【第四十九話】燦々たる鼠
宗志は悠牙の分身達に鋭い視線を飛ばす。恐らく堂林が以前使った術と同じで、本体の尾を引きちぎれば、この分身を一気に消す事ができる。だが本体は純血の妖狐故に、すぐに尾が再生してしまう。
よって、堂林が本体である悠牙自身の息の根を止めるしか分身を一気に消すことは出来ない。分身一体一体を地道に殺していくしかないのだ。宗志はちらりと白臣の方を見る。彼女が致命傷済む可能性は限りなく低い。傷を負わないなど不可能だ。
けれどそんなことを宗志が言って聞かせたところで、白臣は共に闘うと言うだろう。もしも大人しく最初は逃げてくれたとしても、雪を安全な場所に移してから、ここに戻って来てしまうだろう。
なにより、この悠牙の分身達の狙いは雪の生け捕りなのである。分身の追手が行かない訳が無い。そしてもしも自分が殺られそうになっていたら彼女は捨て身で戦おうとするだろう、と宗志には分かっていた。
ならば、白臣と雪をどこかに閉じ込めておく必要があった。そう思いついた瞬間には彼女を脇に抱えぐったりとした雪の袴の腰板を掴む。
そして地を蹴った。本堂を目指して。
「宗志……? ……宗志……放して!」
彼の意図が分かってなかった白臣だったが、すぐに理解したようで彼の腕から抜け出そうとする。だがそれは叶わない。
木製の階段を数段駆け上がると本堂の前に行く。そして体当たりするようにして、その巨大な本堂の重く分厚い鉄の扉を押し開けた。宗志は二人を軽く放るようにそこに下ろすと、すぐさま外に出て扉の取っ手を掴む。
そしてその取っ手を引くと、分厚い扉を閉めたのだった。重く低い音が響く。
「宗志! 出して……! 出してよ……!」
中から白臣の叫び声が聞こえてくる。宗志はその扉に背中をつけ、じりじりと近づいてくる悠牙の分身達に刀を向けぽつりと呟いた。
「大人しくしてろ。ここには鼠一匹入らせやしねぇ……!」
恐らく宗志の呟きは白臣には届いてないだろう。それは彼自身の誓いのようなものだった。堂林がどうなろうと、雪がどうなろうと、彼にとってはどうでも良かった。それでも白臣が雪を護ろうとするなら、彼も雪をそして彼女を護る。
いや、護るなんて言葉は相応しくないと宗志は苦笑した。白臣が雪を護ろうとするなら、それを妨げる者全てを始末する。
それが宗志にとっての己の存在意義であり、生きる意味だった。
「堂林、さっさとあの狐しばきやがれよ……!」
両者の殺気が満ちる。その刹那。二体の分身が斬りかかってきた。
それを宗志はひらりと躱す。背後に回る。そして刀を振り下ろす。
ばっさりと背中を着られる分身。だがその傷から紫色の炎が漏れたかと思うと、瞬く間に癒えてしまう。
彼の両側から飛んでくる巨大な手裏剣。それを一つを躱す。一つを刀で叩き落とす。それは足元の階段に深く突き刺さる。
更に前方から飛んできた手裏剣。それを彼は足元の手裏剣を掴み上げる。そしてそれを投げつける。
二つ手裏剣は空中でぶつかる。火花を散らし、地面に落ちた。
その時。宗志の死角から間合いに入った分身。瞬時に受け身を取る。しかしその分身は彼に攻撃すること無く。
ものすごい速さで鉄の扉へと向かう。その手が扉に届く前に。宗志はその分身の背後に迫る。そして首を撥ねた。
首の無くなった分身は紫色の炎となり、消えてしまう。宗志は扉に寄りかかりながら息を整える。
「やっと一体か……」
分身達は疲れ知らずだ。傷を与えても痛みも感じなければ、蓄積もしない。確実に急所を捉えるしかない。
息を整えている宗志に同時に飛びかかる三体の分身。それを彼は一振りで斬る。だがどれも致命傷ではない。
そんな時。横から飛んでくる手裏剣。それを彼は避けようとするが間に合わない。腹を掠めてしまう。
普通の手裏剣ならば掠めた程度どうってことはない。だが分身達が使うのは巨大な手裏剣である。宗志の腹に直線の傷がぱっくりと刻まれる。
長期戦は圧倒的に不利だ。宗志は一体の分身に迫る。そして刀を喉に突き刺す。刀は喉に深く刺さると貫通する。それをそのまま縦に下ろした。
その分身が紫色の炎となった時。背後の殺気。すぐ対応しようとするが。……できない。
宗志の体を捉える触手のようなもの。一人の分身の尾だ。
「……ぅ……ッ!」
躱せなかった。背中の皮膚を肉を裂く刃。前方から放たれる突き。その刃は胸の皮膚を突き破る。そのまま背中へと抜け貫通する。
ごぼりと血を吐く宗志。その血は分身の着物を赤く染める。崩れる彼の体に容赦なく振り下ろされる刀。
宗志は力を振り絞った。体に絡まる尾を斬り裂く。そして前転するようにして避ける。
その時。扉へと向かう分身達。彼は悲鳴を上げる体に鞭を打つ。分身達よりも先に扉の前へ立つ。そして一人を蹴りとばす。そしてもう一人の腕を掴み投げ飛ばした。
今にも崩れそうな膝。それでも彼は扉に寄りかかり立っていた。口の両端からは血が流れる。鉄の味の不快さに眉を顰めた。
彼の前にはまだ六体も分身がいる。ぼろぼろな宗志に対し、分身達の着物を染めるのは返り血のみだった。
扉の内側から宗志の名を呼ぶ白臣の声がする。心配するな、という言葉さえ呟くのも今の彼には辛かった。
それでも彼には扉の前からどくわけにはいかなかったのである。そして堂林が戻ってくる前に死んでしまうわけにもいかないのだ。
白臣の熱い涙に濡れる自分の死体を彼は想像して苦笑した。罪悪感を感じはするものの、悪くはないなと彼は思う。本望かもしれない。
それでも彼女を死体にするわけにはいかない。それが彼の存在意義であり、生きる意味なのだから。
「……あの野郎、この貸しは高くつくぞ……」
掠れた声で宗志は悪態をつく。そして扉に寄りかかったまま刀を構えた。すでに鬼につけられた腹の傷は開いてしまっている。着流しが血で濡れて体に張り付いてしまっていた。血の流しすぎのせいか目が霞んでくる。
もう宗志の足もまともに動かなかった。だが扉の前に立ち続けていればいいのだ。足が動かなくとも立つことはまだできる。
「……早くしろ、堂林……!」
六体の分身は相変わらずにんまりとした笑を浮かべ、一斉に宗志に斬りかかった。火花が散る。
金属と金属がぶつかる高い音。肉が裂ける音。血が飛び散る音。そんな音だけが響く気味の悪い月夜だった。
舐める様な殺気が満ちる。風が木々を揺らす。
堂林と悠牙は林の中の開けた場所で対峙していた。その地面は硬い岩の様な地質である。どうりでここだけ木が生えない訳だ、と堂林は地面を踏みながら思う。
悠牙は近くの石を蹴り、めんどくさそうに欠伸をした。彼の金色の尾は月明かりに照らされ、燦々たる光を放っている。堂林は思わず目を細めた。
気だるそうに悠牙は自らの尾を撫でると眠そうに目を擦る。
「君さいつまで僕について来るの。僕、眠いんだけど」
「……てめぇの事情なんか知ったこっちゃねぇよ。さっさと雪から手を引くってぇなら考えてやってもいいけどなァ」
「それは無理だね。僕は可愛い弟の血を飲み干さなきゃならないんだから。あんな才能の欠片もない奴なんか、ほんと妖狐の恥晒しだよ。実際、弟も幸せなんじゃないかなぁ。……強い兄のためになるんだから」
「……なら仕方あるめぇ。強い兄さんよォ、地獄で泣きながら小便でも垂れるんだなァァァァ――ッ!」
抜刀する堂林。両手に握られる刀。彼は真っ直ぐ悠牙に向かっていく。
「地獄でお漏らしするのは君の方だよ……!」
その瞬間。悠牙の八本の尾が鋭利な刃物の様になる。
それらは真っ直ぐ堂林への伸びていく。それを堂林は器用に躱す。刀で受け止める。払う。火花が散る。
舞うように躱していく。堂林の勢いは弱まることは無い。ひらりと飛び上がる。そして空中で尾を器用に避けながら悠牙に斬りかかった。
その時。悠牙は手を伸ばし掌を彼へと向ける。そこから噴き出す紫色の炎の渦。
彼の勢いは止まってしまう。狐火であるため火傷することはない。そして炎の勢いが増したかと思うと、彼はそのまま押し飛ばされてしまう。
地面に着地した瞬間を悠牙の八本の尾が狙う。彼は飛び上がって躱す。
「尻尾使えんのは、てめぇだけじゃねぇぞ……!」
堂林の尾の先が鋭利な刃物の様になる。金と銀の尾が激しくぶつかり合う。火花が散る。
「じゃあ、これできる?」
にやりと笑う悠牙。その瞬間、彼の尾が鋭利な刃物の様な状態のまま。大木並の太さになったのだ。
激しくぶつかっていた金と銀の尾。それは明らかに銀の尾が押し負けてしまう。
金の尾は地面を抉り、周りの木々を薙ぎ倒していく。木が倒れる度に地響きがする。
堂林を仕留めようと伸びる四本の金の尾。それを彼は躱す。その金の尾は地面に突き刺さる。
それに彼は飛び乗るとそのまま疾走する。彼を仕留めようと二本の尾が伸びる。それをひらりと避ける。
そして彼が間合いに入った時だ。尾が触手の様な細さへと変わったのだ。彼は体勢を崩してしまう。
「……ッ!」
その隙を悠牙は逃さない。瞬時に抜刀すると刀を振り下ろした。
だがそれを堂林は体を捻って躱す。
しかし。悠牙の尾が彼の足に絡みついた。そしてそのまま彼を地面へと叩きつけた。
硬い地面が割れ大きく抉れてしまう。二度叩きつけられる前に。彼は足に絡む尾を斬り裂き、すぐに間合いをとった。
その瞬間。悠牙は巨大な手裏剣を投げつける。それは紫色の炎を纏っている。
堂林は咄嗟にめくれ上がった地面へ目を向ける。そして尾を細くするとその巨大な破片を手裏剣に投げつけた。
「くそが……ッ!」
岩のような地面の破片。それはいとも簡単に砕けてしまう。
堂林は避けようとするが。急に手裏剣が加速したのだ。
咄嗟に彼は首を傾ける。だが間に合わない。それは彼の口元から頬にかけて裂いた。そしてそのまま彼の後ろにある木々を薙ぎ倒す。
堂林は忌々しそうに舌打ちする。悠牙は細い目を見開いてけらけらと笑った。そして法悦の笑を浮かべる。
「いいねぇ、最高だよ! 良かったねぇ、どんなに痛くても、辛くても、悲しくても、笑ってられるじゃない! ほんと最高!」
ひゃひゃと腹を抱えて悠牙は大袈裟に笑う。堂林の目に宿る殺気が一層増した瞬間。
彼は一気に間合いを詰めた。左右から繰り出される刃。
それを悠牙は余裕そうな表情でひらりひらりと躱す。彼の笑が濃くなった時。
堂林を叩き潰そうとするかのように。上から金の尾が振り下ろされる。
それを彼は後ろに翻して避ける。彼が立っていた場所は、悠牙の尾によって大きく抉れたように陥没してまう。
すると悠牙の尾が触手の様な細さに変わる。先は鋭利な状態のままだ。
蛇の様に軌道が予測不可能な金の尾。後退ながら堂林は躱し続ける。
悠牙との距離が開いてしまう。堂林が尾を伸ばしたところで届かない距離だった。なのに金の尾は際限などないのか、伸び続ける。
(逃げ回るのは性に合わねぇなァ……!)
剥き出しになる堂林の殺気。そして地を蹴った。
繰り出される尾の攻撃。それを刀で薙ぎ払いながら悠牙に向かっていく。
そして間合いまで入った時。大木並に太い金の尾が振り下ろされた。
肉が潰れ骨が砕ける音と共に地響きが起こり、土煙が舞う。少しして、静かになった。土煙が落ち着いてきたところで、悠牙はゆっくりと尾を上げる。そこには見るも無惨な姿になってしまった堂林の姿があった。
「案外あっけなかったなあ。まあ、混血なんてこの程度か」
その刹那。見るも無惨な姿となってしまっていた堂林が紫色の炎となり消えてしまったのだ。
反射的に悠牙は死角を向く。そこには今まさに刀を、いや鋭利な刃と化した己の尾で悠牙を貫こうとする堂林の姿。
それは目前まできている。悠牙は瞬時に守勢を取る。
「嘘……ッ!」
堂林の姿が紫色の炎と化したのだ。それと同時に悠牙の背後からの殺気。彼は咄嗟に横に避ける。彼の腹を巨大な手裏剣が掠った。
そして笑を浮かべたまま悠牙は堂林に向き直る。
「危なかったぁ。見事な分身の術。七尾の状態でここまで出来るなんて」
「……今ので仕留めるつもりだったんだがなァ」
「舐められたものだね。でもあの質の分身は七尾の状態じゃ同時に出せない、違う? せいぜい一体ずつ出せる程度でしょう」
「さァ、どうだろうなァ」
「ま、いいや。どっちにせよ、僕が勝つんだからさァァァァ――ッ!」
悠牙の尾が大木の様な太さとなる。尾が疾風を起こす。堂林の刀が閃く。
ふいに悠牙の尾が触手の様な細さへと変わる。八本の尾の先には巨大な手裏剣があった。
それは一斉に放たれる。堂林は二本の刀で襲いかかる手裏剣を防ぐ。そして瞬時に間合いに入ろうとするが。
悠牙が許さない。再び大木の様になった尾が大旋風を起こす。堂林の刀が旋舞する。激しくぶつかり合う。
その時。三本の尾が襲いかかる。堂林は咄嗟に避ける。だが一本の尾が彼の右足に掠ってしまう。
「……ク……ッ……!」
その程度だが衝撃は甚だしいものだった。彼の体は簡単に吹き飛ばされてしまう。
木に叩きつけられて彼の体は止まった。その木はみしみしと音を立て根本から折れてしまう。
堂林は刀を杖にする様にして立ちがあった。その時だ。思わず彼の顔が歪む。右足に激痛が走ったのだ。
恐らく折れてしまっている。悠牙に悟られないよう彼は右足に視線をやった。足首が腫れてしまっている。
尾を使った攻撃を主軸にすればそれほど足を使わないで済む。だが堂林よりも悠牙の尾は一本多い上に、大木の様な太さにできたり際限なく伸びたり等、自在であり力も強い。忌々しいことではあるが、それは堂林も認めざるを得なかった。手数や力では純血の妖狐は殺せない、と彼は判断する。
ならば小回りが利く状態である方が良いはずであった。足の痛みなど考慮している場合ではない。間合いに入り、悠牙の隙をつき急所に刃を叩き込む。単純ではあるがそれが一番だと堂林の経験上分かっていたのだ。
しかしこのような状況で純血のしかも自らよりも尾が一本多い妖狐を相手にしていても、堂林には刺し違えるつもりなど毛頭なかった。彼は九尾にならなければならなかったのである。そして九尾にならなければ叶えられない野望があったのだ。
足は痛むが千切れたわけではない。殺し合いというのは迷いがあるものから死んでいく。こんな足の痛み如きに気を取られている場合ではないのだ。
(宗志の野郎はまだくたばってねぇみてぇだなァ……)
ククッと喉の奥を鳴らして堂林は笑った。まだ使い道はあったか、と満足気に裂けた頬を手の甲で撫でる。宗志が悠牙の分身に殺られてようが殺られてまいが、堂林にとってはどうでもいいことだった。
しかし雪が分身によってこの場に連れて来られると、人質にとられ戦況が更に不利になる、とそこまで考えたところで堂林は己のことが分からなくなる。
別に雪が人質に取られたところで不利になることなどなり得ないはずだからだ。雪が死のうが生きようが知ったことではない、そう思ったところで堂林は眉間に皺を深く刻む。
では何故自分は悠牙を殺ろうとしているのだ? と堂林は己に問うた。気に入らない、それだけである。何故気に入らないのか、何故ここにいるのか、と考えたところで彼は思考を止めた。
「……気に入らねぇ奴は気に入らなねぇ。殺すことに理由なんぞいらねぇ。……そうやって生きてきただろうがよォ」
「は? なんの話?」
「こっちの話だ……!」
殺気が広がっていく。そして。先に動いたのは堂林の方だ。
それは銀色の疾風だった。単純な殺しの術だった。
相手よりも速く。相手よりも強く。足の痛みが脳に届くよりも速く。
彼の動きに悠牙の尾は間にあっていない。後手に回ってしまう。
全力をかけた堂林の一撃。悠牙もそれに応えるかのように全力を一撃に注ぐ。
「……!」
甲高く不吉な音が響く。それは刀が折れる音だった。……折れてしまったのは堂林の刀だ。
血飛沫が上がる。左肩から右腹にかけて大きく斬られてしまう。
にやりと悠牙は笑う。そして止めを刺そうと刀を振り上げる。
堂林は瞬間的に間合いを取る。そして懐に手を入れ、取り出したものを地面に叩きつけた。
煙玉だ。あたり一面濃い煙が充満する。悠牙は苛立ちを隠せない様子で声を荒らげた。
「堂林くん、意外と往生際が悪いんだね! さっさと出てこいよ!」
煙が薄くなった時には悠牙の前に堂林の姿はなかった。面倒くさそうに彼は欠伸をする。
「かくれんぼ? 僕暇じゃないんだけど」
悠牙はまた一つ大きな欠伸をした。一見隙だらけの様であるが、殺気が張り詰めている。
その一方で堂林は林の木々の間に身を潜めていた。彼にとっては忌々しいほど己の矜持に殺り方ではあるが、背に腹は変えられない。悠牙に気づかれぬうちに分身を七体創り出す。
七尾の妖狐の分身は八尾の妖狐の分身と比べると不完全である。七尾の分身は武器を具現化できないのだ。
よって武器を持っていないものが分身であると見切られてしまう。本体も分身に合わせ武器を持たない、という手段も取れなくもないがそれは戦力を下げることと同意である。
だがこのように身を潜めた状況で尾を用いた攻撃であれば錯乱させることが出来る。その隙を狙うしかないと堂林は考えていた。
矜持を捨てた戦法ではあったが、彼は九尾になり叶えなければならない野望がある。そのためには地を張いつくばってでも生き抜かなければならない。
(俺の生き死にを決めていいのは、この俺だけだ)
そして。分身が音を立てて走り出した。悠牙は周りに神経を尖らせながら林に身を隠している堂林の策を見切る。
「なるほどねぇ。意外とせこいことするんだねっ」
周りの木々の間から弓矢の様に飛んでくる銀の尾の攻撃。四方八方から飛んでくる。先は鋭利に尖っている。
それをひらり。ひらりと悠牙は舞うように刀で弾く。
彼は本体がどれであるが見極めようと神経を張り詰める。
そして堂林による攻撃を躱しながら、尾の先端を尖らせる。
一斉に金の尾を伸ばした。周囲の林を目掛けて。手応えはない。
外したか、と悠牙は舌打ちする。周りからの攻撃の手数も一向に減ってはいない。分身を減らすことも出来ていないのだろう。
「鬱陶しい蝿だね」
悠牙は銀の尾を飛ぶようにして避ける。そしてその尾が伸びた方向に迫る。林の中に入った。
「分身か。まあいいや。まず一体めっ」
楽しそうな声音でそう言う。その顔には法悦の笑が浮かんでいる。悠牙の目の前にいるのは堂林と姿形は似ているが丸腰である。分身だ。
残念、と彼は言うと刀を振り下ろす。するとその分身は紫色の炎へと変わり消えてしまう。
背後から伸びる銀の尾の刺突。それを悠牙は刀で弾き軌道を変える。
雨の様に降り注ぐ攻撃。だがそれは悠牙に過擦り傷を作ることも出来ていない。
「二体めっ」
降り注ぐ様な攻撃を躱しながら、林に身を隠す分身との距離を無にする。
そしてその首を撥ねた。分身は紫色の炎となる。
悠牙に繰り出される銀の尾の攻撃。それは矢の様な速さだ。
だが彼は舞うように避ける。刀で弾く。飛び上がって躱す。空中でも体を捩る。
そして次々と彼は堂林の分身の数を確実に減らしていく。
「これで六体めっ、と」
悠牙が分身の腹から刀を引き抜きながら、そう口にする。
そして次に来るであろう攻撃に備えた。だが辺りは静まり返っていたのだ。隙を狙っているのだろうと神経を尖らせる。しかし一向に攻撃の気配はないのだ。
彼は林から出て開けた広場に戻りながら、不思議そうにかくんと首を傾げる。
「おっかしいなあ、まだ分身一体と堂林くんがいるはずなんだけど」
もしや逃げたのか、と悠牙は一人でそんなことを考えた。それならそれが一番都合がいい。彼には堂林を殺る理由が全くない。腹の傷は少々痛むが、数千年を生きるという妖狐にとっては過擦り傷の様なものだった。
堂林が逃げたなら逃げたで追撃する理由など彼にはなかったのだ。彼は弟である雪が手に入ればそれで良かったからである。
そろそろ自らの分身が弟を連れてくる頃か、そんなことを悠牙が考えた時。とてつもない殺気を感じ取ったのだ。
咄嗟に彼は上を向く。すると空高くに飛び上がった堂林の姿。だが丸腰である。尾を尖らせて攻撃しようとしている。
「七体めっ」
悠牙の方が速かった。巨大な手裏剣を瞬時投げつける。
それは腕を切り落とした。切り落とした腕と、その左腕の無い体は紫色の炎に包まれ落ちる。
「本体はどこか――」
死角から発せられる殺気。一瞬でその方向に体を向ける。
「……ッ!」
そこには今まさに刺突を放つ堂林の姿。刀は目前まで迫っている。
しかし悠牙はそれを体を捻り躱す。それは彼の腕を擦る。
そして悠牙は刀を振り下ろした。血飛沫が飛ぶ……はずだった。
悠牙が刀を振り下ろした相手は紫色の炎に変わったかと思うと、そのまま消えてしまったのだ。
刀だけが消えずに地面に落ちた。




