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血煙旅記  作者: 黒洋恵生
鬼殿編
37/69

【第三十二話】醶い瞬き






「お前は……」

「見つかっちまった」


 理叶は薄ら笑いを浮かべていた。彼の左手には鎖鎌が握られている。それは普通の鎖鎌とは少し違っており、両端に鎌がついていた。

 そして彼の右手には吹き矢が握られている。恐らくその針には人を眠らせる毒が塗ってあるのだろうと、宗志は推測した。彼は刀を理叶へと向ける。


「どうしてあの馬鹿(しぐれ)は、こんなめんどくせぇ奴を抱え込んじまうかな」

「瀬崎時雨が愚直な優男で良かったわ。お陰で計画通りにいきそうだからさ!」

 

 理叶はそう言ってから宗志に目がけて吹き矢を連射した。それを彼は器用に刀で弾く。

 しかし理叶の顔には驚いた様子はない。想定内と言うかの様に薄ら笑いを浮べたままなのだ。彼は吹き矢を投げ捨て(ふところ)に手を入れた。そしてそこから取り出した物を畳に叩きつける。

 煙玉だ。それは割れると同時に濃い煙が溢れ出し瞬く間に部屋を満たす。宗志は口と鼻を(そで)で塞ぎ、煙を部屋から出そうと障子に手を伸ばそうとしたが。

 宗志を抗うことの出来ない程の眠気が襲ったのである。体はどんどん重くなり、力が抜けていく。彼はその眠気に足掻(あが)こうとするものの、とうとう片膝をついてしまう。

 結局宗志の手は障子に届くことなく、彼はばったりと倒れてしまったのだった。

 理叶は宗志が深い眠りについたのを確認すると、直ぐに障子を開け放つ。それと同時に濃い煙は一気に外へと流れ出て行く。そして煙は夜空の向こうへ消えていったのだった。


「ちっと濃すぎたかも。耐性あるのにな、俺」


 最初からこっち使えば良かったよなあ、と理叶は眠そうに目を(こす)りながら倒れている時雨に近づいていく。そして鎖鎌の片方の鎌を右手に持ち変える。時雨を見下ろす彼の顔は歪んでいた。

 その時だ。理叶は後ろから発せられる殺気に瞬時に振り向き反応した。彼を目掛けて丸太並の太さの金棒が振り下ろされる。それを彼は両手の鎌で受け止めた。

 金棒を振り下ろしたのは瑞子だ。


「あんた! いったい何を(たくら)んでんだ!」

「へえ、こんな金棒振り回せるなんてすげーな。だけど……」


 理叶は金棒を受け止めていた両手の鎖鎌に力を入れる。そして金棒を上に弾いたのだ。瑞子は目を見開く。そんな彼女の懐に理叶は一瞬で入る。そして鎖鎌の柄で彼女の鳩尾(みぞおち)を打ったのだ。

 崩れる様に倒れてしまった瑞子を見下ろして理叶は呟いた。


「……相手が悪かったな」


 そして理叶が時雨に近づいていった時。廊下をバタバタと走る音が聞こえてきた。どうやら騒ぎを聞きつけた宿の者が集まって来てしまったらしい。

 彼らは部屋に一歩入ると倒れている五人を見て恐怖と驚きが混じった声を上げた。


「瑞子さんが!」

「お頭さんまで! いったいどうなッ――」


 瞬き程の一瞬で集まった宿の者は皆伸びてしまったのだ。理叶がその全員の鳩尾を打って気絶させたのである。

 理叶は溜め息を着くと転がっている人間を(また)ぎながら部屋を出た。


「邪魔が入るとめんどーだし、ここにいる人間全員眠らせとくか。まだ吹き矢も煙玉も残ってるしー。そん時でも遅くねぇしな。……瀬崎時雨の首を取るのは」


 そんな独り言を言いながら理叶は廊下を歩いて行く。次にこの部屋を出る時は首を持って帰る時だ、と理叶は心の中で呟いたのだった。






 いくらか時間が経った。月が先ほどよりも少しばかり西に傾いている。廻廊(かいろう)を歩いている彼は眩しそうに目を細める。廊下には彼の微かな足音と鎖鎌の鎖が擦れる音しかしない。もうこの宿にいる人間は皆眠りについているか気絶している。気配を消す必要など彼にはない。

 そしてとうとう理叶は時雨達が眠っている部屋へと辿(たど)り着いた。彼は大きく息を吸うと障子の戸に手を掛ける。そして障子を開けた瞬時。

 (くう)を斬る音がしたのだ。咄嗟に理叶は鎌でその攻撃を受け止める。金属と金属がぶつかる高い音が響く。しかしその攻撃の勢いは止まることがない。咄嗟に彼は大きく間合いを取ろうと、一気に下がり庭園へと降りる。

 理叶は目を凝らした。その部屋から出てきたのは……長い髪を一本に結わえ、紋章が刻まれた額当てをつけた鳥野だったのだ。彼女は部屋から出ると冷ややかな微笑みを浮べた。


「何で眠ってないんだ、っていう顔してるわね」

「そりゃーそうでしょ。だってあんたさっきまで寝てたじゃん」

「……貴方は私に何の妖怪の血が流れているか知ってるの」

「さあ。正直眼中になかったし。知ってんのは、あんたが空飛べるってことぐらい?」

「そう。じゃあ質問を変えるわ。貴方が使った人を眠らせる毒は何の妖怪の毒だか知ってるのかしら。……知らないでしょうね。なら……教えてあげる」


 微笑みを崩さないまま鳥野は着ている着物を一気に脱いだ。その着物の下には、白と黒を基調にした細身の戦闘装束を身にまとっていたのだ。そして彼女はゆっくりと口を開く。


蝶化人(ちょうけじん)の毒よ」


 鳥野は軽やかに庭園に降り立つと言葉を続ける。彼女の体からは殺気が一気に溢れ出す。


「そして私は人間と蝶化人の混血……!」


 そう静かに叫ぶと鳥野は理叶にクナイを一本放った。彼は軽々と頭部を狙って放たれたそれを、首を傾けて避ける。

 そして理叶は鋭い視線を飛ばしながら左手にある鎌を鎖の部分に持ち替えて振り回し始めた。ヒュンヒュンと風を切る音が響く。その時彼の頭部からは二本の角が生えてきたのだ。


「なるほどな。そりゃー毒が利かねぇわけだ。そんであんたは狸寝入(たぬきねい)りを決め込んでたってことだな」

「ええ。こんな簡単にひっかかってくれるなんて思わなかった」

「ドジっちまったなあ。……俺もあんたも。馬鹿だよな、あんた。そのまま黙って寝たふりしてりゃいいのに。……そうすれば殺されずに済んだのになぁあああ!」


 理叶は鳥野に振り回していた左手鎖鎌を放つ。それを彼女は(かわ)す。地面に突き刺さる鎖鎌。理叶はその鎌の鎖を引く。そして手元にもどったきた鎌の柄を掴む。

 その瞬間。鳥野がクナイを放つ。しかしそれを理叶は軽やかに側転して回避した。彼女は舌打ちをして顔を(しか)める。そして理叶に向かって疾走した。

 密着する距離まで間合いに入る鳥野。そして右手のクナイを理叶の心臓に向ける。そして突き刺そうと、クナイを突き出す。

 だがそのクナイは鎌によって押しのけられる。鳥野は左手のクナイを突き出した。しかしそれも鎌によって払われてしまう。

 理叶は余裕そうな笑みを浮かべる。そして鳥野の足を掛けた。彼女は少しばかり体勢を崩す。そこに生まれた一瞬の隙。理叶は鎌を振り下ろす。

 何とか鳥野はその鎌をクナイで受け止めた。金属と金属がぶつかる高い音がする。彼女はそのまま後方に下がり間合いを取った。そしてすぐに地を蹴ると理叶へと攻撃を仕掛ける。

 鳥野は左手のクナイで理叶の首を狙う。それを彼は鎌で払い上げる。そのまま振り下ろされる鎌。鳥野はそれを横に弾いて勢いを殺す。そして間合いを取る。

 だがそんな鳥野に理叶は鎌を飛ばす。彼女はそれを瞬時に叩き落とす。理叶は落とされた鎌の鎖を引きながら反対の鎌で斬りかかる。

 鳥野は避けようとするものの間に合わない。鎌の刃が彼女の腕の肉を深く裂いた。

 顔を歪める鳥野。だが油断した理叶の視界に一瞬入る。その機会を彼女は逃さない。クナイを理叶の太股(ふともも)に突き刺したのだ。それを引き抜くと同時に血が噴き出す。

 そして二人は互いに後ろに下がった。両者共に睨みあいながらも肩で息をしている。鳥野の腕の傷からは血が流れており白い布地が赤く染まっていた。理叶の太股から流れる血は、彼の足元の白砂を赤くしている。


「へえ、やるじゃん。……女のくせに」

「貴方こそ、やるわね。……子供のくせに」


 張り詰めた空気の中。二人同時に地を蹴った。その時だ。


「頭……!」


 鳥野が驚きの声を上げる。二人の間に時雨が入ったのだ。鳥野へ振り下ろされるはずだった理叶の右手が握る鎌。それは時雨の刀によって粉砕されていた。そして理叶の首を狙った鳥野のクナイ。それは時雨に握られ動きを封じられていた。彼の手からは血が滴り落ち、白砂に紅色の斑点を描いている。

 くそ、と顔を歪める理叶。そして左手の鎌で時雨に斬りかかろうとするが。


「なに……!?」


 振り上げた左手にある鎌の刃も、砕かれていたのだ。柄だけになってしまったそれを理叶は投げ捨てると、一気に後方に下がる。そして懐に手をいれるが。彼は驚愕(きょうがく)のあまり、目を見開いたのだ。

 そんな理叶の様子に、時雨は額に包帯を巻きながらゆっくりと近づいていく。


「探し物はこれかな?」

「それは……!」


 刀を納めた時雨の両手には、クナイが四本、群れ飛び鶴の文様の巾着袋が一つあった。理叶の鎌を粉砕した際に抜き取ったのだ。時雨はそれらをその辺に放り投げる。

 それを見た理叶はお手上げと言うかの様に両手を上げた。


「あんた、何で起きてんだよ」

「俺もよく分からん。まあ四六時中、鳥野が横にいるのだ。微量な鱗粉(りんぷん)を浴び続けて耐性がついたのかもしれんな。ついさっき解毒作用のある粉を宗志と白臣殿に吸わせたところだ。もうじき起き――」

「おい、時雨!」


 時雨が言い終わらないうちに宗志が部屋から出てきた。それに白臣も続いている。二人は庭に下りて時雨と鳥野に駆け寄った。

 今にも理叶に斬りかかりそうな宗志を抑え、時雨は落ち着いた面持ちで理叶の目の前に立つ。そんな時雨を彼は睨み上げる。


「煮るなり焼くなり好きにしろよ」

「……ああ、そうさせてもらおう」


 そう言い終わるかいなや、時雨は理叶の頬を思いっきり殴ったのだ。彼の体はその衝撃で後ろにあった庭石に背中を打ちつけ尻餅をつく。

 理叶はぶつけた頭を(さす)りながら、時雨を睨みつけ薄ら笑いを浮かべた。


「へえ。あんた優男だと思ってたけど、なかなか(えぐ)い性格してんのな。俺を(なぶ)り殺す気だろ? いい趣味してんじゃん、ほんとにさ」

「今のは鳥野のぶんだ」


 険しい顔で時雨は理叶を見下ろす。そして彼に手を突き出した。反射的に彼は体を強ばらせるが、目の前の時雨の表情を見て目を丸くする。時雨は柔らかく笑っていたのだ。


「改めて問おう。理叶殿、南燕会(なんえんかい)に入らぬか」

「何言ってんだよ!?」


 宗志と理叶の声が重なった。宗志は怪訝そうに時雨を横目で見ており、理叶は時雨の真意を窺う様な顔をする。

 一方、鳥野は溜め息をついていたが特に驚いた様子はない。彼女は時雨に近づき申し訳なさそうに目を伏せた。


「頭、その手……すみませんでした。早く治療を――」

「気にするな、こんなもの(つば)つけていれば治る。そんなことより鳥野。お前の方こそ早く治療せねばならんな」

「私のことはいいです。たいした怪我じゃありません」

「お前という奴は……。鳥野、助かった。ありがとう。まさに恐懼感激(きょうくかんげき)。お前のお陰でこの世とおさらばせずに済んだ」


 当然のことをしたまでです、と鳥野は首を横に振る。時雨は彼女に再度礼を言うと理叶に向き直って口を開いた。


「理叶殿、お前は何故俺の首を狙ったのだ?」

「やっぱ気づいてたのか。別に、あんたに関係ねーだろ」


 そう言って理叶はそっぽを向いてしまう。時雨はしゃがみこんで彼の顔を見つめて、教えてくれと(つぶや)いた。そんな態度の時雨に彼は気まずそうに視線をさ迷わせ、ぼそぼそと言葉を口にする。


「あんたの首は高く売れるから」

「……金が欲しかったということか?」

「そーだよ。ただそんだけ。遊ぶ金が欲しかった、ただそんだけだよ」

「理叶……! あの昼間話してくれた妹さんの話は……本当だろう……?」


 妹という単語に、理叶は一瞬はっとして白臣に顔を向けるがすぐに視線を()らしてしまう。

 そして強い口調ではっきりと言った。


「嘘だよ! 全部真っ赤な嘘! お前騙されやすそうだから利用しただけだ。馬鹿みたいに信じきってくれて助かったよ。俺に妹なんて……いやしねぇ」

「てめぇ……」


 今にも殴りかかりそうな気迫の宗志を白臣は制した。そして真っ直ぐと理叶を見つめる。彼はそんな白臣の瞳から逃れたいというかの様に、落ち着きなく視線を動かした。


「理叶、嘘なんかじゃないだろう」

「嘘だって言ってんだろ……」

「声震えてるよ」

「うるせぇーな! なんなんだよ、ちくしょう……」


 ちくしょう、ちくしょう、と何度も理叶は消え入りそうな声で叫ぶ。時雨はゆっくりと立ち上がると鳥野へと顔を向ける。彼女は時雨の視線に頷いて反応した。そして時雨は穏やかな声で理叶に(たずね)る。


「何か俺達に出来ることないか?」

「ねぇーよ、そんなの……」

「それは誠か?」


 真剣な目で時雨は(たず)ねる。理叶の瞳が揺れたのを白臣は見逃さなかった。


「理叶。妹さんはどこにいるの? 会えなかった事情ってなんなの?」

「だから……! 俺に妹なんて……」


 その言葉の続きを、理叶は口にすることができなかった。彼の瞳からぼろぼろと大粒の涙が(こぼ)れてしまったからである。それは周りの誰よりも彼自身が一番驚いていた。

 くそ、くそ、と悪態をつきながら理叶は涙を(ぬぐ)う。それでも涙は止まる気配がない。重く黒ずんでしまった悲しみ、悔しさ、怒り。それを体が全て出しきろうとしているかの様だった。

 そして少し経ってから、理叶は掠れた声を絞り出したのである。


「……とう……こ……」

「いったい何があった? 話してみろ」


 時雨は穏やかな声でそう訊ねた。理叶はつっかえつっかえになりつつも話始める。


「俺は……〝(せみ)〟に属してる……鬼と人間の混血、なんだ」

「蝉……!」


 その〝蝉〟という単語に時雨と鳥野は反応して顔を見合わせた。そして訳が分かってない宗志と白臣に時雨は軽く説明する。

 蝉というのは純血の鬼で構成された組織である。鬼と人間は古くから相対(あいたい)しており、鬼と人間は何度も血を流す大きな(いくさ)を繰り返してきた。そのせいで妖怪の種の中で最も鬼が人間と共存できない存在と見なされてきたが、最近はその流れが変わってきたのだという。

 それは蝉という組織の結成が大きく起因しているのだ。蝉は人間を利用して生きていく道を選択したのである。彼等は那智組(なちぐみ)に指名手配された妖怪、妖怪と人間の混血の首を引き渡すことで報酬得たり、妖怪と人間の混血を見世物小屋に売り飛ばして金を得たりしているのだ。そして那智組が指定した地域で悪事を働かない代わりに、指定地域以外での悪事や人攫(ひとさら)いは目を(つぶ)ってもらっているのである。

 しかし蝉の視点はあくまでも〝人間を利用〟することにあって〝人間と共存〟ではない。それは那智組も同じことで、蝉とは利害が一致しているだけなのである。

 時雨は本気で人間との共存を目指す南燕会(なんえんかい)と蝉は相容れない組織である、語った。そして(あちら)は得に南燕会(おれら)を毛嫌いしているとも時雨は付け加える。


「蝉がこの俺の暗殺を企てるのも(うなず)ける話だ。まず組織の(あたま)を崩せば、組織は一度大きく乱れてしまう。まさに狂乱怒涛(きょうらんどとう)。そうなれば崩壊させる上で比較的楽に事を運べるからな」

「……ちげーよ。別に俺ら、というより蝉の上の二人は南燕会がどうなろうと興味ねぇ。毛嫌いしてるのは間違っちゃいねーけど」

「では何故だ?」

「さっきも言っただろ。あんたの首は金になる。そーゆーことだよ」

「実に単純な理由だな。……理叶殿、一つ聞いてもいいか? 蝉は純血の鬼で構成された組織だと聞く。そして人間と妖怪の混血を、人間と同じくらい忌み嫌うとも聞いた。そんな組織に何故、理叶殿が――」

「俺さ、五人兄弟の次男なんだ」


 静かな声で理叶は時雨の言葉を(さえぎ)る。そして(うつむ)き気味で口を開いた。

 自分は五人兄弟の次男で妹の瞳子は長女だ、と理叶は語った。そして彼の家族は大国付近にある小さな農村で、細々と暮らしていたと続ける。

 そんな小さな農村は大国同士の領土争いに巻き込まれ、田んぼは焼き払われ畑は踏み荒らされてしまったのだという。年貢どころか冬を超す食料もなかった理叶の家族は、村の長である古庄屋に少しばかりの米を求めるものの、門前払いをされてしまったのだ。誰もが自分達が生きることで精一杯だったのである。

 両親はせめて子供達にだけは何か食べさせてあげたい、と山や川から食料を集めてくれた。しかし、冬を越せる量には程遠く、兄弟は幼い順に死んでいってしまったのである。そして体の弱かった母が死ぬと後を追う様に理叶の兄も父も死んでいった。

 その時から理叶は鎌を手に取った。そして戦に向かう侍を襲い金品を奪ったり、死体の身ぐるみを剥がしそれを食料と交換などして飢えをしのいだ。そしてなんとか彼は瞳子と共に冬を超す事が出来たのである。

 二人が冬を超えた頃には、村の者は飢えのために全滅。一番豊かであった古庄屋の者達でさえも、盗賊に襲われ絶命していた。

 そんな疲れきった二人に優しい笑みを浮かべ近づいてきたのは、現在蝉を治めている葉川(はがわ)(すい)と葉川龍の兄弟だったのだ。


「俺……今もバカだけど、あん時はもっとバカで……。蝉に入りたいって言っちゃったんだ。寂しかったんだ、父ちゃんも母ちゃんも兄弟達も死んじゃったから。ふたりぼっちは寂しかった。あいつらが(せみ)は家族みたいだなんて言ってたのを鵜呑(うの)みにして……。今思えば、瞳子がいればそれで十分過ぎるほど幸せだったのに……!」


 理叶は悔しそうに顔を歪める。そして地面を殴りつけた。何度も、何度も。

 蝉に連れていかれてから理叶と瞳子は引き離されてしまい会うことを許されなかった。そして唯一許されたのは手紙のやり取りのみだけだと彼は語る。

 そして蝉を抜けるのための条件として出されたのは〝五十人の賞金首を討ち取ること〟だった。そして彗と龍に指定された賞金首を討ち取りに行く生活が始まったのである。


「初めて人を殺した時はすげー怖かった。忘れられなかった、そいつの死に顔が(まぶた)の裏にこびりついちまって。瞳子に会わせる顔がねぇと思った。だけど……」


 十人目の首を取った時にはもう何も感じなくなってた、と理叶は言った。ついに彼はとうとう四十九人の首を狩り取ったのである。そして最後の五十人目の賞を金首は(ちまた)で名を馳せている〝銀狐(ぎんぎつね)の堂林〟〝天狗の宗志〟そして〝南燕会の時雨〟の中から一人を選ぶよう指示されたという。

 それを聞いて鳥野は眉間に(しわ)を寄せる。


「三人とも高額賞金首じゃない」

「ああ。それで――」

(かしら)を選んだのね。貴方の選択は間違ってないわ。私が貴方でもそうする」

「確かに異論はないな」


 時雨は静かに頷いている。理叶はいつもより低い声で言葉を口にした。


「俺は手ぶらじゃ蝉に帰れねぇ。瞳子と一緒に蝉を抜けるなんてもっての他だ。あいつ、手紙だと強がって平気だとか大丈夫だとか書いてるけど……ちゃんとした飯(もら)えてんのかなぁ……! 俺と違って鬼の血混じってねぇから……。早く蝉から出してやりてぇのに……!」


 後半の理叶の声は涙で上擦っている。胸の底に溜まっていた物を吐き出しても吐き出しても湧いてくるのを彼は感じていた。


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