1.世界の大穴と暴力的な隣人
異世界タルロータ。地球に非常に似ているが似て異なる世界であり、この世界では異能が当たり前のものとなっている。
異能に総称はなく二十二の属性と呼ばれる分類が存在し、各々一つずつの異能を身につけて人類が生活していた。
そんなタルロータ最大の大陸ウェイト大陸の最南端、マルセイユ国内にそれは存在する。
多少強い地震が起これば、たちまちに倒壊してしまいそうな木造のアパート。所々が腐りかけている上に、屋根瓦は殆ど剥がれかけている。いくつかの部屋には、ドアすらなく廊下やその奥の部屋まで丸見えである。
そしてそんな最悪最低で劣悪なアパート、タチクラ三荘(管理人はタチクラさん)の二階──二○一号室に住む二人の人間が居た。
中肉中背、黒髪黒眼のこれといった特徴のない、平坦な顔立ちの少年と、目を見張るほどの人間離れした美貌。滑らかな白い肌に流れる長い金髪に、彼女の無気力具合を表すかのような半分程に閉じられた碧眼。そして光を弾いて輝く白色の翼を背中に持つ、珍妙な格好をした少女。
以上が、このタチクラ三荘二○一号室の住人である。
「ところでヨハネさん?」
床の穴から這い上がってきた少年は少女──ヨハネに再び呼びかける。
「どうしたの、リュウト?」
流石にこれ以上無視したら可哀想とでも思ったのか 、ヨハネは首を動かし穴から顔を出すリュウトを見つめる。
その瞳は半分閉じられていて、なにか見ようという気が感じられないどこか無機質で、鏡のような瞳だった。
「とりあえず転生したのは分かるんだけどさ。俺だって俺の生き方っていうのがある訳で……もう少しなんとかならないのかね?と思うんだけど……」
「でも、あのままだと、リュウト、死んでた」
「確かに死んでたかもしれないけど、謎のペナルティ付きで生きたくねえよ……」
現在、リュウトがヨハネに強く事が出来ない理由。本来優位であるはずの彼が、たった一人の少女に逆らえない理由がそこに存在した。
「まあ、だから俺も人権的なのを主張したんだよ。でだ、一番最初に解決しなければならない問題を解決したい」
「問題?」
「この床だよ!どうすんのこれ!?下の階まで貫通してたんだからな!?」
「大丈夫、全てリュウトの、責任」
グッと親指を立て、毛布に潜り込み寝ようとし始めるヨハネ。
「コラッ!寝るな!そもそもお前が攻撃してきたのが原因だろ!」
「でも、その前に、変な事しようとしたのは、リュウト」
「でも最終審判は確実にやりすぎだよな!?そもそも何なんだ、あれ」
「最終審判は、言う事聞かない、従者への、躾用」
「嫌な事聞いた!」
そんなどうでもいい会話をしている間に、時間はどんどん過ぎていく。
「そもそも、下の階、誰か住んでるの?」
こんなボロボロのアパートに、そんなに人が住んでいるわけがないだろう、と言いたいのだろう。
「確かにこんな最悪の環境を、好きで選ぶやつは少ないだろうけど、わりと住んでるからな?実際、隣と裏の部屋には人住んでるし」
「えっ……?そんな変人が、居るなんて……」
「お前遠まわしに俺も変人だって言ってんな!?」
そう叫んだ瞬間だった。
ドゴッ
そんな鈍い音と共に、隣の部屋──二○二号室の壁から腕が生えてきた。
その腕は固く拳を握っており、まるでその拳で壁を貫通したかのような──
「って実際、貫通してる!?」
流石にこの光景には、ビックリしたのかヨハネは目を見開いて、壁から生えたその腕を注視する。
そうして、しばらく経つと腕はスルスルと、隣の部屋に消えていった。
「ねえ、リュウト。あれ、何……?」
我に返ったヨハネはリュウトに尋ねる。突然隣室から腕が生えて来たのだ。深夜に見たらホラー以外の何者でもないだろう。
「あれは隣人のカミサマだ」
「カミサマ……?神様、こんなボロボロのアパートに、住んでるの……?」
住んでたとしても貧乏神か疫病神なんだろうな、とヨハネは一人想像する。そもそも神様が何故、壁から腕を生やすのだろう。
「いや、違う違う。カミサマっていう人が住んでんだよ。カミサマ・グリーンハーツっていう姉ちゃんがな」
「名前、だった!?」
流石に予想外だった。
カミサマと呼ばれるその人物の、両親は何を思ってカミサマと名付けたのか。ヨハネの胸の内で疑問が湧く。
「すっごいおっかない姉ちゃんだからな、カミサマさん。ここ壁薄いから大騒ぎすると壁殴って忠告してくんだよ」
「殴るどころか、粉砕して、貫通してたよ!?」
もう慣れてしまって感覚が麻痺してしまっているのか、どうという事はなさそうに語るリュウト。
とても異常である。後カミサマさんは何かがおかしい。
「とりあえずそっちはどうでもいいんだ。まずは床をだな──」
「どうでも、良くないと、思う……っ!」
「つっても隣人には隣人の権利があるしな」
「壁を突き破って、いい権利は、ない!」
むしろ、こちらの権利をいろいろ蔑ろである。しかし、リュウトはやれやれといった様子で溜め息をつく。
「住めば都」
「既に、諦めてる……ッ!?」
そろそろツッコミ疲れたのだろう、ヨハネがぐったりとし始める。それを見たリュウトは
「ドヤァ」
渾身のどや顔(セルフ効果音付き)をしていた。
「ちなみにカミサマは力の属性だぞ」
「聞いてない」
少し休憩し、ヨハネが復活した頃。再び二人の会話は世界の大穴(リュウト命名)をどうするか、に戻っていた。
「とりあえず下の階に、人が住んでる以上、誤魔化し続けることは不可能だ。そして俺たちに修理──もとい弁償出来る金なんてない」
壁の穴はどうなのかというツッコミを、すんでのところで抑えるヨハネ。
「なんで、誰か住んでるって、分かるの?家具は、備え付けでしょ?」
「いや、なんか良くわかんない事が書いてある資料が、大量に置いてあったからな。世界の破壊がどうとか、能力の第二条件がどうとか」
「中二病……?会いたくない……」
この二人、自分たちの事は放っておいて言いたい放題である。
「リュウトの能力で、修復出来そう、なのは?」
「俺の『愚者の旅』の使えなさはよーく知ってるだろ?どうにも出来ねえよ」
「でも、このままだと、リュウトの腹筋が、割れちゃう……」
「話が飛躍し過ぎてるんだけど!?俺の能力が使えないのと、俺の腹筋はイコールで結べねえよ!」
そう言うとリュウトはどうしたものかと、世界の大穴を眺める。
穴自体は人二人分より少し大きい程度だから、普通ならあまり問題はないだろう……多分。むしろ、ないものだと信じたい。そうでなくとも最悪、下の住人がしばらく帰ってこなければ、このまま過ごす事も可能だ。
しかし、この部屋はとてつもなく狭いのだ。ヨハネが陣取っているソファを含めて、大人が四人寝転ぶ事が出来る程度。その程度にしかこの部屋の面積は存在しない(キッチンなどは廊下の方に存在する)。
それを考える度に、リュウトは頭が痛くなってくるのを感じた。
「こうなりゃ、方法は一つしかねえな」
「どう、するの?」
「そりゃ、勿論修復するのさ。出掛けるぞヨハネ。そのパジャマから着替えろ」
そんなあてがあるのだろうか──それを疑問に思い、首を傾げながらヨハネはいそいそと着替えを始めた。