそうだが、案外アクティブな面もある。中一の頃からずっと一緒なので、一番仲の良い部員は多分彼女だ。面倒見がよく、頭も良く、親切なので男女ともに請けが良い。小説は面白いし、カルタも百首しっかり覚えている。そして、彼女にチビは禁句である。簀巻きにされ……ゴホン、失礼。ここの副部長だ。


次に童顔でよく笑っている少年、貴志京介(きしきょうすけ)。渾名は……あったっけか。こいつとは、三年間ずっとクラスが同じだ。笑い上戸で、とにかく煩い。良い奴だけど、煩い。しかも意外に成績が良いのだから呪いたくなる。こいつはカルタ専門で、月曜日にしか部活に来ない。美術部によく遊びに行くらしい。


神経質そうな、細身の眼鏡の少年、峯川真人(みねかわまさと)。こいつも渾名はない。余り表情を変えないし、取っつきにくそうなイメージだが、ぶっとい神経の持ち主だ。冷静で頭良いくせに、それでいておかしなことを言い出すのだから重症である。正反対の性格の貴志と仲が良い。こいつもカルタ専門で、美術部を兼部している。文化祭で配る部誌の表紙と挿し絵は、いつも彼と貴志のものだ。


ほんわかした眼鏡の少女は麻島春希(ましまはるき)。通称春希ちゃん。見た目通り、無自覚な天然である。文芸部の部員全員(俺除く)曰く、マイナスイオンを発しているらしい。理系は得意だが、文系はてんでダメなのだとか……。(だがカルタが得意。)カルタ専門。パソコン部を兼部している彼女は機械に強く、部誌だの予算だのの情報整理は前部長の代からよく手伝っていた。


前部長と前副部長の紹介もまだだった。

前部長こと茜崎祥悟(あかねざきしょうご)。現在高三の先輩だ。頭は良かったらしいが(副部長談)、“大きな子供”なのだとか(副部長談)。悪い人ではなかったが、無茶ぶりがとにかく多かった……。

前副部長こと五十嵐優月(いがらしゆづき)。こちらも現在高三の先輩だ。テストでは、学年上位五人にいつも入っていると聞いたことがある。茜崎先輩とは対称的な性格だったが、休み時間にすれ違うときは二人でいるところしか見たことがない。前にも言ったが、なんだかんだで仲が良いらしい。幼なじみと言っていた気がする。


本当はあと二人居るのだが……今日は来ていないので、また後日紹介しよう。なかなか来ないのだが。


「ちーー」


パァン、と勢い良く穫られる札。満足げに微笑む春希ちゃんの手には、ちはやふる……正解の札が握られている。……ってちょっと待て。

「ちはやは一字決まりじゃねえだろおおおおお!」

「何言ってるのにっしー、春希ちゃんにそんな人間みたいな真似出来るわけないじゃーん」

「え~そんな人外みたいに言わないでよ~」

「いや、その通りだから!最早行動が人外だろ!あと貴志、お前さりげに春希ちゃんのこと馬鹿にしただろ!」

一字決まりは七枚。文字通り、最初の一文字で札がわかるものだ。しかし、ちはやふる以外にも“ち”はあるし、俺はまだ「ち」しか言ってない。

「春希ちゃんのちはやへの執念が怖い」

「一回、茜崎先輩が事故って指骨折したよね。春希ちゃんに思いっ切り叩かれて」

「……イヤナジケンデシタネー」

去年、ある日の部活中に春希ちゃんと前部長こと茜崎先輩が対戦したことがあった。そこで、ちはやふるの札が読まれたのだが、手を出すのが同時だったのでお互いの手がぶつかってしまったのだ。

ここまではいい。問題はここからだ。

春希ちゃんはまだ身長一五〇センチちょっとしかない。平均より少し低いくらいの小柄さ。しかし、茜崎先輩は一八五センチを余裕で越している。いくら見た目がひょろそうに見えても、意外に筋肉はあった。(合宿のときに驚いた。)

その先輩の手と勢い良くぶつかれば、逆に彼女が怪我していないのか心配になる。案の定、五十嵐先輩が慌てて駆け寄ったのは、春希ちゃんの方だった。

「春希ちゃん?!怪我してない?」

焦る先輩に対し、彼女はきょとんとした顔で返す。

「え…平気ですよ?」

「「「え?」」」

春希ちゃんの手には、しっかりとカルタの札が握られている。

「ゆ、優月……怪我したの、オレ……」

背後から弱々しい声が聞こえたとき、俺たちは状況を理解した。

その後、畳とお友達になっていた茜崎先輩を五十嵐先輩が保健室まで連れて行き、(とても怪我人の扱いに見えなかった)先輩は速攻で病院送り

となった。

「春希ちゃん怖い!力強い!ちはやふるへの執念怖い!」

「何後輩に怖い連発してんのよ殴るわよ」

「痛っ!もう殴ってるわ!しかも指重点的に狙うな!鬼か!」

……しばらくこんな会話が部活中に続いたのは言うまでもない。

当時の俺たちは心に誓った。絶対に、春希ちゃんとの対戦中にちはやは穫らまい、と。




「結局、今日も新入生来なかったね」

窓から射し込む夕陽が、畳の上に格子の形をした影をつくる。茉白と二人でカルタなどの物を片付けていると、ふと彼女がそんなことを呟いた。

あれから、結局カルタからずれていった俺たちは、いつものように騒いで終わった。

「ああ」

「来年も、再来年も誰も新入生が入部しなかったら……私たちが高三になったら、この部活なくなっちゃうんだよね……」

「……そうだな」

「バトン部みたいに……大きければ良かったのかなあ……」

小さいながらも、雑草魂で細々と続いてきた文芸部。しかし、来年は?再来年は?また、その次の年は?いつまで続けていけるのだろうか?

窓の外には、ボールやラケットを片付けるソフトテニス部の部員たちが見えた。そういえば、まだこの学校に入ったばかりの中一の頃、テニス部にも仮入部に行ったな。

「……それじゃあ文芸部じゃなくなっちまうだろ」

「え?」

「俺たちが今思っていることは、きっと先輩たちも思ってきたことだ。それでも、小さくても、廃部寸前でも……雑草魂で、狸みたいに執念深くやってきたんだ。どれだけ“あー潰れる!”って思ってきても、結局どうにかなってここまで続いてきたってことだろ?」

「うん」

茉白の表情はなんとなく予想がついていたから、窓の外を見たまま淡々と喋る。

「それに、まだ潰れない。俺たちが高三になるまでは、な。よそはよそ、うちはうち。文芸部は少ないのがアイデンティティだ」

「……うん」

「じゃ、さっさと帰るぞ」

カルタを作法室の押し入れの隅にしまう。襖を閉めると、入り口付近に固めて置いておいた通学鞄と黒のサブバッグを手に取った。

少し泣きそうな表情をしていた茉白に彼女の鞄と紺地に赤いチェック柄のサブバッグを差し出すと、彼女は無言でそれを受け取り、黒い革靴を履いた。

部屋を出て、作法室に鍵を掛け、職員室で顧問の教師に返す。道中、二人とも一言も発しなかった。

まだ用具の片付けが残っている運動部より一足先に門を出る。そこで、ようやく茉白が口を開いた。

「考えたの。文芸部の、これからと、今までのこと」

「……」

坂を下りながら、俺たちは横に並んだ。茉白の言葉を俺は無言で聞いていた。

「でも、きっと今と変わらないんじゃないかなって思うんだ。今と同じで、おかしなしりとりやって、部活中にソリティア大会が始まって……他にも色々、さ」

だって、文芸部だから。彼女はそう言った。

「文芸部だから、か……」

復唱してみて、なんとも適当で、ぴったりな理由だろうと可笑しくなった。

「笑わないでよ、恥ずかしいから」

ほんのり赤くなった顔でわたわたと手を動かす茉白を「はいはい」と受け流しつつ、答える。

「何も今年新入生が入らなくたって、まだまだ時間はある。もしかしたら来年、たくさん入ってくるかもしれないぞ」

鴨が葱を背負ってくる。そんな感じのことだって有り得なくはない。とどのつまりは、未来なんてどうとでも予測可能なのだ。俺たちの知ったこっちゃないのだから。

坂の半ばの所で立ち止まり、空を見上げる。丁度通っていった風が、俺の髪をふわっと揺らした。癖もなんにもないストレートの猫っ毛なので、ちょっとの風でもすぐに揺れるのが鬱陶しい。だが、いつもは鬱陶しいそれが、今日はなんとなく嫌じゃなかった。



来年、個性的な後輩が出来るなんて、そんな未来を俺たちはまだ知らない。


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