4.教皇の頂点と理不尽なショップ
アンシィの万能商店。マルセイユ国内で一番有名と言っても過言ではないショップであり、ここにくれば大抵なんでも揃うと言われている。たまに何に使うのか、想像すら出来ないものも並んでいるのだが、それでも繁盛しているのだろう。それなりの広さがある。
店内はいかにもRPGのショップという雰囲気なのだが、大きい分ただ古いスーパーのようにも見える。
だが、なにより驚愕すべき所はこの店が三人だけでまわっているというところだろう。
店主とその使い魔二人でなんとかなってしまうこの店は、かなり変わっているとも周囲から噂されている。
「さて、それじゃあとっとと用を済ませて帰っちまいますか」
「結局、何しに、来たの?」
ショップに入店したリュウトは、やる気満々という様子で鼻息を荒くする。それを見つめるヨハネの視線がそれはそれは冷ややかなものになっているのを感じるが、もはやその程度のことでは動じないリュウト。
ヨハネは妙な成長を果たした彼の振る舞いに頭が痛くなるのを感じて、やれやれというように頭に手を当て溜め息をつく。
「ヨハネさん?そういう反応やめてくれません?」
「なら、説明、して」
「うっ……」
ジロりと睨みを利かしながら言われたじろいでしまう。我ながら情けないなと思わなくもないが深くは考えないよう、脳内からその事実を締め出し葬り去る。
「あー、言ってなかったっけ?この店、商品仕入れる際に使う箱をバラしたやつを無料配布してんだよ。紙だけどわりと頑丈だから、あれで穴塞ぐくらい余裕じゃねぇかなと」
紙だから耐水性はないけど、そんなものは必要ないだろ?と言いながら、売り場を一切の迷いなく歩いて行く。
今度は迷ってないだろうなと、胡乱げながらも付いて来るヨハネと共に、歩く事数分──
「なんか見つかんないんだけど!?」
「……」
もはや予想通りの展開過ぎて呆れて声も出ないヨハネ。だが、そんな事実は認めないと言わんばかりに、店内を歩き回るリュウト。
しかし、まるで箱の置き場所に避けられているかのように見つからずに途方に暮れてしまう。
何かがおかしいと考えて立ち止まり考え事をしたかったヨハネとしては、いい迷惑だったのだが彼はその事に気付く素振りも見せない。
ヨハネは普段外出しない為に鈍った身体を酷使したせいで、息もたえだえになってしまったが彼女は考えを巡らせる。
(私は、ここに、来たことは、ないけど……ここの店主は、多分、普通じゃない。そもそも、変人の多い、この世界で、ちょっと品揃えがいいだけの、ショップが、流行るわけが、ない)
一人うろちょろしているリュウトが鬱陶しいが、恐らく考え方は間違っていない。どこか古風な店の中、刻一刻と時間が過ぎていく。
「分かった!」
「マジでか!?」
突然叫んだヨハネに共鳴するかのように叫ぶリュウト。彼は考えもせずに一体何をしていたのか。甚だ疑問であるが、せっかく閃いたのだ。彼の相手をしている時間が惜しい。だから、ヨハネは実に単純明快な回答を、簡素に告げる。それは──
「店主に、聞けばいい」
「普通過ぎてなんかショボい!それと出来るならやってるに決まってんだろ!」
「それは、予想外!」
「全然予想外じゃねぇえええええ!?」
本気で予想外だったのか、キョトンと惚けた表情をすると、何を思ったのか彼女は手をポンッと打つと言った。
「店長でも可」
「意味が変わってねぇよ!?何、その名案感!」
「リュウトは、わがまま。やってみなくちゃ、分からない」
「言ったな!お前言ったな!?ならやってみろよ!ほら、行くぞっ!」
やけくそになったリュウトはヨハネを引き連れ、店内をずんずん奥に進んで行くのだった。
さて、ここで先に店主について予習しておきたいと思う。
アンシィ・レジーム・ヴィヴ──このショップの経営者にして、教皇の属性の能力者。しかもリュウトどころか、ヨハネより若くありながら既に教皇の頂点となっている。
通常、能力には向き不向きが判明するのにも時間がかかるため、習得には更に時間がかかる。大体十歳頃にはそれぞれの傾向にあった能力を決め、それぞれの素質の差によって開花する能力のレベルが決まる。
そしてそれぞれの属性の頂点になるには、その時点での頂点である人物と『決闘』して勝つ事が条件となる。
『決闘』を挑む条件などはないが、十代前半の人間は基本挑んだりはしない。能力の大元が素質に依存する以上限界はあるが、能力はある程度の時間をかければ、効力を向上させる事が出来る。
それ故に、まだ能力を身につけて間もない十代前半で挑むのは無謀の一言に尽きるだろう。確かに素質が良ければ十代前半でも大人相手に勝てる事もある。
だがしかし、相手は頂点なのだ。相手も素質があるものである以上、そこには今まで積んできた玄人と初心者の経験の差が存在する。
しかし、アンシィは齢十歳にして前頂点を倒した。
それもいとも容易く。
勿論、前頂点が弱かったわけではない。むしろ教皇の属性の頂点はその先数十年は変わらないだろうと言われていた。
だが、彼女は覆して見せた。彼女の能力『法王の帰還』はそれ程に優秀であり有能な能力なのだ。
連帯など協調性、信頼などを司る教皇は商人向きの能力であり、その頂点に立った彼女もやはり商人となっている。現在十五歳と驚きの若さである。まさに天才だったのだろう。
さて、そんなアンシィの詳細を語ったわけだが、リュウトとヨハネは今その天才店主が居るという部屋の前にいた。だが、二人とも中には入らず扉を見つめている。その今にも外れそうな貧相な扉に、一枚の張り紙が──
『お昼寝中です。おやつを持ってきた以外で邪魔しないでください──アンシィ』
天才店主は子供だった。十五歳である事を踏まえて考えても予想以上に。一能力の頂点とは思えない張り紙である。
ヨハネは流石に唖然として、先程から張り紙を穴があくほど凝視していた。
「だから言っただろ。アンシィはお子様だから、来ても仕方ないんだって」
「でも、仕事だよ……っ!?」
「それは残りの二人が大体やってっから」
どうやら、三人ではなく二人でこのショップの経営は成り立っていたようだ。厳密にはその二人は使い魔だから、それを使役し続けている店主も一応やる事はやっているのだが、そんな事はヨハネは知らない。
「それなら、起こせばいい」
そう言いながら扉に手を掛け、思いっきり扉を開く……が、しかし
「あ……れ?」
確かに引っ張ったはずのドアが、びくともしなかった。今にも外れてしまいそうなドアが、まるでヨハネの行為を無駄だと嘲笑うかのように、ギシギシ音をたてるだけで全く開きそうな気配がない。
「開か……ない?」
「そりゃ『法王の帰還』は正に〝自らが法〟の体現の様な能力だからな。一度アンシィが法を決めたらそれがここの法だ」
「そんなの、滅茶苦茶……」
「一応制限があって、なんでもかんでもは出来ないらしいぞ。なにより、その場に居着いて自分の空気を馴染ませないと法の更新は出来ないらしいからな。つまり、完全にアンシィの物であるこのショップでは、アンシィ自体が法であり無敵って事だよ」
「これが、開かないのは?」
「そりゃ、アンシィが昼寝を邪魔出来ないように、扉に法を作ったんだろ。起きてる間しか開かないとか」
そんな、滅茶苦茶な……とぐったりするヨハネを一度視界を外し、リュウトは今度は冷静に考えてみる。
(待てよ……?法で扉の開閉に制限を掛けれるなら〝ある一定の条件を満たさない限り店の商品に辿りつけない法〟を決めることも可能なんじゃないか……?)
こんな変な店なのになんで流行ってるの……と、ぶつぶつ言っているヨハネを尻目にリュウトは一つの可能性に気づく。
「なあ、ヨハネ。例えば何か無料な物を取りに来た客に〝金を使わせる〟方法って何がある?何をしても良いとして」
「……オススメするか、脅すか………………!」
そこで何かに気付いたのだろう。ヨハネはゴクリと喉を鳴らし息を飲む。
「……何かが、欲しくなるように、仕向ける?」
恐る恐るといった様子でこちらを見るヨハネに彼はこくりと頷く。そうでもない限り、いつもは迷わない店で迷う筈がない。リュウトは確信する。
「この店こえぇぇ」
リュウトの考えではこの店には、何か無料の物だけを求める人間を、迷わせて疲労させる事により、飲み物などを買わせる法が適応されているのだろう。
「さて、問題は何を買うかだな。生憎、金が全然ない」
「なら、あれ、買って」
そう言ってヨハネが指を指したのは十字架の髪飾りだった。残り一つしか置かれていないそれは、財布の中身で十分に買える程度の物で、ヨハネは期待しているのかじっと彼の顔を見つめる。
「分かった分かった。これくらいなら許容範囲内だし、何か買わないと辿りつけないなら仕方ない。取ってこいよ」
「いいの……っ!?本当?本当に、いいの?」
「いいからさっさと取ってこいって」
喜ぶヨハネの可愛らしさを普段からこんな調子だと良いんだけどな、と思いながら急かし、今度こそはと意気込んで不要な箱の置き場所を目指す。
そうすると、いとも容易く辿り着く事が出来、リュウトは小さくガッツポーズをする。
そして箱に手を伸ばそうとした時、ついついっと服の裾を引っ張られ、後ろを振り向く。
服を引っ張ったのは勿論ヨハネで、目と目が合うと彼女は今度は前を見ろと指を指す。
後ろを向かせたり前を向かせたり、何がしたいんだと思いながら前を向くと──
『無料仕入れ箱(音声認証付き)』
こちらの箱をお持ち帰りになられる方は『聞き方固かった肩叩き機買った方』を三度読み上げてください。
「なんで早口言葉なんだよ!?あのお子様店主──ッ!」
そこからしばらくリュウトは早口言葉に挑戦し続けたが、彼の滑舌は壊滅的だった。
「聞き方固かった肩たきたっきたかかっかた?」
「何語?むしろ、難しくない?」
というのはまだマシで
「聞き方カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ」
「壊れたっ!?」
と、最終的にはカタカタ言っていた。しかし、これに見かねたヨハネが早口言葉を言おうとすると──
「聞き方固かった肩叩き機買った方聞き方固かった肩叩き機買った方聞き方固かった肩──」
「させるか!属性──愚者より引用ッ!『憧れは早口言葉マスター』!」
「──たたたきたかっ!」
──という具合に、強制的に相手を噛ませるという良く分からない能力を駆使して、ヨハネが成功するのを妨害する始末。
本人曰く「もう少しで言えそうなんだから、人の努力を無駄にしようとするなッ!」との事。そうして心底うんざりして暇になったヨハネは、店内の商品を見て回り、時間を潰した。そうしてどれくらいの時間が経っただろう。
「よっしゃぁぁぁぁ!言えたッ!言えたぞぉぉぉぉお!」
リュウトのそんな大声が響き、ヨハネが戻ってくると、そこには見事箱を獲得したリュウトが立っていた。どこか達成感に溢れているその様子に、物申したいことは大量にあったがそれすらも面倒になり、二人で静かに会計に進む。
会計は一箇所のみで、今日はおっとりとした雰囲気の女性がニコニコしながら会計の位置についている。
「こんにちは。今日はエルさんなんだ?」
「あらら、こんにちは。リュウト君に……えっと、そちらはどちら様かな?」
女性──アンシィの使い魔であるエルは、ヨハネを見て首を傾げる。基本ここらにくる顔を覚えているエルにとって、初めて見る顔というのは珍しいのだろう。
「ヨハネ。ヨハネ・ヘクトヘッジ」
「ヨハネちゃんね。私はエル。短くてシンプルでしょ?」
そう言い笑うエルはヨハネから髪飾りを受け取ると値段をチェックし、リュウトにお金を払うようにうながす。
「そう言えばアルさんはどうしてんの?一度も見なかったけど」
お金支払いながら問うリュウトからそれを受け取り、ヨハネを手招きするエル。
「アルなら店内の掃除とか商品の補充だと思うけど。人いないと思ってたから、多分店の空間配置変えて掃除してるんじゃないかな。迷わなかった?」
「アルさんのせいかよぉぉぉぉお!」
渾身の推理が外れていた上に買う必要が無かったと知ったリュウトは、目頭が熱くなってくるのを感じその場に崩れ落ちる。
みっともない上に男として情けないが少し泣いた。
「ねぇ……ねぇ、リュウト」
本気で落ち込んでいたリュウトは、ユサユサと肩を揺すられ呼ばれている事に気付く。
ふと顔を上げると鼻と鼻が触れ合いそうな程近くにヨハネの顔があり、ドキッとして少し後ずさる。
「ねぇ、どう?」
その事に気付きてないのか、元々意識してないのか、しゃがんだままの彼女は首を傾げながらリュウトに問いかける。
「なななな何がッ!?なんの話!?」
だがリュウトは上ずった声で余裕のない返事をする。既に脳内はてんやわんやの混線状態で、まともな思考を出来ていないのだから仕方ないだろう。
「…………もう、いい」
しかし、ヨハネにはそんな事は関係ない。彼女はしゅんとすると、立ち上がり出口まで駆けて行ってしまう。
それを見てあらら~と妙に間延びした声を上げ、やっちゃったという顔をしながら傍観しているエル。
しばらく、何があったのか分からず惚けていたリュウトだが、ハッとして立ち上がる。
「リュウト君。あなた達の関係を私は知らないけど、悪い仲じゃないならちゃんと褒めてあげなきゃダメだよ?髪飾り似合ってたのに」
「えっ?髪飾り?……あっ」
「さっき私が付けてあげたの。私にもしきりに似合ってるか聞いてきたんだからね?誰でもいいからとにかく褒められたかったんだよ、きっと」
「…………」
さり気なく別に特別な感情を持たれている訳ではないと、言われた気もするがリュウトは頷くとそのまま店を駆け出した──
そしてこの時既に本当の意味での世界の大穴事件は、確実に終わりへと向かい動き始めていた。