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血煙旅記  作者: 黒洋恵生
郷愁編
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【第四十三話】薄情物の隣



 女はそう言った時には既に二人に背を向け歩き始めている。二人は顔を見合わせてから、そんな彼女の後に続いたのだった。

 村の端の方まで歩くと、とある家の前で女の足が止まる。二人はそこに通された。家は簡素な山小屋のような創りである。二人は女に促されまま履き物を脱ぐと、刀を腰から外し腰を下ろした。

 白臣は姿勢を正し、ぺこりと頭を下げる。


「先ほどはありがとうございました」

「別に私はなにもしてないさ。まあ勘弁してやってくんなよ。あいつらも悪気はないんだ。自分の身を守るには怪しそうな奴は追い払うのが一番なんだから」


 物騒な世の中だからねぇ、と女は付け加えた。そして、あっと思い出した様に言葉を続ける。


「私は(あん)って言うんだ。この村の村長をしてる。たいしたもんはないけどゆっくりしてっておくれよ」

「ありがとうございます。申し遅れました。僕は藤生白臣と申します。隣にいるのが……」

「宗志って名だ」


 白臣の言葉に続ける様にして、宗志はそう名乗った。杏は〝宗志 〟という名を聞いても、ふうんとした感じで特に気にした様子はない。それに白臣は胸を撫で下ろしたのだった。


「その、杏さん。どうして僕達に良くしてくれるんですか」

「どうしてもなにも、何でそんなこと訊くんだい?」

「だって僕達……やっぱり、その、妖しいじゃないですか」

「確かにあんた達程怪しい奴らはそうそうお目にかかれないね。だけど見た目は妖しくても、人間より人間らしい真っ当な人間がいることを私は知ってるよ」


 からからっと杏は笑い声を上げた。白臣は口を固く結び、じっと何かを考えてから再び口を開く。


「僕は見た目からして普通じゃないのは分かっているんです。……一応普通の人間なんですけど」

「あら、あんた純人間なのかい」

「はい。でもやっぱりこの見た目だと、敵意丸出しの人が多くて。話をまともに聞いてくれる人さえ少なくて。……杏さんみたいな人が多くなればいいな」

「……あんたねぇ、私はそんな出来た人間じゃないんだよ。私だって、ほんの少し前までは妖怪だとか物の怪の類はみんなおっちんじまえばいいって思ってたんだからさ」


 真っ当な奴がいるなんて知らなかったからさ、と杏は付け加えた。そして昔のことを思い出しているのか、少し遠い目をする。


「この村はさ、たいして金にもならないし、辺鄙な場所にあるしで国からも見放されて、那智組(なちぐみ)にさえ見放されちまった村なんだ。そんな村は人攫(ひとさら)いの格好の餌食(えじき)ってもんでさ」

「……そうだったんですか」

「ああ。私の娘はまだ五歳にもならないうちに(さら)われちまったよ、角やら羽やら生えた妖怪の血が混じった人間に。もう十年以上昔の話さ。今何処で生きてるのかそれとも死んでいるのか……。旦那もそいつらに殺されるわで……本当に散々だろ」

「……娘さんと旦那さんが……」

「この村のもんはみんなそうさ。そういう妖怪の血が混じった人間に酷い目に合わされた人間ばっかなんだ。悪いけど、いくらあんた達が真っ当な奴らだったとしても、私の村のもんとは分かり合うことは出来ないだろうね、恐らく」


 淡々とそう語る杏に白臣は申し訳なさそうに頭を下げた。杏は気にするなとでも言うかのように 笑ってみせる。


「あんたがそんな顔することないだろう。だから少しでも妖しいもんは追い払っちまうのさ、うちの村の人間は。そのために武術を学んでるもんがごろごろいる。大切な人を守るには、そうするしかないんだよ。そういう私だって正直なところ、少し前までは問答無用で、例え半殺しにしてでも追い払うことに賛成だったんだ」

「……じゃあ、どうして僕達を……?」

「少し前のことさ。妖しい見た目でも人間より人間らしい真っ当な人間もいることを知ったんだよ。名前は……なんだっけな。とりあえず二人の男女がこの村にやって来たんだよ。一人の男が見るからに人とは違う髪と目の色をしててねぇ」

「人とは違う……」

「そうそう。で、その男が背負っていた女が別嬪(べっぴん)さんなこと。ただ酷くその女は顔色悪くてね。助けて欲しいって男が言ってきたんだよ。だけどその時の私はそういう、妖怪やら物の怪の類を目の(かたき)にしてたもんでさ。追い払おうとしたんだよ。薄情者だろ」


 そういう杏に白臣は首を振ってみせる。杏の話に彼女はなんと返して良いか分からなかった。そんな彼女を気にすることなく、杏は言葉を続ける。


「でね、その男はそれでも諦めずに女を木にもたれかけさせると、しゃがみこんで頭を下げたんだ。この私にだよ。地面に頭をつけてさ。それでも私はこの村に留まることを了解せずに家に戻ったんだよ。今思えば私も相当狂ってたなって思うね」

「……それで、その二人はどうなったんですか……?」

「数刻経った頃かな。外が騒がしいもんでさ。表に出て見たらあの男がうちの村のもん達に殴られたり蹴られたりしててね。実はその日の数日前に女子供が数人攫われたもんで、その怨みのはけ口にされたんだろう。だけどその男は一切手を出さずに、頭を下げたまんまなんだ。腰に差した刀さえ抜こうとしなかったんだよ」


 そこで杏は言葉を一旦切った。白臣も宗志も杏の話に聞き入っている。


「私は酷くその姿に感心すると同時に、恥ずかしくなってきちまってね。別に何をされたわけでもないのに、髪と目の色が違うってだけで虐げちまったんだから。私のほうがこの男よりもよっぽど化け物だって思ったんだ。人間、怨み辛みに取り()かれちまったらおしまいだよ」


 怨みは人を化け物にさえしちまうんだ、と杏は一言付け加えた。暫くの間を開けてから白臣は遠慮がちに彼女に訊ねる。


「杏さん、その……男の人も女の人も助かったんですよね」

「もちろんさ。それから私は二人を家にあげてやってね。男の方はあれだけ殴らたり蹴られたりしてたのに擦り傷程度で(あざ)一つないもんだから、たまげちゃったよ。だが、女の方の具合は本当に悪くてね、とんでもない高熱でさ。まあ一週間寝たらだいぶよくなったみたいで、二人で礼を言って出てったよ」

「良かった……」

「そうそう、その男がね、自分は座敷童子だからいいことありますよ、だなんて軽口を叩いててねぇ」

「……!」

「そのお陰か知らないけど、いいことが最近続いてるのさ。占い業も羽振りのいい客が増えたし、畑の野菜は何故かいつもより豊作だったしね。数年前に無くなったって思ってた(くし)が見つかったりね。情は人の為ならずってこういう……ってどうしたんだい?」


 顔を見合わせている白臣と宗志に、杏は不思議そうな顔をする。そんな彼女に白臣は少し前のめりになって訊ねた。


「もしかして、その男の人って青い髪に赤い目をしてましたか!?」

「ああそうだけど、何で分かったんだい?」

「男の人の名前は瀬快、女の人は晴って名前ではありませんでしたか!?」

「そうだ、そうだ。瀬快と晴だよ。なんだ知り合いだったのか」


 世間は狭いねぇ、と杏はからからっと笑う。一方白臣は瀬快達が無事であることに心の底から安堵した。宗志を追い込んだ彼ほどの強さであれば那智組(なちぐみ)にやられてしまうことはないと言いきれるが、やはり無事を確認できていないため不安であったのだ。

 それは宗志も同じだったようで、心なしか柔らかい表情をしたように白臣には思えた。ほんの微かな変化ではあったのだが。

 一通り笑った後、杏は思い出したように口を開いた。


「ごめんねぇ、長話して。こんなこと村の者には話せないからね。あいつらも早く気づくといいんだけど……まだまだ時間はかかりそうだ。大切な人を奪われる悲しみ怨みってのは人間を狂わせちまうって今なら言える。私はそいつらのお陰で気づけたんだよ。運が良かったのさ、本当に。さて、あんた達、今日は泊まってくんだろ?」

「……いいんですか?」

「いいも何もそのつもりさ。そういや、あんた達はどこ目指してるんだい?」

「実は神庫国という国に行きたくて」

「へぇ。それはまさか巫女でも探しに?」

「ご存知でしたか。なら、あの……杏さんは呪陰っていう存在を――」

「あんたらが解きたいのはその宗志っていう侍にかけられた呪いだろ?」


 杏の言葉に白臣は驚いたように目を見開いた。宗志は逆にすっと目を細める。杏は溜め息をつくと視線を白臣から宗志へと移した。


「相当強い怨念だね。私も占い業やら、ちょっとしたお(はら)いぐらいしてるからさ。その怨念は普通の人間が出せるもんじゃないね。下手したら純血の妖怪らへんかな」

「……ああ。純血の鬼だ」

「鬼ねぇ。そりゃそれだけ強い念になるわけだ。それで呪陰を探してるってわけか。あんた、体の具合は悪くないかい? 正直に言いなよ」

「……問題ねぇ。その鬼につけられた傷が癒えねぇぐれぇだ」

「まだその段階ってことか」

「杏さん、その段階ってどういうことですか……!」


 思わず白臣は小さく叫ぶようにそう杏に問う。杏は難しい顔をして(おもむろ)に口を開いた。


「さっき、遠目で見たんだけどさ。あんた翼抜け落ちちまったろ」

「ああ」

「あれはその怨念のせいさ。私も詳しくないが、純血の鬼の呪いがかけられたら純血の人間なら即死、妖怪と人間の混血なら、徐々に妖怪の力が使えなくなっちまうとか聞いたことあるね。あんた、翼また出せるかい?」


 宗志は無言で首を振った。杏はだろうね、と言うと再び口を開く。


「たぶん呪いを解くまで翼は出せないだろう。あんた、他に能力とかはあるのかい」


 その杏の言葉に宗志は頷いて人差し指を立てた。炎を出すつもりなのだ。白臣はその彼の指先を心配そうに見つめる。だが白臣の心配を他所に、彼の指先には勢いのいい炎が(とも)った。その指先の炎を消した後、今度は彼は掌を上に向け、その上にまた炎を灯して見せた。

 杏は言いづらそうな顔をしてはいたが、はっきりとした口調で言う。


「良かったね、呪いはまだそこまで進んでないみたいだ。だけどその力もいずれ使えなくなる。そしてその呪いはいずれ、妖怪の力だけじゃなく命も奪うだろう」

「そんな……! 杏さん! 呪陰の場所は……! 呪陰がいる場所知らないんですか……!」


 (すが)るように訊ねる白臣に、杏は難しい顔をする。その表情に白臣の不安は増していく。杏は少し間を空けてから、ゆっくりと口を開いた。


「あんた達、巫女狩りっていうの知ってるだろう?」

「まさか……! 呪陰も……」

「そうさ。もうみんな骨や肉は売り払われちまっただろう。そもそも巫女狩りというのは呪陰を狩り尽くしちまってから起きたんだ。酷いもんだ、人を殺しちまうだけじゃなく、その肉を食うなんて」

「じゃあ、呪陰はこの世に存在しな――」

「いるよ。一人だけ。(うわさ)だから本当だか知らないけど」

「教えてください……! その人の名を……! 居場所を……!」

「……教えたところで、あんた達はそいつに頼れやしないよ」

「いいから……! 教えてください……! 何処にだって行きます! 何だってしますから……!」


 白臣は必死にそう叫ぶように懇願する。杏は言いづらそうに、困ったような顔をした。そして息を吐き出すように言葉を紡いだ。


「その男の名は土岐翔和(ときしょうわ)。那智組の大将さ」


 その言葉に白臣は絶句した。よりによってどうして、という思いがぐるぐると回る。そして〝呪いはいずれ、妖怪の力だけじゃなく命も奪うだろう〟という杏の言葉が何度も彼女の頭の中で重く響いた。土岐に頼るしか宗志が生きられる道はないのだ。

 白臣はその事実を受け入れきれず、たた呆然と杏の顔に視線を注ぐことしか出来なかった。土岐が宗志の命を助けてくれるなんてこと、起るわけがなかった。

 確かに自分達を見逃してくれたこともあったが、仲間を平気で斬り殺す残忍な一面を土岐持ち合わせている。彼の行動基準は常人には理解できないような場所にあるのだろう。

 けれどだからと言って土岐が宗志の呪いを解き、命を救ってくれる可能性は限りなく低いことは明らかだった。

 そんな白臣に申し訳なさそうな顔を杏はすると、でも、と言葉を付け加える。


「ただあくまでも私が知っている範囲の話さ。専門的にやってるわけじゃないし、聞きかじった程度の知識だからねぇ……悪いんだけど……」


 杏はそうは言いながらも〝呪陰が他にいるかもしれない〟〝命を奪う程の呪いではない〟などの無理に期待させるようなことは一言も言わなかった。

 現実が白臣の華奢な肩に重くのしかかる。ふと宗志は何を思っているのだろう、と彼女は宗志へと視線を向けた。だが彼女が思っていた以上に宗志の顔はいつも通りの無表情であったのだ。

 宗志は感情が顔に(ほとん)ど出ることはないと、そんなこと白臣には分かりきっていたことなのに何故か彼女は切ない思いを堪えることが出来なかったのである。

 その後は特に話も弾まずに、重い空気が流れたまま三人はそれぞれ眠りについたのだった。







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