小さなひつじたちの序奏
初めての投稿となります。このお話は、私の部活の先輩たちがモデルになっています。(部長はもっと優しいし、私の学校は女子校ですが…)
先輩たちは今年で部活を引退してしまうので、じゃあ書こう!というノリで書いてしまい、長続きするかどうかがかなり心配です。でも頑張ります。
タイトルの「ひつじ」はだんだん物語に出していこうと思っています!
宜しくお願いします。
「来年度からの部長はお前だ!」
かの著名な文豪、夏目漱石の作品「坊ちゃん」で主人公の“坊ちゃん”は小学生の頃に二階から飛び降り、腰を抜かしたという。
この作品を読んだのは、確か俺がまだ受験生だった時だったはずだ。とある志望校の学校の過去問に出てきて、内心渋りながら読んだのを覚えている。
いきなりこの場面を読んだ俺は、思わず素っ頓狂な声を上げかけた。なんて馬鹿なことをしているんだこいつは、と。そして、想像した。そんな彼が落ちてきた先に居たのかも知れない、架空の人物がその瞬間に何を思ったのかを。
当時小学六年生だった俺は、結局どんなに考えても解らなかったわけだが、それは二年越しの今になってようやく解った気がした。突然来年部長宣言っていう恐ろしい爆弾落とされたからな。言っておくが、驚いたとかそんな生易しいもんじゃないぞ。
失礼。一旦閑話休題とさせていただく。
ここは私立桜ヶ原学院。偏差値が大して高いわけでもなく、低いわけでもないそこそこな私立の共学校だ。とりわけ有名なことといえば、バトン部の部員数が異常に多いことである。なんて羨ましい。半分分けろ。
まあ前述に本音が出てしまったが、我らが文芸部は弱小中の弱小の部活。現部員数は俺たち中二が七人、高二が二人。他の学年は居ない。バトン部の十分の一もいっていない。……比べたのは自分だが、なんだか虚しくなってきた。
現在三月半ば。俺たちもそろそろ中学の最終学年で、部長たち二人の先輩方も大学受験のために部活は引退しなければいけない時期になってしまった。そして、今日はそんな先輩たちの出れる最後の部活だった。
そこで、冒頭の部長の問題発言に戻る。
部活をしていた部員たちは、唐突すぎる発言にぽかんとしていた。俺はといえば、自分に突きつけられた人差し指を見てフリーズ。思考回路が見事に御陀仏していたのだ。驚くとかそんなもんじゃなくって、頭ん中真っ白になる。そして、逆に冷静になってしまった。
「部長…今なんと?」
「だから!お前が次期部長って言ったの!」
「血迷いましたか?」
「ひどくない?オレ部長!先輩!」
どう見ても俺を指差して言っている部長に思わず聞き返し、ついでに八つ当たりする。それから、つんつんと右肩をつついてくるその指をガシッと鷲掴みにし、標的(っていうとなんか言い方悪いな)を隣の席に座っている同学年の友人、佐倉茉白に変えてやった。部長が痛い痛いと叫んでいたのと、茉白がすごく驚き顔でおろついていたのには目を瞑る。
「茉白に任せれば良いじゃないですか。俺なんかより遥かにしっかりしてますよ」
「痛い痛い!マロンには副部長やってもらうんだって!」
「はぁぁぁあ?」
部長の指を握りしめている手に力をこめる。なんか変な音がしたが、やっぱり気にしない。ちなみに、マロンは茉白の渾名だ。
「まあまあ二人とも落ち着きなって……あんたも言ってなかったわけ?」
「副部長……」
死にかけの部長と半ギレの俺の間に副部長が割って入る。説得してくれるのか、と思いきや、
「でも、部長宜しくね!大丈夫、あたしたちもたまには顔出すから!」
ブルータスお前もか。
「俺が!こいつらを!どーまとめろと?!」
同学年の他の六人を順番に指しながら叫ぶ。ただでさえうちの学年は自由人が多いのに、この部活にはより一層自由を極めた奴らが集まっているのだ。正直、こいつらをまとめられる自信は、ない。
部長と副部長は何やらごにょごにょと話し合っていたが、やがて、悟りを開いた顔でこう告げた。
「……あとは任せた」
「あたしたちにも出来たんだから、あんたにも出来る……はず」
なんだ、結局人任せかよ!
「あーもう、やってやりますよ部長!やればいーんでしょ!」
ヤケクソにそう宣言する。それを見て満足げに微笑む部長たち。ああくそ、今度部活に遊びに来たら思いっきり文句言ってやる!
それからはあっという間で、全員で駄弁っていたらすぐに時間は下校十分前となった。やはり文芸部は最後まで変わらなかった。
ざめざめと泣く茉白たち女子を慰めつつ、帰るためにスクールバッグを肩に掛けると、部長たちにまた呼び止められる。
彼女たちを先に行かせ、俺たち三人は向かい合った。
「これからの文芸部を頼んだぞ!」
背が高いくせにひょろっとしている部長。この人には迷惑をかけられた記憶しかない。しかし、なんだかんだでお世話になったのかもしれない。俺たちが中一で入ってきた頃から部長だったから、二年間……もしくはそれ以上部長を務めたのだから、やっぱり人って外見によらない。
「あたしからもお願いね」
美人で格好よくて、男勝りな副部長。本当にしっかりした人で、後輩の俺たちをよく可愛がってくれた。部長よりお世話になったのだから、不思議だ。よく部長を叱り飛ばしていたが、なんだかんだでこの二人も仲が良い。
鼻の奥がツンとして、涙腺がゆるんだ。ああ本当に最後なんだ、と思った。奥歯をぎりぎりと噛み締め、なんとか涙を堪える。うっかり口の中を噛んでしまい、血が出た。鉄の味を感じながらも、噛み締めることは止めなかった。せめて最後くらいは、ちゃんとお礼を言いたい。
「二年間、お世話になりました」
もっと一緒に部活していたかったけれど。
「……いざとなったら何も言えませんね」
もっとみんなで笑っていたかったけど。
「正直自信はないけれど」
今だけ……サヨナラだ。
「部長……頑張ります」
しっかり言い切ると、若干涙目になった二人がガバッと飛びついてくる。慌てる俺に、二人は同時に言った。
「そっくりそのまま返すよ」、と。
「あたしたちの後輩でいてくれて、ありがとう」、と。
結局、我慢なんて出来なかった。三人でわんわん泣きまくり、下校時刻を過ぎて先生に怒られた。
「じゃあ、またね」
今度こそ教室から出ようとすると、まだ少し赤い目の副部長が俺に手を振った。
「はい、また」
そう振り返せば、今度は部長も振り返してくれた。
また泣きそうになるのを抑えつつ、黒いマフラーをぐるぐると強めに巻き付け、茉白たちの待つ裏門へ向かう。
その途中に見たケータイの画面が見え辛かったのは、きっと寒さで白くなった息だけのせいじゃなかったのだろう。
待っていてくれた茉白たちは、何も言わないでくれた。
それから半月経った四月、春──俺、西鶴雪成は文芸部部長となった。
そして、この物語はそんな俺たち文芸部の日常を綴ったものである。