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血煙旅記  作者: 黒洋恵生
鬼殿編
42/69

【第三十七話】人形の仕業

 





 薄ら笑いを浮かべる彗を、時雨は静かに睨み上げた。そして彼は槍を畳に突き刺し、それを杖のようにしてゆっくりと立ち上がったのだ。

 彗は鼻で笑うと刀を構える。


「諦めの悪い奴だな、貴様は」

「……後悔させてやろう。この世に生まれ落ちたことを、な」


 静かで且つ冷たい殺気が時雨から放たれる。その目には深淵を思わせるほど深い闇が宿っていた。

 そして。閃光の様な速さで突きを放った。彗は間一髪の所で(かわ)す。

 だが時雨は攻撃の手を緩めない。次々と槍の攻撃を繰り出す。

 流石の彗の顔にも余裕の顔が消える。そして近間になった時。

 槍の柄による打撃。それが彗を真横に弾き飛ばした。

 彗が叩きつけられた壁には亀裂が入る。彼はゆっくりと口元から流れる血を手で拭った。


「混血のくせに調子に乗りやがって……殺す……殺してくれるわああああ――!」


 咆哮(ほうこう)を上げて彗は時雨に迫った。彗の刀を寸前のところで時雨は槍で防ぐことに成功する。

 ただその衝撃だけは抗うことは出来なかかった。吹き飛ばされた時雨は壁に激突し、そのまま壁を突き破ったのだ。彼は外へと放り出されてしまう。

 それでも勢いは収まらず城の瓦屋根(かわらやね)の上を転がり落ちた。

 時雨は咄嗟に槍を屋根に突き刺す。そしてなんとか転がり落ちる体を無理矢理止める事が出来たのだった。

 だが間髪入れず。彗は刀を振りかぶり時雨に飛び掛る。

 時雨もそれに向かい撃つ。刀と槍がぶつかる音が響く。

 彗の刀が時雨の右肩から左腹部まで斬り裂いた。しかし傷は浅い。

 時雨は怯むこと無く槍を振るう。槍が彗の肉を裂いた。だが骨までは断てていない。

 二人は同時に間合いを取った。そして再び斬り結ぶ。しかし。


「……ッ!」

「時を止めるまでもなかったな」


 槍を彗が掴んだのだ。右腕に力が入らない時雨には、槍を振り下ろすことも振り上げることも出来ない。

 時雨に迫る刀。背に腹は変えられない。時雨は槍を放し間合いを取る。

 しかしそれを彗が許すわけはなく。容赦なく降り注ぐ斬撃。

 (ふところ)から取り出したクナイで時雨は応戦する。

 だが圧倒的に時雨が不利だ。仕切り直そうと距離を取ろうとした時。

 時雨の思考がそこで途切れた。


「分かったか? これが俺と貴様の差、生まれ落ちた時から決められていた強者と弱者の差だ」


 はっと思考が戻った時雨には彗の嘲笑う声が耳に入ってきた。

 咳き込む様にして時雨は血反吐を吐き出す。時を止められたのだと回らない頭で理解した。

 時雨の腹には深く刀が刺さっていたのだ。虚ろな瞳で彼は彗を睨みつける。

 それでも時雨は彗の顔へ手を伸ばす。だがその手は彗によって掴まれてしまう。


「ッ……ぅ……!」


 骨が砕ける嫌な音がした。時雨の口から呻き声が漏れる。彼の右腕は力なく下がってしまった。

 彗はゆっくりと時雨に刺さった刀を引き抜こうとする。もう時雨の足には力が入る状態ではない。刀を引き抜かれた瞬間ぐらりと彼の体は傾き膝を着いてしまう。

 そんな時雨を見て彗は高笑いをして大きく刀を振りかぶる。それを防ぐ力は時雨には残されていなかった……はずだった。


――頭。


 鳥野の声が聞こえた気がしたのだ。時雨の虚ろな瞳に小さな光が戻る。彼の頭の中には鳥野、そして南燕会の面々の姿が浮かび上がった。

 帰らなくてはならない、そんな激しく込み上げる想いが力となったのだ。時雨の体を気力が動かしたのである。振り下ろされる刀を(かわ)すと同時。時雨は彗の顔に手を伸ばした。狙うは彗の左目である。


「……ッ……糞がぁああ……!」


 完全に油断していた彗は時雨の動きに対応する事が出来なかった。もはや穴となってしまった左目を抑え、残った右目で時雨を刺し殺すかの如く(にら)みつける。

 時雨の左手には血で濡れた眼球があった。彼は今にも倒れそうになりながらも、真っ直ぐに彗を見据えている。そして彼は自らの額の眼球を抉り取ったかと思うと、その彗の眼球を額に()め込んだのだ。

 それを見た彗は忌々しそうに鼻で笑った。


「優男面して気色悪い趣向を持っているのだな、貴様」

「人は、見かけ……で判断する、もんじゃな、い。鬼の……首を、取りに来ている、のだ。(まっと)う……な奴なわけ、ない、だろ……う」

「それもそうだ。だが目玉の一つでこの戦況は覆せまい。それに、楽に死ねると思わないで貰おうか。貴様は俺を怒らせた……!」


 彗は一気に間合いを詰める。そして時雨の腹に蹴りを撃ち込んだ。

 吹き飛ぶ時雨の体。水切り石のように三回ほど弾んでから、やっと勢いは止まる。

 彗は更に攻撃を畳み掛ける。時雨にのしかかり腹を突き刺した。そして腕、胸、腹、顔。ぐちゃぐちゃになるまで何度も何度も刺し続ける。そして彗がやっと満足気に笑みを浮かべた時だ。


随分(ずいぶん)と、楽しそう、だな。鬼の……頭領殿」


 彗の後ろから声が聞こえたのである。それは紛れもなく時雨のものだった。さっきまで馬乗りになって刺していたはずの時雨の体は、彗の目の前にはなくなっていたのである。


「ど……どうなってるんだ……ッ! さっきまで俺は貴様を……」


 その先を言葉にする前に彗はとある異変に気づいた。体が動かないのだ。辛うじて唇が動く程度で、後ろにいる時雨を振り返って睨みつける事一つ出来ない。屈辱で彗の顔はみるみる赤くなる。

 動揺を隠しきれない彗に、時雨は(あわ)れみを含んだ溜め息をついた。


「俺に目を取られた時点で、貴様の負けは覆す事の出来ない決定事項となっている」

「どういう、ことだ……!」

「俺は相手の目を奪い、それを額に()めることで相手の五感、記憶、思考、その者自身を支配する事が出来る」

「そんなふざけた話、あるものか!」

「言っただろう。一つの考えに囚われる者は足元を(すく)われると。そのようなふざけた話があるから貴様は動けずにいるのだ。……さて、とりあえずその物騒な物を捨ててもらおうか」


 時雨がそう言うと彗の意思に反して彼の手から力が抜ける。刀は彼の手から零れ落ちてしまう。驚愕(きょうがく)のあまり、彼は言葉が出てこないようだった。


「少しは信じてもらえたか? 俺は貴様をどうにでも出来る。自らの腹を斬らせる事も、自らの喉を掻っ切らせることも。……俺の人形として一生を終えることも、な」

「そんなの、ごめんだ……!」

「それを決めるのは貴様ではない。俺だ」


 そう時雨は冷たく言い放つ。その眼光の冷たさは背を向けている彗でもすくみ上がるほどの物であった。

 時雨は彗を見下ろしながらゆっくりと口を開く。


「言っておくが俺は貴様が思っているほど優男じゃない。貴様が理叶殿、妹の瞳子殿にした仕打ちを思えば……何だって出来る」


 そう時雨が静かに言うと同時。彗の左手が自らの右腕を強く(つか)んだのだ。もちろん彼の意思ではない。左手が右腕を握る強さが徐々に強くなっていく。

 まさか……と流石の彗も裏返った声を漏らした。


「貴様は理叶殿の腕を何回()じったのだ? 純血の貴様は俺達よりも頑丈なのだろう? 何回捻じれば……取れてしまうのだろうか」

「き、貴様……!」


 彗の左手にどんどん力が込められる。彼は自らの体が操作され自らの手で腕をもぎ取ろうとしている事に恐怖したが、その恐れ一つ顔色に出ることは無い。

 完全に彗は時雨の傀儡(くぐつ)と化していたのだった。

 そして。彗の左手が自らの右腕の骨を(くだ)く寸前。

 血飛沫が上がった。彗の首が()ねられたのだ。その屍となった体は血を噴き出し、まさに糸が切れた傀儡の様に倒れてしまう。そして宙に飛んだ首は瓦屋根を転がり落ち、地面に叩きつけられてしまったのだった。

 時雨は彗の血のついたクナイを忌々しそうに見つめ、(ふところ)にしまう。


「これでも俺を優男なんぞと言えるか」


 その小さな呟きには自嘲が込められていた。その首の無い屍を時雨は黙って見下ろすと目を()らす。


「……早く皆と合流せねば」


 そう静かに言ってから時雨は最後に首の無い屍に目をやり、その場を後にしたのだった。






「くそ……!」


 白臣は思わず声を上げた。二人が地下牢から出た時、既に五人程の鬼が目を覚まし起き上がっていたのだ。他の深い眠りについている鬼達が目を覚ますのも時間の問題である。

 鬼達は同時にぎろりと二人を睨みつけた。


「餓鬼二人がそこで何してやがる? 俺達が眠らされてたのも、てめぇらの仕業(しわざ)か、あ?」

「俺ら五人以外いびきかいてやがるが……ま、餓鬼二人片付けるのに五人で事足りるよな」

「馬鹿言うんじゃねぇ。一人で十分だろうよ!」

「そういえばお前、葉川さんがこき使ってた犬っころだろ? 大人しく隣の赤毛の奴殺せば、見逃してやってもいいぜ?」

「やだね。決めたんだ。……もう二度と友達を裏切らないって」

 

 はっきりと理叶はそう口にした。白臣は隣にいる彼の顔をちらりと見る。白臣の視線に気づいたのかは彼は彼女へと目を向け、照れくさそうに笑った。

 鬼達はその彼の答えを聞いて各々の武器を構えじりじりと間合いを詰める。今にも飛びかかってきそうな気迫であった。

 理叶は隣にいる白臣に向って叫ぶように言う。


「白臣! 松明(それ)貸せ!」


 そう言うやいなや理叶は左手の鎌を口に(くわ)え、その手を突き出した。そして白臣から松明を受け取ると彼はそれを一人の鬼に投げつけたのだ。

 その火は瞬く間にその鬼を炎で包み込む。呻き声を上げてその鬼は転がり回っている。


「てめぇやりやがったなァアアア――ッ!」

「調子こきやがってぇぇえええ――ッ!」

「ずたずたに引き裂いてやる――ッ!」

「死ね死ね死ねぇぇえええ――ッ!」


 他の四人の鬼は口々に咆哮(ほうこう)する。そして二人に斬りかかってきたのだ。

 理叶は軽やかな身のこなしで敵に攻撃をしかけていく。致命傷(ちめいしょう)とはいかないまでも敵に傷が増えていった。彼は鬼と攻防を繰り広げながら叫んだ。


「白臣!」

「なに……!」

「俺、今すげー生きてて良かったって思った! そんでもってすげー生きたいって思ってる! ありがとな。こんなとこまで来てくれてさ!」

「礼なら(ここ)を出てから聞くよ! だから帰ろう、六人(みんな)で……!」

 

 そうは言いつつも白臣は身を守るので精一杯だった。しかし人間の彼女が純血の鬼相手に二人の鬼の猛攻を凌げているのは異常な事でもある。敵の刀を見ずに防いでいる時もあった。敵の動きを予測して動いているのである。目では鬼の動きは追えないからだ。

 時間にしたらまだほんの数秒の事である。だが白臣にとっては数時間に感じるほどの緊迫した攻防だった。

 その緊迫した空気が一瞬止まる。骨の(くだ)ける嫌な音が響いた。


「あ"あ"ッ……!」


 理叶の呻き声が白臣の耳に飛び込んできたのだ。声のする方向へ彼女は顔を向ける。

 そこには顔を歪めている理叶。そして彼の足を掴む倒れた鬼。さっきまで炎に包まれていた鬼だ。炎は(すで)に消えてしまっている。

 理叶は足を掴む鬼の手を振り払う事に成功した。しかし。彼は体勢を崩してしまったのだ。

 その隙を他の鬼が見逃す訳はなかった。一人の鬼が背後から彼に刀を振り下ろす。


「やめろォオオオ――!」


 瞬時に白臣は地を()った。そして理叶の背後にいる鬼に体当たりをしたのだ。

 不意をつかれた鬼。彼はよろけてしまう。刀は空を切った。

 しかし。その鬼は体勢を立て直す。そして白臣の胸倉(むなぐら)を掴み投げ飛ばしたのだ。

 吹き飛んだ白臣の体。木の幹に叩きつけられる。額からは血が流れ出る。

 しかも。その衝撃で刀が手から抜けてしまったのだ。

 そして白臣の目前には刀を振り上げた鬼の姿。白臣にはなす術がもうなかった。(まぶた)を閉じる間もない、その時だ。


「……!」


 白臣の目の前にいた鬼が頭から血を噴き出したのである。その鬼は刀を彼女に振り下ろすことなく絶命した。その鬼の頭部には……鎌が深く刺さっている。理叶が投げたものだ。

 弾かれる様に白臣は理叶の方へ顔を向けた。そこには彼に一斉に襲いかかる三人の鬼。

 そして。親指を立て静かに笑っている理叶の姿だった。


「理叶――ッ!」


 肉が裂ける嫌な音が。理叶の(かす)れた呻き声が。白臣の耳の奥に絡みついた。

 理叶を貫いた血に濡れた三本の(やいば)は、ゆっくりと引き抜かれる。それが抜けると同時に彼はぐったりと倒れてしまう。彼の体から広がってゆく血溜まり。

 白臣は目を見開いた。この現実に頭がついていかない。現実であるか夢であるか、それさえはっきりと分からなかった。


「……あ、あ、うわ"あ"あ"あ"――!」


 悲鳴の様な叫び声を上げ白臣は倒れている鬼の頭部に刺さっている鎌を右手で掴み取る。そして三人の鬼に真正面から飛び掛った。

 理叶の笑い声が、言葉が。そして肉が裂ける嫌な音も、掠れた呻き声も。それらの音が白臣の耳の奥でぐちゃぐちゃに響いている。

 白臣は力任せに鎌を振り上げた。しかし。その鎌が振り下ろされる事は無かったのである。


「……すまない」


 時雨が両者の間に入り白臣の右腕を掴んだのだ。それでも彼女は右腕の力を緩めることをしない。体が燃えているのではと錯覚してしまうほどの怒りと憎しみに任せ、彼女は涙混じりに叫んだ。


「殺す! 殺す殺す殺す、殺してやる――!」

「……すまない」


 静かな時雨の声音にやっと白臣は我に返った。時雨の後ろには三人の鬼が血を流し倒れている。どの鬼も急所に深くクナイが刺さっていた。

 白臣の右腕から力が抜けたのを察し、時雨はそっと彼女の腕から手を放す。力なく腕を下ろした彼女の手から鎌が零れ落ちる。


「理叶……!」


 倒れている理叶に二人は駆け寄りしゃがみ込む。白臣は彼の傷を見て溢れる涙を(こら)えることが出来なかった。

 首、胸、腹からはごぼりと血が噴き出す様に流れ出ている。特に首と胸から流れる血の量は尋常ではない。純血の人間ならば即死してしまうほどの大怪我だった。

 理叶の体はどんどん青白くなっていく。白臣は嗚咽(おえつ)を噛み殺しながら脇差しを抜いた。そして袖に切れ目を入れると破り取り、それで彼の胸の傷口を抑えた。これ以上血が流れ出ないようにするためである。

 しかし、理叶は弱々しく白臣の腕を握ると静かに首を振った。そして虚ろな瞳に彼女と時雨を映し小さく笑ったのだ。


「白、臣……もう、いいっ、て……」

「よくない……! 全然よくない……!」

「もう、俺、助から……ねぇ、よ」

「助かるよ……! 助かるに決まってんだろう……!」

「無理、だ……心臓、に刀、が……届いちまっ、てる、から……」


 理叶の胸の傷に押し当てた布は血でぐっしょりとしてしまってる。これ以上血を吸えないほど吸い上げてしまったのだ。

 それでも白臣は布を押し当てることをやめなかった。彼女の手は(すで)に真っ赤に染まってしまっている。

 理叶は白臣の腕を放し、徐に彼女の頬へと手を伸ばした。血で彼女の頬に何かを描くように理叶の指はそろそろと動く。その動きは輪郭を確かめようとしているかのようであった。


「俺さ、ほんと、は……友達、なんて……いねぇ……んだ。ごめ、んな、かっこ……つけたくて、さ……。だか、ら……お前、に紹介、出来ねぇ……んだ……」

「いいから……! そんなこといいから……! 僕は理叶が友達でいてくれればそれでいいんだ……!」

「嬉し、い、よ……あり、がと……な……」

「……なんでよ! なんで! 僕なんかの為に……! 僕なんか(かば)ったんだよ……!」

「決ま、ってん……じゃん……、友達、だから……」


 そう静かに笑う理叶に白臣は何も言葉が出なかった。あの時ああすれば、こうすれば、と後悔の念が首を締めあげる。彼女の瞳からは瞼を、そして頬を焼く様な熱い涙が零れる。泣いても泣いても止まることはない。

 そんな時、白臣は自分の(ふところ)に入っている巾着袋の存在を思い出した。それは白臣の母である椿の双子の姉である葵から譲り受けた物だ。その中にある丸薬はどんな傷も治すことが出来るのである。


「理叶……これ飲んでくれ……!」


 そう言って白臣はその丸薬を理叶の口元へと運んでやる。そして小さく開いた彼の口にその丸薬を入れた。

 しかし、理叶は激しく()き込み血反吐を吐き出してしまったのだ。その血反吐の中には丸薬が沈んでいる。それを白臣は拾うと再び彼の口へと運ぶ。そして彼の口の中へ入れるが、彼は又しても咳き込んでしまう。吐き出した血反吐に丸薬が沈んでいる。

 それを数回()り返したところで、理叶は微かに首を振った。


「もう、いい……。俺、には、飲み……込む、力も、残って、ねぇみたい、だ……」

「諦めないで……! お願いだから……! ねぇ……!」

「泣くな、よ……。そん、ぐらい、で……」

「理叶……! ごめん……本当にごめん……! 僕のせいで……! 僕のせいだ、僕のせいだ……!」

「そんな、こと……言う、んじゃ、ねぇ……よ……。そんな、こと、次……言ったら、こう、すっぞ……」


 そう言うと理叶は白臣の頬を弱々しく(つね)った。だがその力は余りにも弱く、彼女は更に溢れ出す涙をどうすることも出来なかった。

 理叶はそんな白臣を困ったように見つめてから時雨へと視線を向けた。


(かしら)……」

「理叶殿……すまなかった……本当にすまなかった……」

「何、言って、んだよ……(かしら)……。俺、嬉し、かった……俺、なんかを、仲間、って……呼ん、でくれ、た、から……」

「理叶殿……」

「なんて、顔、して、んだ、よ……(かしら)。あんた、の……大好き、な白……臣が、隣に、いんだ……ぞ……。天狗も、いねぇ、し……、触り、放題、じゃねぇ……か……」


 掠れた声でおどけて見せる理叶に、時雨は苦しそうに顔を(ゆが)めた。その隣で白臣は止まることを知らない涙を手の甲で拭い続けている。

 今にも目を固く閉じてしまいそうな理叶の姿を見て、白臣は意を決して立ち上がった。

 それは妹の瞳子を連れてくるためである。だが、そんな白臣の腕を時雨は強く(つか)んだ。その力は彼女が驚きを覚えてしまうほどの強さだった。

 どうして……、と叫ぶ思いで白臣は時雨の顔を見た。彼は小さく首を振ると白臣にしか聞こえない程の声量で呟く様に言う。


「瞳子殿は……来ない」

「でも……! 会わせてあげたいんです!」

「傍にいてあげてくれ。……理叶殿の友として」


 ()み合わない二人の会話。しかし時雨の有無を言わせない強い瞳と、今にも消えてしまいそうな理叶の瞳の光が白臣を再び座らせたのだった。

 理叶の(まぶた)は徐々に閉じようとしているのが二人には分かった。そしてその瞼が閉じたら二度と開くことがないことも。


(かしら)……俺、仲間……のくせに、何も、出来な…のかった。ごめ、んな……」

「そんなことどうだっていい……!」

「瞳子、のこと……よろ、しく、頼みま……す……」

「……ああ、任せてくれ」

「あんた、には、して……もらって、ばかり……だ」


 消えてしまいそうな理叶の声。消えてしまいそうな瞳の光。それでも彼は最期に小さく白臣に笑いかけたのだ。


綺麗(きれい)、だな……」

「理叶……! やだよやだよやだよ……! お願いだから……!」

「お前、の目……涙で、きらきら、して、る。……やっぱ、り……宝玉みた、いだ……」


 それが、理叶の最期の言葉だった。



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