3.奇妙な出会いと迷子の愚者
少し狭い道の真ん中、そこに一人の少年が居た。特に特徴のない顔に黒髪黒眼。服装も薄手のシャツにこれといって特徴のない、シンプルなズボンという平凡の権化の様な少年。リュウトである。
そして、そんなリュウトは先刻までいたタチクラ三荘を出て、マルセイユ国内を、優雅に散歩していた。
青々とお生い茂る木々に、さんさんと輝く太陽。空気はカラッカラに乾いている。
普段、彼は日が照っている時間には外に出ない。食料を買うにしても日が沈むのをゆっくり待って、その後人の少ない道を我が物顔で歩き、最寄りの大きなショップに辿り着く。
別に吸血鬼であるとか、ヴァンパイアであるとか、ドラキュラであるとかいう訳ではない。
ただ単純にマルセイユが暑いのだ。それはもうミイラでも作れるんじゃないかと思う程に。
故にリュウトは明るいうちは、基本出歩かない。そもそも仕事もせず、勉学に励んでもいない彼にとって、家を出る用事などショップに行くくらいなのだ。
ここで、一つ問いかけておきたい。例えば昼間に何度も行き慣れた所に夜に行くとしよう。
その時に道に迷うといった経験はなかっただろうか?昼と夜とでは、印象とは随分違うものである。目印にしていた建物なども印象がガラリと変わり、そして一度違う道に入れば泥沼にはまる。そこからは知らない道を歩き最後には迷子になるのだ。
きっと誰しもが一度は経験するものだと思う。なかったとしてもあった者も、少なからずは存在する事だろう。
とりあえず、そういう事もあると覚えておいてもらいたい。
では、何故あのような事を急に言い出したのか。ずばり──
リュウトは迷ったのだ。言い方を変えれば迷子である。
(俺は迷ってない……迷ったのはヨハネだ。だって俺は行き慣れてるんだぞ?急に居なくなったのはヨハネの方なんだ)
途中までは確かに
「ヨハネさんや、暇だししりとりでもしようぜ。まずはしりとりの『り』からな!」
「リン」
「無言よりタチ悪いわ!」
と、とりとめもない会話もしていた。しかし、ふと気付いてみると、後ろを歩いていたはずのヨハネの姿が見当たらない。
そうして周りを探すうちに、どんどん知らない道に入り込んでいき、最終的に迷路のように入り組んだ道に迷い込んだ。
かといってリュウトもただ歩いていただけでなく、道の端々に書いてある謎の印を追って歩いてここまで来た。
しかし、その印も遂に途絶えどうしたものかと考え込んでいたその時だった。
「あの……何やってるんです?」
まるで鈴を転がした──そんな澄んだ声が響いた。
リュウトに声を掛けたのは珍妙な格好をした少女だった。白色の幾何学的な線がそこらに走っている黒のワンピース。首に腕や手首、脚から足首には輪の束のような物が、金色に鈍く光輝いている。
更に頭には黒色の大きな輪が斜めに置かれているのだから、珍妙と言わざるを得ないだろう。だがそんな珍妙な格好をしていながらも、少女には〝それが正しい状態〟であると、リュウトは思ってしまった──いや、分かってしまった、というべきだろう。
そして、その少女の側には付き人だろうか、黒い鬼の面をずらして被る、白い髪の少年が立っていた。
「あぁ、ちょっと連れが迷子になったみたいなんだよ。そうだ、こんくらいのちんちくりんの、やる気なさそうな金髪見なかったか?とびっきり変な格好してるやつ」
少し訝しげに思いつつも、少女が心配して声をかけてくれたのだと思い、返事をする。けして自分が迷子とは認めない。
「すみません、わたしは見ていないのです。それが世界の意志なので」
「いや、そりゃ仕方ねえんだけど流石に世界のせいにするのは、どうかと思うぞ……?」
「世界のせいにはしていません。気を付けて下さい」
あまり感情の起伏が激しいタイプではないのだろう。むしろ、無表情で怒ったようにいうさまには、かなりの違和感を感じる。
「世界の意志のせいにしているです」
「大差ねえよ!それで何を訂正した気になってんだよ!?」
初対面だがつい声を荒らげてしまう。だが相手の少女は気にした様子もなく、リュウトの顔を除き込みながら何かを考えている。
その間も側に控えている少年は喋らない。しかし、その顔はどこか嬉しそうにも見える。
「ところで、一つ聞きたいのですが、ここがどこかわからないですか?」
「いや……むしろ俺が聞きたい」
「なんだい、君。迷子だったのかい?」
「喋ったと思ったら何言ってんの!?」
「なにかだって?共通語だけど?」
「そんな当たり前の事は聞いてねぇよ!?」
「でもその反応……図星だろ?情けないものだね。見てて悲しくなってくるよ」
「あぁぁぁぁぁぁあ──ッ!?」
もう叫ぶしか出来なかった。
「それで、連れの方の行方でしたね。ここで会ったのも何かの縁……間違った、世界の意志です。良かったら調べるのですよ?」
「…………」
「えっと……あの……?」
「…………」
ついに喋る事を放棄したリュウト相手に、少女は戸惑いオロオロし始める。元凶の少年はというと、もうリュウトに対しての興味は失ったと言わんばかりに、そこらに書かれた謎の印を眺めている。その様子を見たリュウトの心中に、ふつふつと怒りが湧き始める。
(とりあえず奴はなんか、妙に気に食わないし、一度仕掛ける……!嫌がらせならあれだ──)
「属性──愚者より引用ッ!『透明人間』」
能力を発動させ白髪の少年に詰め寄るリュウト。
突然少年に襲いかかった事に驚き、隣の少女は目を見張っていて何もする様子はない。だが
「どうかしたかい?」
あっさり触れられた少年は、ニヤリと笑いリュウトに問いかける。それを見たリュウトは──
「俺の能力使えねぇぇぇぇぇぇ──ッ!」
本日二度目の絶叫だった。
愚者『透明人間』は触れた相手の存在を希薄にする能力。触れられた相手は、見えているが意識して見なければ見つからない、といった状態になってしまう。
重要なのは、透明になっていないとうところである。つまり、一応見えてはいるのだ。
例えるならば他者からの認識が道端の石ころ並みになると言うべきだろう。
だから、不審な動きをしていればその場合は当然のように目立つ。
しかし、今の場合は話が別である。白髪の少年はただ立っているだけだ。しかし
「えっと……あの、お二人は何をしているのです?」
隣に立つ少女の瞳はしっかりと少年を捉えている。即ち『透明人間』は少年に通用しなかったのだ。
通用したところで、ちょっとした嫌がらせ程度にしかならないのだが、それでも通用しなかったという事実がそこにある。それが問題なのだ。
「成程、オレに何かしようとした訳か。残念だったね。オレはそういうの効かない体質なんだ」
なんでもないことのように言うと、少年は口の端をニヤリと吊り上げ笑う。値踏みするように細められた瞳に見つめられ、リュウトは肌からじわりと冷や汗が滲み出すのを感じる。
「で?君は何をしようとしたんだい?オレはそこに興味がある」
「……自分の能力を明かすのなんて、愚か者のする事だろ?」
「そういう君は愚者じゃないか。まさに愚か者だろう?」
「悪かったな!どうせ俺は愚か者だよ!」
「あっ、ちなみにわたしは──」
「聞いてねぇよ!?」
「ひぃぃぃ、ごめんなさいなのです……ッ!」
なんかもう、滅茶苦茶になっていた。
「まあ、でもオレは隠してもいい事ないと思うけどね?そもそも、そういうのを探り合うのは嫌いだよ。苦手じゃなくてね」
やれやれというジェスチャーをしながら、軽く言う少年。しかし、相変わらずその姿に隙はなく、まるで訓練された軍人のようである。
「どっちも似たようなもんだろ?」
「いいや、全然違うね。君はオレを馬鹿にしているのかい?言葉というものには重みがあるのさ。言葉の意味というのは大事なものなんだよ。もし、魔術師の属性の人間がさっきの言葉を聞いたら、激怒するだろうね」
「魔術師ってなんか、そういうの大事なのか?全然知らなかった……」
「当然だろう?魔術師の属性の技の特徴は呪言だからね。他にも戦車の鎧装、恋人の同体のように特殊なものも多いけどね、魔術師の呪言はその中でもデリケートなものだ。呪言を一文字間違えても、意味が少し違うだけでも発動しない。常識だね、常識」
「どれも知らなかったよ!常識知らずで悪かったなぁ!」
自分の知らない言葉を一気に言われ、頭の中が混線したリュウトは抵抗する事を諦めた。
白髪の少年の話が難しすぎたのか、少女はぐぬぬぬっと言いながら眉間に皺を寄せている。やはり変な子のようだ。
「まあいいか。このままというのも一興だろう。悪くはない。オレは今ここで、君に怖がられすぎても楽しくないからね。何をするにも場と状況というのは大事さ」
芝居がかった動作と共に、少年はリュウトの隣を過ぎそのまま歩いて行く。
「あぁ、そうだ。ソフィア……君はとりあえず彼の悩みを解決してあげるといい。オレはやる事が出来たからね。後から来てくれればいいし、なんだったら別の奴を見付けてくれても構わない。以上だ──」
──それではまた、舞台で会おう
そう言って去っていく白髪の少年。その足跡には、黒い靄のようなものが何かの名残のように、渦巻いているように見えた──
「え、えっと、では……連れの方の行方を調べてみるのです」
少年が去った後、しばらくお互い無言だったのだが、少女──恐らくソフィアと言うのだろう──が突然ヨハネを探してくれると言い出し、見つかるならとリュウトもその提案を快く受け入れた。
「確か、私より少し背の高いくらいの無気力そうな金髪の女性……でしたよね?」
「あぁ、後はとびっきり変な格好してるくらいだ」
「では、全ては世界の意志の元に──大地『検索』」
ソフィアがそう言った瞬間、ソフィアの着ている服の模様が光り、そこから放出される様に服から地面へと光の線が走る。
それからしばらくは静寂がその場を支配した。物音一つどころか、風すら吹かない。何もかもが止まった世界に迷い込んだかのような、そんな錯覚をしてしまう程の静けさだった。
「──見つけましたのです。ここからあまり遠くはないのですよ。大きな建物の前で止まっているのです」
「多分、目的地のショップだな。本当に分かるんだな」
感心したリュウトの反応に満足したのか、ソフィアは胸を張りふっと少し鼻息を荒くする。
「わたしの能力は、応用しやすい能力なのです。これくらいはお安いご用なのですよ」
「ならさ、そのショップがどっちにあるか分かるか?」
「ここから南東に数分程歩けば着くと思うのですよ」
こうして道を聞き終えたリュウトは、ヨハネが移動しかねないと思い、その場でソフィアと別れた。
彼女は白髪の少年と違う方角に歩いて行ってしまったが、元々そんなに仲がいい間柄でもなかったようだったという事を思い出し、指摘するのはやめておいた。
それに彼女ならば、いざとなれば能力で見つける事も可能だろう。
そうして一人ショップに向かうリュウトは、先程の二人に想いを馳せる。何故かは分からないが、彼らとは再び遭遇する。そんな予感がするのだ。その場合に備え、色々考えておくのは悪くはない。
まずはあのソフィアという少女だ。条件に合うものを探す能力だとしたら恐らく、情報収集能力が多い『女教皇』か、予知能力の多い『隠者』だろう。そうなると完璧な支援系となり、彼女の危険度はかなり低いものとなる。
だが彼女は言っていた「わたしの能力は応用しやすい能力なのです」と。つまり彼女のあの能力は、本来攻撃性の高いものの可能性も十分にある。結局は未知数という事になる。
そして、何よりもあの白髪の少年。
能力の無効化──そしてあの禍々しさ。恐らく不吉なものが多い『死神』『悪魔』『塔』『月』の能力。
だがそこまで絞るのが限界だった。 つまり未知数である。
「あー、やめやめ!俺バトルとかする気ねぇし、考えても仕方ないだろ。柄じゃない柄じゃない」
そうしてリュウトは考える事をやめ、ショップへ向かうその足を速めた。
それからショップにたどり着いたリュウトだったのだが──
「おーい、ヨハネ!迷子になるとは情けな──」
「最終審判──『制裁』」
待っていたのは、待たされて怒り心頭の審判──ヨハネによる制裁だった。
「よ、ヨハネさん……?あのですね?少し本気過ぎや過ぎませんでした?」
「ヨハネを、迷子にした、罰」
「いや……ほら、そこはプライド的な何かがね……?」
ダンッ
「マジすみませんでした。先にショップに着いてたヨハネさんが正しいです。俺が迷子でしたァ!」
地面を若干抉ったヨハネの足を見て、全力で謝るリュウト。
その様子に周りの買い物客が訝しげな視線を向けるが気にしない。
「もう、いい。で、ショップに、何しに来たの?」
「ん?そりゃ、あの俺らの世界の大穴を塞ぐためだろ」
「訳がわかんない……」
「いや、それ以外何の為に来るんだよ……ていうか、その変な帽子な──いてててっ!蹴るな!」
変な帽子と言われた事に怒り、リュウトを蹴ったヨハネは心底うんざりという顔をして、休憩用に置いてあるのであろうベンチに腰掛けるヨハネ。
「それじゃ、お休み」
そしてそのまま、寝転がり昼寝を始める。
「って、ちょっと待てぇぇぇぇえ!」
「喧しい。最終審判──」
「あぁぁぁぁぁぁ──ッ!?」
周りの視線が痛いほどのものになってようやく、二人はショップに入店したのだった。